第9話 体術訓練
「さて、本日行うのは基礎体力の測定だが……今更だがこの中に『魔法使いは身体を鍛える必要がない』と思っているものはいるか?」
デイジーの声が広い訓練場に木霊する。
彼女の問いに誰も何も答えない。
デイジーは少しだけ口角を上げた。
「流石にそんな旧時代の戯言を吐くものはおらんか。安心した。魔術師であっても、魔導士であっても、己の鍛錬は魔法使いにとって基礎以下のもの。いわば当然の行為である。何故かわかるか? そうだな……ゴードン、答えてくれ」
「は!」
突然の指名にゴードンは慌てるどころか意気揚々と、まるで軍人のように返事した。
「強化魔法の強化率は本人の体力に比例するからです!」
デイジーはニヤリと笑う。
「その通りだ。ゴードン」
正解を答えたからか、ゴードンの顔は朗らかだ。傲慢な顔に自信が漲る。周りの取り巻きもおべんちゃらを並べてゴードンを讃えていた。
本当に気に食わない連中だ。
だが、奴の言う通りでもある。
魔法使いは強化魔法が使える。強化魔法とは読んで字の如く己を強化する魔法。
この魔法は無属性に属し、殆どの魔法使いが使える魔法だ。
そして強化魔法は己をパワーアップさせるが、その度合いは己の筋肉に比例する。つまりマッチョが使えばよりムキムキになるが、ガリガリの人間が使ってもムキムキの魔法使いには歯が立たないのである。
そのためこの世界の魔法使いは身体を鍛錬しているものが多い。
魔導士は知らないが。
ただ、デイジーの口ぶりからするとどうやら魔導士のほうも鍛えているようだ。
強化魔法の使用など、魔法使いにとっては当たり前のこと。
元いた世界で例えるならサッカーをするためにサッカーボールを用意することに等しい……と、師匠が言っていた。
「強化魔法は原則、無属性だ。そのため他の魔法と組み合わせやすい。そしてこれは経験談だが、最後に物を言うのは己の磨き抜かれた身体だ。研鑽を積み重ねた心身に宿る自信が土壇場で力を生むのだ。故に身体を鍛えることは間違いではない。健全なる精神は健全なる肉大に宿る。これは一つの真理だ」
そう言うとデイジーは徐に着ていたTシャツを捲り上げる。そこには綺麗なシックスパックの腹筋があった。女性でここまで鍛えこむのは相当なものだと思う。
「どうだ? 私だって元は軍の戦闘部隊にいた人間。現役に比べれば落ちているが今でもしっかり鍛えているぞ」
デイジーとしては見事な腹筋を見せたかったのだろう。確かに彼女の腹筋は素晴らしい。
しかし、腹筋と同時に胸部を覆うスポーツブラのようなものもしっかりと見えている。そこには西瓜と同じくらいの巨大な胸が存在感を放ち、思春期の男子にとっては抗うことが不可能なほどの魔力と魅力を有していた。そのためか男子の視線は腹筋よりそちらに向いている。
勿論俺は見ていない。腹筋しか見ていない。断じて胸など見ていない。
「さて本題だ。パーシヴァル殿からは『暫く体術訓練の内容は生徒たちの基礎体力を上げるために使う予定だ。そこで生徒たちの現状の基礎体力を知っておきたいのでデータ採取を頼む』と仰せつかっている。なので本日は君たちの現時点の体力データを調査する。因みにだが、強化魔法及び他の魔法は一切禁止だ。データが取れんからな。が、私の目を掻い潜って使えるなら使ってみてもいいぞ。但し、使用を確認した場合はただでは済まさんがな」
Tシャツを直したデイジーの言葉に皆震え上がっているようだ。確かに彼女から放たれる気は少し殺気を帯びているようにも感じる。脅しとしては十分な威力だった。
「では今から私は諸々の準備をするので君たちは適当にストレッチをして身体を温めておきなさい。あと、二人一組で行うから各々ペアをみつけておくように」
そう言ってデイジーは右腕を下から上に払う。
瞬間、風の刃が発生し、海面を泳ぐ鮫の背びれのように地面を走った。砂地に一直線の後が残る。直線の長さはだいたい百メートル前後か。
デイジーは魔法で地面に数字を刻みながらその線の上を歩いて行った。
同時にクラスメートたちは各自で羽織っていたローブを脱いで準備運動を始めていく。下に着るものは各々自由なのか、皆タンクトップやTシャツのようなものを着ていた。流石に女子は下着がわからないような少し厚手の服だったが。
その様子を見ていた俺にある疑問が湧く。
「あれ? ロビン、この学校体操服みたいなのは無いのか?」
近くにいたロビンにそう尋ねた。
「体操服? なにそれ?」
ロビンはポカンとしながら聞き返してくる。
「体育……体を動かすときに着替える服……的な……」
説明としては合っていると思ったが不安だったため語尾が自分でも聞き取れないくらい小さくなった。
「そんなのないよ。どの授業でもこの制服だからね。まぁ汚れるのが嫌なら上着だけ脱げばいいし、汚れても魔法で洗えばいいからね」
成程。俺はまた納得した。
魔法という便利なものがあれば多少服が汚れても問題はないのか。それに彼らが来ている服は基本的に動きやすそうで俺のイメージにある学校の制服とは材質も全然違うようだ。
「それより、アイガ君も準備運動したほうがいいんじゃない? あとアイガ君、その服でやるの?」
ロビンの問いは正しい。
彼らの動きやすい制服に比べたら俺が来ている学ランなんて最悪だろう。いや時代によってこれを着て暴れていた人がいるらしいが正直俺には無理だ。
そのため俺は「勿論脱ぐさ」と答えて立ち上がる。
「じゃあ、一緒に組もうか」
ロビンからのありがたい申し出に俺は「頼む」と即答した。
今からやるのはただの体力テスト。その程度なら準備運動など必要ないが、流石にこの服を着たままやるのは嫌なので俺は学ランを脱ごうとする。
そこへ。
「おい!」
怒声を上げながらゴードンとこちらに取り巻きがやってきた。なんとなくだが彼らの目的が推察できる。
「ゴードン君が呼んでるんだからすぐに返事しろよ!」
あの茶髪のおかっぱ君が俺の肩を小突いた。
虎の威を借りる狐は中々に暴力的である。避けることもできたがそれすら面倒なので敢えて受けたが彼らの横暴さには正直辟易していた。
加えてアイツに中々会えないイライラも募っている。だからだろうか、俺はゴードン連中が面倒くさい疫病神と鬱憤を晴らすためのサンドバック、その両方に見えていた。
渦巻く怒りの炎が徐々に広がり、心を焦がしていく。
あの埋火が煌々と燃えだしていた。
そのためか、俺はイライラしているはずなのに嗤っている。
その感情は自分でも説明のできない不思議な感覚だった。が、怒りの炎はそれすらも覆うほどに燃えていった。
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