第14話 魔獣

 魔獣。

 それは人を好んで殺し、食い漁る忌むべき存在。


 魔獣は本来人里には現れない。正確には現れないように工夫されている。

 少しでも目撃情報が出ればすぐさま討伐され、万が一にも街に入ろうものなら魔導士が造った結界魔法で弾かれる。


 そうやって徹底してこの世界の人間は魔獣を隔離してきた。それほど人は魔獣を恐れていたのだ。


 そんな万全を期しても年に数回、一体程度迷い込むことが極稀にある。無論通常なら即刻駆除されるだろう。


 それなのに。今回は異常事態だ。一体どころではなく五体も入ってきているのだから。


 これは明らかに事故ではない。

 何故なら突如として現れた魔獣達の上空に歪な亀裂があった。何もない空間に黒い稲妻のような形に広がるその亀裂から魔獣が落ちてきたのだ。


 恐らくあれは空間魔法の一種。

 つまりこれは人為的な事件。何者かが魔獣を学園に侵入させたのだ。


 しかし、この学園にも結界魔法が張っているはず。あの空間魔法はそれを掻い潜ったのか、はたまたこの学園には結界魔法そのものが無いのか。今の俺にそれを知る術はない。


 それよりも眼前の敵のほうが重要だ。俺は魔獣を注視した。

 出現した魔獣は猪型。額にはユニコーンの如き一本角があり、猪本来の牙が口から天に向かって伸びている。その二本の牙と合わせて三又槍トライデントの如し、ということでトライデント・ボアと名付けられた魔獣だ。


 魔獣は総じて普通の獣よりも大きくなる傾向がある。このトライデント・ボアも多分に漏れず大型バイクほどの巨躯でその全てが筋肉で覆われていた。牙もマンモスを彷彿させるほど長く太く逞しい。


 性格は獰猛且つ好戦的。ただランクとしては下級。それほど脅威ではない。が、五体となると話が違う。対抗手段を持たないクラスメート達や脳震盪でダウンしているゴードンからすれば絶望的な状況だ。

 トライデント・ボアの群れは前足を地面に叩きつける。魔獣もいきなりこのような場に放り込まれていきり立っているのだろう。その目は殺気立っていてどんどんと危険度が上がっていた。


「きゃあ!」

「魔獣だ!」

「助けて!」


 マズい。クラスメートたちがパニックになり始める。悲鳴を聞いてトライデント・ボア達がクラスメートに狙いを定めた。


 そんな状況で俺が一番気になっている個体が群れの中にいた。それは一番奥にいる奴だ。

 興奮する魔獣達の中でその一体だけは静謐に俺とデイジーを睥睨している。浮足立つことなくずっと俺とデイジーから目を離さないでいた。


 ひと際大きく、体毛はやや白色で、身体中に歴戦の傷跡があり、そして隻眼だ。明らかに異質で強いとわかる個体。


 間違いない、アレがボスだ。

 そのボスが軽く吼える。それに合わせて他のトライデント・ボア達が一斉にクラスメート達に向かって走り出した。完全に餌としてロックオンしてしまったようだ。

 四体は咆哮を上げながら猛スピードで駆け抜ける。


「ちぃ!」


 デイジーは地面を殴った。瞬間、ゴードンを搦め取った砂のロープが出現しその猪たちを捕縛しようとする。しかし、猪たちは砂のロープを弾き飛ばしさらに加速した。


「ブフォオ!」


 挑発的な咆哮。

 デイジーの額に汗が滲む。

 ボスは動かずこちらを睨んだまま。

 そのボスと俺の目が合う。睨み合い、殺意がぶつかる。視線を外せば忽ち食われるような緊張感が走った。


 そんな中、俺は次のアクションをどうするか決めかねている。猪の群れとの距離を考えると魔法が使えない俺ではもう追いつけない。クラスメート達を助けるためにはどうするのが正解か、少ない自分の手札を探り解決策を模索していた。


 ポケットにあるアレを使うべきか否か。その判断は一瞬ではとてもじゃないが決められない。

 逡巡から抜け出せず身体が硬直する。


「舐めるな! 畜生如きが! どうしてここに現れたかは知らんが生徒たちに手を出すなら容赦はせん!」


 俺の迷いを吹き飛ばすほどの大声でデイジーは気合を入れ右腕を天高く翳した。彼女の右腕を小さな竜巻が包み込む。


「出番だ! その爪牙を以て大地を蹂躙せよ! 『グリフォン』!」


 デイジーの雄々しい呼びかけに応じて彼女の右腕が神々しく輝いた。竜巻が一層激しくなる。


 そして風が掻き消え、その右手に巨大な爪のついた手甲が現れていた。

 西洋騎士の鎧の如き高潔な白銀。それは威厳のある光沢を放ち、百足の背のように折り重なる鉄板のようなものが右前腕を完全に覆っている。手首の部分から手の甲を伝って湾曲した剣の如き三本の鋭い爪が伸びていた。手甲の背の部分、前腕の外側には白い翼のようなものが装飾としてあった。

 何より一番の驚きは彼女の背後に鷲の顔と翼を持つ獅子、即ちグリフォンが現れていることだろう。


 そうだ。これは『契約コントラクト』。


 この世界における魔法というものの究極の形。


 彼女は契約コントラクトを結びし者、契約者コントラクターなのだ。

 俺はデイジーの右腕に現れた手甲をよく観察する。十中八九間違いなくアレがデイジーの契約武器ミディエーションだろう。


 見るからに接近戦用の武器だが魔法に関しては距離など問題ない。

 魔法なら遠近の距離などすぐに潰せるのだから。


「『グリフォン』! 力を貸せ!」


 デイジーが勇ましく吠える。

 そして、一陣の風が吹き荒んだ。

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