第166話 オリエンテーション 50

 怒りだ。怒りがその魔法には宿っていた。

 破壊を司るパーシヴァルの契約魔法は一撃で周囲を灰燼へと変貌させていく。


 鉄球は着弾した場所で炸裂し、釘と鉄屑と刃の破片をばら撒いた。遅れて爆炎が迸る。


 白い砂浜も緑の森林も青い空も灰色に侵食されていった。

 歪む景色。焦げる匂い。熱される空気。燃えていく自然。


 それはまるでパーシヴァルの怒りを具現化するように全てを破壊していく。


 既に戦闘を開始して十分近く経とうとしていた。


 パーシヴァルは相手の認識を改める。

 怒っていても彼は冷静だ。

 どうやって相手を破壊するかというパターンを何百と組み立てているのだから。


 そんなパーシヴァルが相手を認めたのである。

 嘗て、パーシヴァルが一対一で闘って十分以上使ったのは二人だけだ。


 心から尊敬する先輩と心から軽蔑する同輩だけである。

 ただ、もうどちらも死んでいた。


 パーシヴァルは相手を睨む。その動き全てを観察するためだ。

 相手は黒い革の服に身を包んでいる痩身の男。


 黒い帽子、黒いマスクで貌を隠している。故に表情は読めない。

 動きを制限するようなピッタリとした革の服は意外にも彼の行動を全く阻害していなかった。

 靴も手袋も黒く、そこまで黒に徹するその姿は異様にしか見えない。


 そんな出で立ちだが、パーシヴァルの視線はそこではなく、敵の腰元に向いている。


 そこには黒罰回廊で相手が見せたラッパ型の武器があった。

 戦いのあとで調査隊が調べたが破損の状況が酷すぎて詳しい分析はできなかったと聞かされている。

 音を操る危険で強力な武器だった。


 その武器が相手の手元にある。

 パーシヴァルの警戒は当然だろう。


 しかしもう時間を使いすぎた。

 これ以上は流石にまずい。


 ゴードンたちの応援に行きたい。その気持ちが強くなっていく。

 パーシヴァルは一つ、諦めた。


「捕らえるのは無理か……」


 相手の強さ、武器の異常性、そしてまだ何かを隠しているその余裕。

 全てを鑑みて、パーシヴァルは生け捕りにすることを諦めたのだ。


「グレンデル!」


 パーシヴァルが叫ぶ。


「お?」


 雰囲気の変わったパーシヴァルに相手も警戒のレベルを上げた。


「炸撃せよ!」


 パーシヴァルの声に反応してグレンデルがその巨大な腕を天に掲げる。雄叫びとともに。


 それに合わせてパーシヴァルは思いきり、鉄球を投げつけた。

 鎖がジャラジャラと音を奏でる。


 相手の男はそれでも余裕だった。

 敵は先ほどからパーシヴァルの攻撃を紙一重で躱し続けている。

 迎撃はしていない。

 全て避けるだけだ。


 挑発だったのだろう。

 言葉には出さない。が、態度で示していた。

 お前の攻撃などこの程度だ。どうした。俺に当ててみろ。そう言っているようだった。


 パーシヴァルはそれも腹が立っていた。

 あまりにも侮辱した、流儀も礼儀もないその戦い方に憤怒していたのだ。


 ただその上で生け捕りに拘っていた。情報を奪うには生かして捕らえるしかない。死んでは意味がない。

 そう考えていたが、それが無理だと悟った今、もはやパーシヴァルに一切の容赦など無かった。


 モーニングスターの鎖がさらに震える。

 その震えは鎖を通して、鉄球にも伝わった。


 幾度となく爆裂し、その度再生した鉄球が餌を与えられた獣の如く、吠えるように震えたのだ。


「『加速衝撃アクセル・ドライブ』」!」


 鎖に繋がっている部分が淡く輝いた。


 そして鉄球はその部分だけが爆発する。全てが破裂したのではない。その部分だけが爆発したのだ。

 鉄球が加速する。


 そう、それはブースターの如く。

 爆発の推進力を得て、鉄球が凄まじい速度で相手を襲った。


「ちぃ!」


 余裕が裏目に出た。

 相手は明らかに焦った。


 それもそうだろう。

 敢えて紙一重で躱し続け、挑発していた彼にとって投擲後に加速するのは予想外だった。

 加えて鉄球に爆発を何度も見せられた結果、彼の脳には『鉄球は全体で爆発するもの』と刷り込まれてしまったのだ。


 よもや一部分だけを爆発させて、加速できるなど予想できるわけもない。

 相手は腰にあった武器を取った。


 初めての迎撃行動だった。

 銃のような形で、銃身の先がラッパになっている稀有な武器だ。


 敵はマスクのままそのラッパをかき鳴らした。

 同時に音が鳴り響く。


 その音が空気中に伝播し、振動の壁を作った。

 その壁に加速した鉄球がぶつかる。


「爆ぜろ!」


 パーシヴァルはお構いなしに鉄球を爆発させた。


「ぐあ!」


 振動の壁は容易く破壊され、相手は吹き飛んだ。

 相手は無様に転がるが即座に立ち上がる。ただ、衝撃までは防げていなかったようで、帽子は吹き飛び、マスクは千切れて砂浜に落ちた。

 やっとその素顔が垣間見えたのだ。


 帽子が取れたことで長い金髪が垂れ下がる。

 パーシヴァルはその貌を凝視する。


 耳や鼻、口に数えられないほどのピアスをしていた。瞼の上にもあった。


 そんな中、相手の濃いグリーンの瞳がパーシヴァルを捕らえる。


「いつの間に、そんな技を覚えたんだ? 昔はそんなの持ってなかったじゃないか」


 その表情は未だ笑っている。余裕はまだ消えていない。

 パーシヴァルは鎖を引き戻す。


 そしてパーシヴァルの手元にて鎖の先端にまた鉄球が再生された。


 濃いグリーンの瞳。

 そして今の発言。


 パーシヴァルの貌に初めて焦燥が浮かぶ。


「まさか……」


 冷汗が流れた。

 ドロリとした嫌な汗だ。


「貴様……ロバートか!?」


 パーシヴァルの言葉を受けてその男はニヤリと笑う。


「やっと気づいたか? 遅いじゃないか、パーシヴァル。俺はぁ悲しいよ」

「バカな……お前は死んだはずじゃあ……あの……カーリーガンの戦いで! お前は戦死したはずだ!」


 パーシヴァルの慟哭にも近い叫びに敵こと、ロバートは嗤うだけだ。

 今まで通り、相手を虚仮にした、挑発の混ざった嫌な笑いだった。


「実は死んでなかったんだよなぁ、これが」


 ロバートは徐に上着を脱ぎ始めた。

 黒い革手袋のまま、器用に脱ぐ。

 隙だらけだ。


 だが、パーシヴァルは攻撃できなかった。

 死んだと思っていた人間が眼前にいるのだ。その事実がどうしてもパーシヴァルから攻撃を止めた。


 やがてロバートの上半身が晒される。


「な!」


 然しものパーシヴァルですら驚くほかなかった。


 その露になった痩身。

 そこにあったのは金属の部品だ。

 鈍色の、鉄製の何か。


 それはわかる。それがロバートの身体に張り付いていたのだ。

 否、張り付いているのではない。足りない部分にその鉄製の何かがはまりこんでいるのだ。


 胸、腹にガッチリと食い込むように、混ざるようにそれらがくっ付いていた。

 管のようなものもある。剥き出しの螺子のようなものもある。


 異様。異常。異形。

 そういった言葉がパーシヴァルの脳を埋め尽くした。

 冷たい金属で覆われたその身体は不気味であり、畏怖を放っている。


 その畏怖が、パーシヴァルの脳内で警報を鳴り響かせていた。

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