第117話 オリエンテーション 1
どこまで青い空、そこに浮かぶ白い雲。
果てしない青い海、熱を伴う白い砂。
全て原色に近い色ばかりだ。
壮大な自然の中に立つと己の小ささが際立つ。自然とは雄大だ。ありのままに存在し、ありのままの真実を人間に着きつける。
そこに意識はない。善意も悪意もない。ただ現象としてそこにあるだけなのだ。
照りつける太陽の下、俺は遥か遠くの水平線を眺めていた。
海から運ばれるこの灼熱の潮風すら心地いい。
ここはウィー・ステラ島。
ガイアード王国の南に位置する島だ。
ロビン曰く、リゾート地であり、避暑地であり、早い話観光地だ。
それも頷ける。
それほど豊富な自然がここにはあった。
綺麗な海が眼前に広がっているし、背後には万緑に覆われた山もある。
海で遊ぶもよし、山を楽しむもよし。
本当にここは自然を満喫することできる島だ。
俺はここに着た時を思い出す。
島と聞いていたのでてっきり船で来るのかと思っていたが、レクック・シティからワープ魔法陣で一瞬の到着だった。
情緒がない。
ある意味で合理的かつ効率的だが、物足りなさを感じたものだ。
島の港にワープステーションが設置されており、そこから宿泊するロッジへと移動した。
丸太でできたロッジは六棟あり、それぞれ入り口には赤、青、黄色、緑、黒、白の旗が立っている。
赤に特別科、青に普通科男子、黄色に普通科女子と振り分けられた。緑は今回使われないそうだ。黒、白はやや離れた場所にあり、そこに教師陣が泊まっている。
赤、青、黄色、緑の旗があるロッジは大きく三階建てだった。全て同じ造りらしく、二階と三階に宿泊するための部屋がある。
一階は娯楽室といった具合か。
今回は三人一組で一部屋に泊まることになっており、俺は三階の一番奥の部屋でロビン、ゴードンと相部屋だ。
友達と一緒に泊まるといったイベントに無縁だった俺は実は昨日から一睡もしていない。楽しみからか、興奮して寝付けなかったのだ。
本当に今回の合宿は楽しみしかない。
遠くの方で知らない鳥の鳴き声が聞こえてきた。
改めて周りを見るが俺以外に誰もいない。観光客どころか島民すらない。
ウィー・ステラ島は有人島だ。管理している人間がいるだけ。
故にここで暮らす人間はいなかった。特殊なタイプの有人島である。
そんなウィー・ステラ島だが、この時期だけディアレス学園が島ごと貸し切りにしているらしい。恐ろしい財力だ。そのため観光客がいない。
まぁ、それ故に学園の一年生はここでのびのびオリエンテーション合宿ができるとのことだが。
漣が俺の足を濡らす。
水平線の向こうで何かが光る。俺の視線がそちらに向いた時、
「アイガ君」
ロビンが話しかけてきた。
振り返ると、ロビンとゴードンが立っている。
俺は今、水着を着ていた。
トランクスタイプで黒地に赤で炎のイラストが描かれたものだ。ロビンはその色違いで灰色の下地に青で津波のようなイラストが描かれたものを履いている。
この水着はロビンと一緒に買いに行ったものだ。
ロビンよりオリエンテーション合宿の存在を聞いてすぐ俺は街に赴いた。ロビンを連れて。
焦燥故の行動だ。
と、言うのも俺が持っていた服など、制服とジャージの類ばかり。あとは師匠から貰った古臭い服しかなかった。
前の世界にいた時から貰い物の服ばかり着ていた所為で服を買った記憶がない。
センスというものを失った俺には水着を買うなどハードルが高すぎたのだ。
それでロビンに水着を選んでもらった次第である。
水着を買う際、本当はビキニタイプの水着を俺は所望した。
日焼けのことを考えるとトランクスタイプでは足に不自然なラインができてしまう。それに腿の部分が白いのも情けない。
それならビキニタイプのほうがいい。あれなら日焼け跡も綺麗になる。
しかし、ロビンが頑なにこっちを勧めてきた。
それこそいつもとは違う鬼気迫る様子で。
あまりの迫力につい俺はこちらを買うことにしたのだ。
そこでロビンも自分の水着を買った。
うーむ。買い物に付き合ってもらって申し訳ないが今でも俺はこちらの水着に納得いっていない。
日焼けに関しては回復魔法で何とかなるらしいが、魔力が無い俺は回復魔法の恩恵に与かれないし、そんなことで高額な医療魔道具を使うのも癪だ。
正直、少し残念さはある。
まぁ、それはこの際割り切ろう。せっかくロビンが選んでくれたのだから。
俺は再び辺りを見渡した。
他のクラスメートたちがちらほらロッジから出てきていた。そのためか少し賑やかになりだしている。
因みに俺は島に来るまでに下に海パンを履いていたので着替えの手間が無く一番乗りだったのだ。
俺はクラスメートの水着を何気なく観察する。
男子は皆、トランクスタイプの水着だった。流行りなのだろうか。ただデザインは人それぞれ個性がある。俺が欲したビキニタイプはいなかった。
女子は可愛らしい水着を着ている。ワンピースのようなもの、ビキニのようなもの、一見して普通の服に見えるもの多種多様だ。男子以上に個性が出ている。
うむ、素晴らしい。
ゴードンは……
全身を覆うタイプだった。
前の世界で偶然見たオリンピックに出場する選手が着るような水着だ。
「なんか、ゴードンの水着……凄いな……」
語彙が乏しくなった。どう表現していいかわからなかったからだ。
「うむ。オークショット家に代々伝わる水着だ。泳ぐのに最適だぞ」
ゴードンは威風堂々たる様だった。
俺はそれ以上何も言わないことにした。
そんな時。
「あら、皆さんお揃いですね」
この声は!
俺の精神が迸る。
声の方に視線を送るとサリーがいた。
ソバージュの髪を後ろでポニーテールにしている。赤いフレームの眼鏡はサングラスに変わっていた。
そして黒い水着を着ていた。雪のような肌がその黒を引き立たせる。競泳水着のようだが、背中と腹部がパックリと割れていた。
臍が……もとい腹筋が露わになっているがサリーの引き締まった筋肉のラインが薄っすらと見えている。
とても健康的な美しさがそこにあった。
また、そのスラリとした体形は陽光に照らされて文字通り輝いている。その威風堂々とした姿はまるでモデルのようだ。それほど抜群のプロポーションだった。
彼女の美しさは同年代とは思えない。
その後ろ。サリーに隠れるようにクレアがいた。
俺の瞳孔が開く。
ここからの映像を全て、網膜と脳裏に焼き付けようと俺の全ての神経が動きだした。
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