第111話 踊り子-その一
俺は今、街に来ていた。
街の名前はレクック・シティ。
ガイザード王国第三の主要都市、だそうだ。詳しくは知らない。俺はこの世界の人間じゃないから。
レクック・シティはガイザード王国の南にある都市でさらに南下すれば海があり、豊富な海の幸が簡単に手に入る。北上すれば雄大な山々に囲まれこれまた新鮮な山の幸が入手でき、その全てがこの街へ流れていた。
加えて、旨い食材に導かれ人も集まる。
故にこの街はいつも人の賑わいで溢れていた。
イメージとしては東京やニューヨークという都市ではなく、ヨーロッパのイタリアのような市場などのほうが近いだろうか。
ここには聳えるビルも舗装されたアスファルトもない。
当たり前だ。
それでも都市と呼ぶに相応しい活気に満ちた素敵な街である。
俺が学園生活を送っている場所はレクック・シティの郊外にあった。歩いて三十分程度。馬車なら五分程度で行き来できる。
現在はシャロンから任された任務を熟し、ワープ・ステーションを出たところだ。
シャロン曰く、今は学校襲撃事件の事後処理の任務に忙殺されていてあまり危険性のある仕事を精査する時間が取れないらしい。
そのため安全だが面倒ごとの多い『採取』系の任務を俺に宛がっているとのこと。
確かに面倒だった。
やれブルーマッシュルーム一キロだの、やれスリーピー・ローズの花十束だの、集めるのが厄介なモノばかりだ。
辺鄙な場所にあるものばかりを大量に入手しなくてはならない。
一応、魔獣はいたが、獣王武人無しでも十分なレベルのものばかり。正直退屈な任務だった。
今日は思いのほか任務が早く終わったので気分転換も兼ねて街を散策することにした次第である。
思えば、こちらに来てからレクック・シティをちゃんと見て回るのは初めてかもしれない。
色々ありすぎて、観光どころではなかったというのが一番大きな理由だ。
俺は財布を取り出し、有り金を確認する。
中には金貨一枚、銀貨二枚、銅貨と鉄貨が三枚入っていた。
これだけあれば充分遊べるだろう。
因みにだが、任務の成功報酬は一旦ギルドに預けられる。
そこから何割かが学校へ送られる。
そしてそこからさらに何割かが俺の手元に来ることになっている。
決してこれが全体の何割なのかは教えてくれない。その部分にキナ臭さを感じるが、俺には関係ないことなので気にしないことにしていた。
ただ、まぁ学生のバイトにしてはいい稼ぎになっているのは事実だ。
それを何回か熟しているので俺は現状、金に困っていない。
また、月に一度異邦人の手当みたいなものもあるので質素に暮らせば困らない程度の収入が学生でありながら俺には保証されている。
よって無駄遣いもしていない俺の手元にはそこそこ金があるのだ。
気分は成金だ。ここらで大きな買い物でもしてやろうか、そんな気分だった。
暫く、街を練り歩く。
道中、新鮮な野菜を買って喰いながら市場を見て回った。
結局大きな買い物というほどのものは買っていない。手に収まる野菜か果物ばかりだ。
我ながら慎ましい限りである。
気が付けば俺は大きな公園に辿り着いていた。
この公園はレクック・シティの中央に位置するレクック・パークという場所だ。
初めて来たが緑の多い広い公園だ。
中はかなり賑わっていた。
何があるのだろうかと俺はその公園に入る。
すると入口にピエロがいた。
白い肌に派手なメイクをしたピエロが子供たちに陽気に風船を渡している。
ピエロ?
この世界にもピエロはいるのか。
俺は少し感動していた。
そんなピエロが俺に話しかけてくる。
「我々はスワロス・シティから来たスペリオール・サーカスの者です。今回、我々のサーカスに入った新人たちが練習がてら技を披露しているのでもしよろしければご覧ください。そしてよかったら御捻りを上げてくださいな」
そう言ってにっこりと俺にも風船を渡してきた。
ピエロはニヤリと笑って風船を指さす。
瞬間、風船が割れ中から紙吹雪が舞った。
呆気に取られる俺を笑いながらピエロはまた子供たちのほうへ帰っていた。
うむ、この世界のピエロはどうも性格が悪い。
俺は笑いながら公園を見渡す。
至る場所で奇抜な衣装をした人が芸をしていた。
ある人はジャグリングを、ある人は手品をしている。新人と説明されたが、全員上手いと思った。
終わる度に疎らだが歓声と拍手が送られている。
適当に歩いていると奥にひと際多くの人が集まっている場所があった。
俺はその隙間から中を覗く。
そこには美しい女性がいた。
黒い髪を後ろで束ねている。年齢は俺と変わらないくらいだろうか。
化粧もあると思うが本当に美しい。
その言葉以外でてこなかった。
そんな女性がバレエのような踊りを踊っていた。
優雅だ。
その一挙手一投足がキメ細かい。
断トツだ。ここにいた新人の人たちのなかで頭一つ以上抜けている。
そう感じた。
俺は目を瞠る。
そして気付いた。
彼女の足が義足だったのだ。
膝から下が木製の義足なのである。
「なんと……」
義足であの優雅な踊りをしていたのか?
凄い。
膝から下は確かに健常者の動きではない。
だが、それすらも踊りの一部に組み込まれているのかのようで素晴らしい踊りに昇華していた。
この技法、一朝一夕でできるものではないだろう。
俺は彼女に釘付けになった。
しかし……
気になることがあった。俺はそれを胸にしまう。
踊りが終わると周囲の人が万雷の拍手を送る。
俺も拍手した。
そして人が掃けていく。
彼女の前にはガラス製の皿が置かれていた。
そこに数枚の硬貨が置かれている。
御捻りだ。
入っているのは鉄貨や銅貨ばかり。
この世界の貨幣は硬貨だ。
下から鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、そして白金貨となる。
それ以上のものもあるらしいが、そんなものは日常で使うことはないらしく、一般人もそうそうみることが無いらしい。
俺は財布から金貨を取り出し彼女の前の皿に置いた。
これは彼女の踊りに対する敬意だ。彼女の踊りはそれほど優美だった。既に芸として完成している。
そう思った。
一瞬、彼女と目が合う。
彼女は驚いているようだったが、俺はそのまま金貨を置いて離れた。
それ以降も周囲を見て回ったが、彼女以上の芸を持つ人はいなかった。
だが、楽しい一時であることに違いはない。
少し疲れたので休憩がてらベンチに座り、のんびり空を眺めた。
いい時間潰しになった。
その時。
「お隣宜しいですか?」
不意に話しかけられる。
そこにはあの義足の美人がいた。
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