第12話 魔人の証明-前編

 ゴードンはその両手に真っ赤な炎を宿す。まるでボクシンググローブのようだ。ボウリングの球ほどの大きさの火球が轟々と燃え盛っている。

 一撃でも喰らえば大怪我に繋がりかねないがこれでも基礎魔法とは。この世界の常識はいつも俺を驚かせる。


 ゴードンの攻撃は直接的だった。怒りに身を任せ感情の赴くままに殴り掛かってくる。

 とても楽な相手だ。読みやすいのだから。


 時折牽制のためか掌サイズの小さな火球を放ってくるがどれも軌道は一直線で全てゴードンを起点に発射されている。そのため容易く躱せた。


 師匠のトリッキーな魔法の方がもっとエグい攻撃をしてくる。それに比べればゴードンの魔法を回避することなど赤子の手をひねるよりも楽勝だった。

 俺は小さな火球やゴードンのパンチの軌道を完全に読んでいる。その上で彼の火炎のグローブが当たらないギリギリを円の外に出ないよう注意しながら躱し続けた。余裕の笑みを添えて。


 躱す度に熱気が肌を焦がすがこの程度では俺の筋肉は傷付かない。


 当初、決闘方法をデイジーから聞かされた時は相撲をイメージしたが、ゴードンと闘ううちにどちらかというとボクシングに近いものだと感じ始めていた。


 さて、どう料理するから。ボクシングならば格好よくKOかな。


 そんなことを俺は思案していた。


「くそ! 掛かってこいよ! 下民が!」


 ゴードンは攻撃が当たらないこと、俺が迎撃しないことに怒りを募らせているようだった。確かにそろそろ反撃をするかと思った俺はゴードンの懇親の一撃を誘うためわざと円ギリギリに立つ。


「馬鹿め! もう逃げ場はないぞ! くたばれ! 下民!」


 作られた勝機にゴードンは笑いながら大振りの右ストレートを放った。

 俺は容易くそれを躱し、ゴードンと体を入れ替える。その序でにゴードンの足を引っ掻けた。


 ゴードンはバランスを崩し前に倒れそうになる。

 このまま倒れればゴードンの身体は間違いなく円の外に出るだろう。そうなるとゴードンの場外負けになるが、俺は倒れるゴードンのシャツを引っ張り、後ろに倒れさせた。


 これには審判のデイジーも不思議そうな顔になっている。

 ゴードン本人は何が起きたのかわからず尻餅をついて、口を半開きにしてだらしない表情になっていた。


「ここにきて、場外負けで逃がすかよ。ほらさっさと立ちな。貴族様」


 正直、俺はまだ消化不良だ。まだ戦い足りない。だからこそ逃がさなかった。

 暴れたい。暴れたい。暴れたい。

 その欲求が泉の如く沸き上がる。


 一方、俺に助けられた形のゴードン。茫然としたまま立ち上がると、俺と距離を取った。

 明らかに今までとは違う空気を纏っており俺は嬉々として構える。


「ここまで辱めを受けたのは初めてだ。こんなやつに……下民如きに……俺が……俺が……誉れ高き! オークショット家の俺が! 負けるかぁ!」


 自らに言い聞かせるかのようにゴードンは雄叫びを上げた。

 同時にその両手にさっきまでとは比べ物にならないほどの炎が迸る。ゴードンはその両手を天に翳した。


「な! 詠唱無しで中級魔法だと! 待て! ゴードン! 流石にやりすぎだ!」


 デイジーが止めに入ろうとする。


「止めるな!」

「な!?」


 俺はデイジーの介入を止めた。闘争心剥き出しのため敬語を使うことを忘れてしまったがそれは後で謝ろう。


 今はこの闘いを止められたくない。こんな楽しい闘いを邪魔しないでほしい。そんな気持ちで溢れていたためか、言葉が強くなってしまったのだ。

 それに、俺は今嗤っている。人を殺せるほどの威力を有した炎の魔法を向けられて俺は嗤っていたのだ。


 デイジーは様子を伺う腹積もりか動きを止め俺達を注視していた。


「死ねぇ! 下民が! 『炎王の礫ガルド・グラベル』!」


 ゴードンの両腕が重なり俺に向けて振り下ろした瞬間、両腕の炎は集結しバランスボールほどの大きさの火球となった。それが俺目掛けて凄まじいスピードで放たれる。


 これは予想外だ。距離が離れてもわかる熱量。轟音をかき鳴らし空気が燃え陽炎を生み出す。大量にブレンドされた殺意がいい味を出していた。本気で俺を殺しにきているのがわかる一撃だ。

 無手では俺でもマズい。


 瞬時の思考。


 後ろのポケットにあるアレはまだ不必要。この程度では使えないし衆目の前で使う気もない。ならば……


 切り札其の一を俺は使うことにした。

 全身に力を入れ、俺はある祝詞を唱える。


「丹田……解放!」


 俺の両方の腕に文字が浮かび上がる。


 俺の切り札其の一、『魔人の証明』だ。

 浮かび上がる文字は手の甲から一直線に肩まで連なり、背中にて傘連判状となる。その下部から一列の文字が腰に続き、臀部で二つに分かれ両脚の先にまで伸びていく。無論、下半身の文字は皆には見えないはずだが。


 これは刺青だ。

 スイッチとなる祝詞を唱えることで周囲の魔素……この世界にしかない特殊な元素を取り込み俺の肌に浮かび上がる特殊な刺青。普段は見えないが発動することで現れる。


 文字は梵字のようなものでこの世界の古代文字らしい。脳が書き換わっているはずの俺でも読めず意味も分からないがこれを彫ってくれた師匠曰く、詩のようなものとのこと。

 やがて浮かんだ文字は群青色に輝く。ここまで凡そ一秒足らず。これで準備完了だ。


 迫りくる火球は既に目と鼻の先。


 俺は『魔人の証明』を発動した瞬間に迎撃の体制を整えていた。拳を固く握りしめ迫りくる火球を思いきり殴り飛ばす。


 感触はバスケットボールほどの硬さか。そんな思考もすぐに消える。

 多少の熱さは感じたが痛みまでは無い。


「覇!」


 裂帛の気合と共に拳を振り切った。

 火球は誰もいない地面に飛んでいき爆散する。大きな音が響いたが地面が少し焦げただけだった。

 

 消えていく炎と反比例するように俺の心の炎が燃え盛る。

 火柱を挙げるように。

 闘争心が今、加速した。

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