第2話 入学-後編
俺がこの学園に来た目的は二つ。
元の世界に戻ること。
そして……
アイツを守ること。
この二つのために俺は五年も歳月を掛けて修行してきたんだ。
「おい」
在りし日の思い出に浸っているといきなり声をかけられる。俺はその声の方へ振り返った。
そこにいたのは女性だ。
美しい金色の長髪を後ろで束ねた褐色の美人。高い鼻梁とやや釣り目の端正な顔立ちによく似合う銀物の眼鏡が特徴的だった。
下は袴のようなズボンで上はローブのようなものを纏っていて腰には大きなベルトがある。その上でわかる見事なプロポーションだ。
「お前だな、アイガというのは」
ただ口は悪いようで見た目の美しさとのギャップが激しい。
「えぇ。俺がアイガですが……貴方は?」
シャロン以外には敬意を持って接する程度の常識は心得ているつもりだ。ただ師匠以外の人物と敵意無しで話すのは五年ぶりなので自分でも笑えるほどぎこちない。
「私はお前の担任、デイジー・エヴァンスだ。シャロン先生から話は聞いている」
そのセリフに俺は心の中でスイッチを入れる。この女がどうやらシャロンが用意した監視役のようだ。
「なるほど、シャロン先生の言う通り……獣のような男だな」
デイジーは俺を品定めするように蛇のような目でマジマジと見る。
不快感が迸った。やはりあの女の弟子なだけあるようだ。
「警戒心を持つのは結構だがもう少し賢しく生きないとこの世界ではやっていけないぞ。特にお前のような奴はな」
どうやら俺から異様な気配が漏れていることを察知したようである。流石だ。が、今更隠す気などない。
「ご忠告、感謝しますよ。デイジー先生」
「一応、敬語は使えるようだが、せめて態度はもう少し柔軟にしろ。殊勝な心構えがないと助けてやらないぞ」
「助け? 妨げの間違いでは?」
歪な空気が場を支配する。俺はいつでもデイジーと戦えるよう後ろのポケットに手をやった。そこに入っている物をいつでも取り出せるようにする。
数秒経ってデイジーは「まぁいい」と言って踵を返した。
「ついてこい。すでに一限目の授業は始まっている」
俺は彼女の後をついて行く。勿論警戒心を保ったままだ。
無言のまま歩く俺達二人。そこは学び舎に似つかわしくない白を基調とした荘厳な廊下だ。
立派な彫刻や何を描いているかわからない抽象画が飾られたその廊下を抜けると渡り廊下が現れた。外にでたことで心地よい春の風が吹き抜ける。
その渡り廊下を歩きながらチラリと外を見るとそこにあるのは公園と勘違いするほど大きい中庭だった。
ディアレス学園は本校舎と研究棟と呼ばれる巨大な建物が漢字の二のように聳えている。その建物の間に菱形で四つの学舎が建てられていた。学園そのものが広大で中庭の中央には噴水まである。ピクニックにはもってこいだろう。
そんな風景はすぐに終わり、俺は学舎に入る。菱形の建物の一棟だ。そこは本校舎と違い、質素だった。造りもシンプル。木製で前にいた世界の学校の校舎と相違ない。
「あ、そうだ」
デイジーは何かを思い出したのか不意に立ち止まり振り返る。
「お前に悪い知らせと良い知らせがある」
シャロンを彷彿とさせる悪戯な笑みを浮かべていた。
また不快感が沸き上がる。
「何ですか? 悪い知らせと良い知らせって」
「どっちから聞きたい?」
一々鬱陶しいところもシャロンにそっくりだ。
俺は心に忍耐の二文字を浮かべつつ深呼吸をして精神を落ち着かせた。
「じゃあ、悪い知らせから」
デイジーは立ち止まったまま俺に指をさす。掌を上にした挑発的な差し方だ。
「悪い知らせは、お前の探し人とお前は同じクラスではないということだ」
「な!」
その言葉に俺は衝撃を受けた。
今の今までアイツと同じクラスで久々の再会に思いを馳せる予定だったのだ。
それなのに……
「悪いがお前の探し人はここじゃあ超有名人。圧倒的な才覚の持ち主だ。今は特別科というクラスに在籍している。逆にお前は魔力も無い一般人以下の存在。魔法という観点からいえば幼児よりもか弱い。この学校に入れただけでも奇跡。同じクラスなどあり得るわけがない。シャロン先生といえど、そんなお前を特別クラスに入れるのは不可能だ。この学校に入れただけありがたく思うんだな」
デイジーの言葉は鋭利な刃物の如く俺の心を抉る。
同時に再認識した。
それもそうだ。
本来なら俺如きがこの学校に入学するなんて夢のまた夢。それをアイツと同じクラスになれるなど……
アイツは確かに天才だ。大天才だ。それを考慮すればわかっていたはずなのに。
考えることを放棄していたに等しい己の短慮と楽観さが憎らしい。アイツに会えると思って浮かれていたようだ。
「ははは、初めて年相応のリアクションをしたな」
デイジーの嘲笑を俺は潔く受け入れた。
彼女に対する怒りなど皆無。浅はかな己に対しての怒りしかない。奥歯を噛みしめ俺は行き場の無い怒りとアイツに会えないという現実に震えるしかなかった。
「では、良い知らせだ。確かに探し人とお前ではクラスは違うが授業によっては同じになることもあるぞ。学年は一緒だからな。座学では別クラスだが体術訓練などは基本的に合同で行う。その時はお前のお目当てと会えるぞ」
その言葉に俺は歓喜する。深い絶望の底から飛翔して舞い上がるイメージが脳裏に浮かんだ。
数秒前の怒りを忘れ、自分でも気持ち悪いくらい表情と感情が変化している。
「さて、顔が賑やかになったところで……ここが、お前が入るクラスだ。魔術学園一年三組普通科。人数はお前を入れて二十人だ」
デイジーに指摘され俺はハッとした。
瞬間猛省する。
警戒を怠るな。心を乱されるな。お前は何をしに来たんだ?
崩れた自分の顔を叩いて正し、喝を入れる。それでも心の奥にはまだ歓喜の光が眩く輝いたままだったのだが。
表情だけを戻し俺は腹に力を入れた。
ここからがやっとスタートなのだから。
俺は決意と覚悟を持って教室に足を踏み入れた。
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