第128話 オリエンテーション 12

 アルラウネ。

 それは恐らくサリーの背後にいるあの幻獣を指すのだろう。


 それは一見して幻獣という言葉が似つかわしくないが、よく見れば幻獣らしい。そんな姿だった。


 そこにいたのは……

 裸婦。

 全身何も身に纏っていない女性だ。


 だがいやらしさは全くない。

 何故ならその女性は全身が銀色だったから。

 ねっとりとした、粘着そうな肌質が鈍く灰色に近い銀色に輝く。


 下半身は樹木の根だ。

 幾重にも木々が絡まり、どっしりと地面から伸びている。


 その部分も銀色だ。

 目玉も、髪の毛も、爪も、全て銀色だった。


 その瞳が俺を見据えている。


 突然、アルラウネは微かに嗤った。

 戦慄が走る。


 不意にサリーの右手に何かキラリと光る物があった。彼女の右手の中指にはいつの間にか、指輪が装着されている。


 貴族らしい豪奢な装飾はない。シンプルな金色の指輪だった。

 その指輪から細い鎖に繋がって四角垂がぶら下がっている。四角垂はエメラルド色で小指ほどの大きさだった。


 成程、あれが彼女の契約武器ミディエーションか。


「これが私の契約武器です。鎖付き振り子チェーン・ペンデュラムですので直接的な攻撃力は有しておりません。ご安心ください」


 俺の疑問に答えてくれたサリーだがその表情は全く動いていない。眉一つも、微動だにしなかった。

 サリーは右手を下ろす。同時にペンデュラムの鎖が伸びていった。

 鎖は魔法でできているのか、リーチがどんどん伸びていく。やがて、ペンデュラムは地面に刺さり潜っていった。


「アルラウネ!」


 サリーが叫ぶと同時に俺は跳んだ。

 その判断は正しかった。

 俺がいた地面から一気に刃が乱立して出現したのだ。


「く!」


 俺は地面に着地すると一気に走った。

 俺のいた場所に次々と刃が飛び出す。その飛び出した刃たちは数秒で霧散して消えた。

 魔法でできているからだろう。だが、一撃でも食らえばダメージは必至。


 思い返せば、サリーはモーガンを捕獲した際、鎖を出現させていた。

 捕獲に用いるのに適していた、という理由だと思っていたが違ったようだ。

 彼女にとってそれが一番発動しやすいから使っていたのだ。


 つまり……

 サリーは……


「金属魔法使い!」

「正解です」


 サリーが左手を翳す。

 彼女の後方にいたアルラウネが吠えた。

 瞬間、俺の前面に金属の壁が出現する。

 逃走ルートを封じられた。


「ちぃ!」


 俺は壁の前で立ち止まり、全身の筋肉に力を込めた。


「丹田開放! 丹田覚醒!」


 背中に紋章が浮かび、全身に刺青が奔る。そこへ氣が流れた。

 迎え撃つ!

 その気概で筋肉を躍動させる。


鋼鉄花狂咲シュタール・アオフブリューエン! 搔き毟る蔓クリーヒプフランツェ!」


 無数の鎖の塊が飛び出した。先端の鎖はぐちゃぐちゃに一固めにされている。

 それらが鉄球の如く俺を攻撃した。


「ぐぅ!」


 俺は腕を交差し、ガードする。

 その威力たるや、迫撃砲を至近距離で受けたような衝撃だった。

 両腕に響く確かな痛み。

 威力全てを止めきれず、俺は背後の鉄の壁に叩きつけられる。

 そのまま俺を攻撃した鎖が拡がって、俺は一瞬で壁ごと拘束されてしまった。


「アルラウネは地中の鉱物を集約し、錬成して、別の貴金属に変換することができます。それを私は魔法によって武器へと変えることができるのです。それが私とアルラウネの力。そう、私は金属魔法使い! 与えられた字名は! 錬金の茨姫アルケミック・スリーピー!」


 サリーはまた左手を振り翳す。

 同時に地中から無数の刃が射出された。


 槍や剣、刀、レイピアなど多種多様な刃の群れ。

 鎖で身体をホールドされたこのままでは串刺しになってしまう。


 ただ……これらは魔法で生み出されたものだ。本物じゃない。

 俺は氣を流す。

 すると俺を封じる鎖はボロボロと崩れていった。

 金属であろうとも魔法でできている以上、氣は天敵だ。それは変わらない。


 俺は一気に抜け出した。

 背後の壁に無数の刃が突き刺さっていく。

 腕に痛みを抱えたまま俺はサリーから距離を取った。


「だから、俺は玉を持っていないんだって。君ならわかるんじゃないのか?」


 そう、まだ俺は玉をもっていない。持っているのは黒の玉の欠片、四分の一だけだ。

 狙われる訳がない。

 だが、なんとなくサリーが俺を攻撃する理由がわかるような気がした。

 

「えぇ。貴方が玉を持っていないのは承知です」


 やはり……

 わかっていて攻撃されていたのか。

 サリーは額に掛けていたサングラスを下ろす。


「その上で……ここで貴方を斃します」


 サリーは右手を天に掲げる。

 地中よりペンデュラムが飛び出す。


 そして、勢いよく右手を振った。

 ペンデュラムが再び地面に刺さる。


 同時に刃が飛び出した。

 俺は氣の流動した両腕でその刃を払う。

 斬撃のダメージはあるが、生成間もない刃なら致命傷にはならなかった。


 数秒の攻防。

 地面は抉れ、俺の両腕に無数の切り傷ができた。

 地面に落ちる数滴の俺の血。


 流石にまずいか。

 彼女が俺を狙う理由。

 彼女の言葉にあった『斃します』。


 成程……そうだろうな。

 その答えに気付いた時、自然と俺は笑った。


「何がおかしいのですか?」


 俺の笑みに少しイラついたのかサリーに感情の吐露が見えた。


「いや、失礼。何も。ただ……君は……正しいよ」


 そう、これはただの化け物退治だ。


 俺の答えにサリーは反応した。

 サングラスで表情を隠してはいるが、明らかに動揺している。

 その所為か攻撃の手が止まってしまった。


「え……」


 サリーは小さくそう呟いた。


「貴方は危険です。あの姿を見た時、私はそう感じました」


 サリーの言葉は震えている。

 サングラスをしていてもわかる。

 彼女は……泣いていた。


「貴方がクレア様にとって大事な人なのはわかります。でも! 貴方は危険です! 貴方は! だから……だから私が……ここで……貴方を斃します」

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