第11話 圧勝
デイジーの手が下りると同時にスタートしたゴードン。スタートダッシュは彼の勝ちだ。見事な脚力で走る彼の背中。
それを俺は一秒足らずで抜き去る。
地面を抉るようにう蹴り上げ、風を切り裂いて、ゴードンに後塵を浴びせた。
そこからは自分との闘いだ。
我流故に汚いフォームながら全力疾走で駆け抜ける。久々の全身運動に俺の身体は躍動した。
あっという間にゴールする。
と、同時に振り返るとゴードンはまだ走っている最中だった。
まさに圧勝。
デイジーの方を見ると彼女の目の前の空間に水が浮かんでいてデジタル数字を象っている。どうやら水の魔法で計測をしているらしい。ただ、そこで表示された数値を書き込むのは彼女自身がペンで行っており魔法とアナログの融合したそのやり方はどこかちぐはぐに見えてしまう。
一方で俺は多少の息切れはあったものの久しぶりに全力で走ったので気持ちがよかった。深呼吸をして勝利の余韻に浸る。
まずは一勝。
遅れてゴードンがゴールしたがその顔は敗北者の表情になっていた。
まさかあそこまで啖呵をきってぼろ負けするとは彼も思っていなかっただろう。
「凄いな、アイガ。十一秒ジャストだ。この学校の最高記録だな。ゴードンは十四秒二……と」
デイジーはノートに俺とゴードンの記録を書き込む。
ゴードンは俺に抜かれた瞬間にフォームが崩れたのを横目で確認した。ちゃんと本領を発揮していれれば彼は十四秒を楽に切れていると思う。あの体系でその速度なら大したものだ。やはり彼はただの肥満じゃない。
残念ながら相手が悪かったということだ。
「ま……待て! 貴様! 強化魔法を使ったな! でなければこんなことありえん!」
息を切らせながらゴードンは今にも殴り掛かりそうな勢いで俺に詰め寄ってきた。
「デイジー先生、俺強化魔法使ってましたか?」
俺は笑顔でデイジーに問いかける。
「うん? いや……魔力は感知していない。魔法の類は使っていないな」
間髪入れずにデイジーが俺の無罪を証明してくれた。そもそも俺は魔法は使えないのだから当然なのだが。
「ありえん! ありえん! ありえん! 教員を騙して発動したに決まっている! 貴様!」
ゴードンの顔がさらに近づく。
一触即発だ。
「やめろ、ゴードン。貴様の言う通りならアイガは私を欺き魔法を使ったことになる。それは私を侮辱していることにもなるし、もし仮にアイガが私を欺いていたならそれはそれで魔法使いとしては立派だ。一流の魔法使いを騙しているんだからな」
デイジーの言葉にゴードンはぐうの音も出ないのか奥歯を噛みしめているだけだった。
ここで終わればいいのだろうが、生憎今の俺の怒りと闘争心はまだまだこんなものじゃあ発散できない。だから俺はゴードンをさらに挑発することにした。
「そういうことだ。諦めろ負け犬。それにまだ勝負は一発目だ。これから逆転できるかもよ。まぁ俺が圧勝する未来しか見えないけどな。ていうか、えらい貴族出身かは知らんが今のお前は俺と同じ普通科のクラスメートだろ? もういいじゃないか、俺も許してやるからよ。仲良くしようぜ」
嫌味な嘲笑で嫌味な言葉を吐く。どうすればゴードンが怒るかを試すように彼の神経を逆撫でする言葉を散りばめた。
「貴様!!」
ゴードンは簡単にキレてくれた。拳から炎が迸り、その拳で俺を殴ろうとする。願ったり叶ったりだ。これは宛ら開戦の合図。
わくわくしながら俺はゴードンを迎え撃とうとした。
が……
「やめんか! 貴様ら!」
デイジーが地面を激しく踏み込む。
途端に二人の間の地面から砂がロープのようになって飛び出し、ゴードンを羽交い絞めにした。
「放してください! デイジー先生! こいつは私を侮辱した! オークショット家を侮辱したのです!」
ゴードンは砂のロープの捕縛から逃れようと暴れるがロープはビクともしない。
デイジーは頭を掻きながら俺とゴードンの間に割って入る。
「落ち着け! ゴードン。教員の前で魔法の行使による喧嘩などそれこそオークショット家を貶める行為だぞ」
「ぬうう……しかし!」
ゴードンは少しだけ大人しくなった。つまらない。
「お前もだ! アイガ! 安い挑発はやめろ!」
どうやらデイジーにはバレていたようだ。俺は謝る気もないのでそっぽをむくだけ。子供じみた行為なのはわかっているが俺もキレているので自分の感情を制御できずどうしようもなかった。
「全く……貴様ら! わかった! ならば決闘で決着を着けろ!」
俺とゴードンが反省していないことに腹を立てたのかデイジーはとんでもないことを言い出した。
そして右手を横薙ぎに払う。
すると俺とゴードンを中心に直径十メートルほどの円が出来上がった。同時にゴードンを捕縛していた砂のロープが砂塵に変わる。
「この円の中で思う存分戦え。ルールはシンプル。円の外に出すか、戦闘不能で決着だ。但し、基礎魔法のみしか認めん。そして戦闘不能かどうかは私が判断する。それでいいな」
まさか教師が暴力による解決を提案するとは思ってもみなかった。こちらの世界では常識なのかわからないが俺は只々驚くだけだ。
しかし漸く暴れられる。自分の中にある怒りの感情を解消できる。そう思うと自然に笑みが零れた。
「ぶち殺してやる!」
ゴードンもキレたままだが口元は笑っていた。俺と同じ思考なのだろう。暴力によって怒りを鎮めようとしているのが手に取るようにわかる。
「これで遺恨は残すなよ!」
デイジーが円の外に出た。
「お前たち! すまんが少し授業を中断する!」
デイジーの命令がスタート地点付近にいる生徒たちに届けられる。その命令に全員が戸惑う姿が見えた。
俺は気にせず腕を回し、ゴードンは俺を睨んだままお互いに一定の距離を取る。
デイジーは俺とゴードンを交互に見て咳払いをした。少し間をおいて右手を掲げる。
「それでは始め!」
デイジーの掛け声がゴングとなって広場に響き渡った。
俺は怒り心頭のゴードンを迎え撃つ。
あぁ……今、俺の中にあるどす黒い火が業火の如く燃え盛った。
きっと俺は心の底から嗤っていたと思う。
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