第5話 洗礼
「おい、無視するな!」
急に肩を捕まれ身体を回転させられた。
しかし驚きはない。
相手の接近には気づいていたからだ。
ただ、ずっと無視していたのは事実なので敢えてこの横暴を受け入れた次第である。
「お前! ゴードン君を無視するなんていい度胸だな!」
俺を振り返らせたのは茶髪、おかっぱの男子生徒だ。とりわけ特徴のない顔で空気の薄い感じがする。目は細く黒い瞳がその奥で僅かに鈍く光っていた。
俺は彼より、その後ろにいる男の方が気になっている。雰囲気も体格も明らかにほかのクラスメート達と違っていたからだ。
そいつは俺よりデカい。短髪の金髪で身長は俺が百七十なので百八十五くらいはあるはずだ。それに肥満気味だがウェートも俺よりありそうで恰幅のいい体形だった。
その横に男がもう一人いた。眼鏡を掛けた黒髪の小さな男だ。顔は痩せていて見える手足も細い。
その彼がなにやら金髪の男のご機嫌をとるようにゴマをすっている。
俺の肩を掴んだ男は今もずっと俺に文句を言い続けていた。
瞬時に彼らがこの金髪の取り巻きだとわかる。
「俺はモーガン・シャムロック!」
俺を振り返らせたおかっぱの少年が意気揚々と自己紹介をしてきた。
「僕はダン・オブライエンだ」
眼鏡の彼は消え入りそうな声だった。
「そして俺はゴードン・オークショットだ。崇高なるオークショット家の跡取りである。俺が自ら名乗った意味、理解しているな?」
最後に俺が注視していた人物が自己紹介をしてくれた。二人に機嫌を取ってもらっていた金髪の巨漢、ゴードンとやらは自信に溢れた顔をしている。
なるほど、これは洗礼らしい。
「どういうことだ?」
俺は呆けたふりをして聞いてた。
彼の言葉の意味は重々理解している。ヒエラルキーの確認はお山の大将にとって重要事項だ。
ただ、何故かこの男が気にくわない。心の奥で沸々と鬱陶しいという感情が湧いてきた。
これに呼応したのか、はたまた久しぶりの喧嘩の匂いを感じ取ったからか、俺の中に眠っていた闘争本能が燻り始める。
大暴れしてみたい。そんな衝動に俺は駆られていた。
だからなのだろうか、先ほどまでぎこちなかった俺の態度も少し横柄になっている。
「あ? 阿呆が。従え、ということだ。下級貴族ですらないお前に選択権などない。あるのは服従のみだ。傅け」
ゴードンの顔はさらに険しくなった。怒りが滲んでいる。
こちらの世界は露骨な貴族社会だと師匠から聞いていたがここまでとは。俺の予想の遥か上をいっていた。
ただ、形は違えど元の世界にいたときもこうした諍いは度々起きていたので俺は慣れている。
「服従? ふざけるな。俺の選択肢は俺が決める。答えはNOだ、バカ野郎」
挑発的な笑みを添えて俺は中指を立てた。この行為はこちらの世界では何の意味もない行為なのだが『侮蔑』というメッセージは伝わったようだ。
ゴードンの額に青筋が浮かんでいたのだから。
俺の答えは彼の中で想定外だったらしい。
「貴様!」
ゴードンが俺の胸倉を掴みかかる。
俺は嗤っていた。
闘争本能が点火する……
「待って、ゴードン君!」
その時、いきなりロビンが俺とゴードンの間に割って入ってきた。
俺の笑顔は消え、闘争本能がみるみると鎮まっていく。
「彼はまだここに来たばかりだよ。きっと緊張しているんだ。だからここは穏便に……」
「黙れ! 没落貴族が!!」
「うわ……」
ゴードンはロビンを突き倒した。間一髪、俺は倒れるロビンをキャッチし、抱きかかえる。
「ふん、もういい。あとで後悔させてやる、クズ共が。行くぞ、お前ら」
「はい! ゴードン君」
「馬鹿な奴らだな」
最後まで取り巻きは三下らしいセリフと行動を取りそのまま教室を出て行った。
「ごめんね、アイガ君……」
「いや、俺のほうこそ済まない。巻き込んでしまった」
俺は冷静になり、燥ぎすぎたことを猛省した。
二人でズボンに付いた埃を払いながら立ち上がる。ふと、周りを見るともう誰も教室にいない。
「う~ん皆もう向かったみたいだね。じゃあ、僕らも行こうか。案内するよ」
「あ……ありがとう」
俺はロビンに謝意と謝罪をこめて深く頭を下げた。ロビンは慌てて笑顔を作る。彼の優しさが今はとても心地良いがそれと同時に申し訳なさも込み上げる。
そのまま俺は彼の後をついていくように教室を出た。
それにしても……
今日は本当に自分らしくない。
浮足立っているのだろうか?
自分でもわからない。
心に生まれた埋火が後悔と謝罪を餌にして緩やかに燃えていた。
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