第6話 貴族というもの
廊下を黙ってロビンと歩く。が、少し空気が重い。宛ら火葬場のようだ。
先程のゴードンとの一悶着がまだ尾を引いている。
「そういえば……アイガ君の個人属性は何?」
沈黙を嫌ってかロビンが話しかけてきた。
「あ……え……と」
不意の質問に俺の脳が高速で回転する。
正直、属性もクソも俺は魔法が使えない。個人属性など無いのだ。この世界では非常に異端な存在。それが俺だ。
さてどうするべきか。正直に話すか、隠すか。
師匠からは本当に信頼できると思った友人にだけ話せ、と言われている。それほどこの世界で魔法が使えないということはデリケートな問題なのである。
剰え魔法の世界のエリートが集まるこの学び舎でそんな異端が存在していい理由などない。
上手い躱し方が思いつかなかった。
間の伸びた沈黙が流れる。
「あ、ごめん。いきなり自分の属性を教えろなんて抵抗あるようね。ごめん、ごめん」
ロビンは俺の沈黙を勝手に勘違いして謝ってくれたのだが、そう真剣に謝られると罪悪感が募ってしまう。俺自身これだけ親身になってくれるロビンに嘘を吐くことが申し訳なかった。
「じゃあ、違う話にしようかな」
ロビンは小声でそう呟く。心の声が漏れてしまったのだろう。俺に気を遣っているのがよくわかる。
彼は優しい。できればロビンとは友人になりたいな。そう心から思っていた。
いつの間にか先ほどまであった苦痛の沈黙は消えている。
「アイガ君のご実家はどの辺りなの? こんな変なタイミングで学校に来るなんてあんまりないケースだから気になったんだ。貴族の人じゃないようだし……」
話題が変わり俺は安堵する。
そしてこの問いは想定済みだ。学校に遅れた理由はちゃんと用意してある。俺は頭の中でそれを反復してから言葉にした。
「いや、実は家が凄い田舎でね。単純に交通の不便さのせいで入学が遅れたんだ」
これは半分真実だ。
「え? どこに住んでいたの?」
「オルヴェーの山の麓」
「えぇぇぇー!」
ロビンは目を丸くして驚く。それもそうだろう。オルヴェーの山というのは本当に人なんて住んでいない秘境も秘境。
彼も名前くらいしか知らないだろうし、田舎という言葉では収まらないほど辺鄙な場所なのだ。
「うわ……じゃあ来るの大変だったでしょ」
「あぁ。だからこんなタイミングになったんだよ」
ロビンは「ハハハ」と大笑いしてくれた。
少し彼との距離が縮まった気がする。
「凄いな……そんなところから来るなんてよっぽど才能のある人なんだろうな、アイガ君は」
ロビンの瞳に羨望が宿った気がした。
「そんなことはないさ。ただ田舎者が運よくこの学校に入学できただけだからな」
俺は彼の羨望を消却するため全力で否定する。
「いやいや、アイガ君は凄い人だと思うよ。この学校は『貴族特待』が少ないことで有名な学校だからね。基本的に才能ある人しか入れないし」
どうやら俺の否定はスルーされてしまったようだ。
そして謎の『貴族特待』というワード。これは師匠からも聞いたことがない。
しかし、言葉の読みと雰囲気からある程度推察はできる。
「貴族特待?」
俺は田舎者の無知を利用して聞いてみた。
「あれ、アイガ君知らないのか。うん、そうだよねオルヴェーの山にはさすがに貴族いないもんね」
「あぁ」
「貴族特待ってのは貴族への特別待遇ってこと。他の学園とかだと有名な貴族ってだけで大した魔法を使えなくても入学を認めているんだ。それ以外にも入学した後に色んな特典があるらしいよ」
ロビンはゴシップが好きなのか先ほどよりも嬉しそうに話してくれる。
しかし、貴族というのは生まれただけでアドバンテージなんだなと改めて思わされた。同時に、この学校がそのアドバンテージを排していることにも驚く。
珍しい実力主義の学園、か。
師匠からは「貴族に気をつけろ」と言われている。
貴族とは傲慢かつ不遜。それでいて強い。血統主義によって血を濃くしていた結果、一般人より魔力が強い傾向があるらしくそれもあって性格的に問題なものが多いらしい。
ただロビンからは傲慢のごの字も感じない。一方でゴードンと取り巻きたちは聞いていた貴族のイメージ通りだ。貴族にも色々居るんだなと俺はある意味感心していた。
「俺より、君も凄いんじゃないのか。ロビンだってこの学校に入れているんだろ?」
俺の言葉にロビンの顔が曇りだす。
「うん……まぁ……そうなんだけどね……」
何か地雷を踏んでしまったようだ。ロビンが話しやすいよう気を使ってくれていることに安心しすぎて調子に乗ってしまった。
「済まない。言いにくいことがあったなら別にいいんだが……」
「あ……そういうわけじゃないんだ。ごめん、ごめん。アイガ君って失礼だけどあんまり貴族のこととか知らないよね?」
「あぁ。申し訳ないが田舎育ちで何も知らないんだ」
これも本当である。師匠から聞きかじった程度の知識しかない。恥ずかしながら俺はこの世界の常識を殆ど知らないのだ。
「僕の家……アーチャー家っていうんだけど実は曽祖父の代までは貴族の間でも結構凄かったらしいんだ。でも祖父の代から落ちぶれて行って……父の代には完全に力を失ったんだ。今じゃあ下流貴族ですらないからね」
成程、ゴードンが吐いた『没落貴族』の意味がわかった。
それにそうなるとロビンはかなり複雑な家庭環境ではないだろうか。
「この学園に入って高名な魔術師になれ! それが父から与えられた僕の使命なんだけど……」
ロビンはどこか寂し気な悲しそうな顔になる。
「これは誰にも言わないでね」
「勿論」
「僕は魔術師じゃなくて、魔導士になりたいんだ。研究職に就きたいんだよ……」
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