第二章

第103話 長閑な日常-前編

 外の景色はすっかり初夏の装いだ。


 この世界に桜はない。

 しかし、それに似た花はある。名前は知らないがとても綺麗な花だ。


 それが散り、万緑が山を彩る。

 そこに暖かい風が吹いていた。

 青空はどこまでも高く、その色は原色の絵の具をぶちまけたように濃い。


 本当に気持ちいい天気だった。

 この世界の四季は俺がいた世界とほぼ同じ。さらに日本とよく似ている。春、夏、秋、冬と進むからだ。

 入学のシーズンが春であり、そこから暖かくなっていくところまで同じだった。

 だから俺は混乱することなくこの世界の季節感に馴染むことができた。


 ふと外の世界を眺める。

 鳥が囀り、何かを啄んでいた。


 長閑な日常の風景がそこにあった。


 俺は少しこの世界を見縊っていたかもしれない。

 既に学校は日常に戻っているのだ。

 この外の景色のように。


 勿論、多少の不具合はあった。


 生徒たちの貌もまだ不安が残る。

 それでも教師たちは授業を始めたし、とうの生徒達もそれぞれその日常に合わせ始めていた。


 生徒間の喧嘩を決闘で決めさせる世界において、争いは日常茶飯事なのだろうか?

 そこから立ち戻る術も自然と身についているのかだろうか?

 それとも、俺がいた日本という国が平和に侵されすぎて危機感を失っていたのだろうか?


 兎にも角にもこの学校は日常を取り戻したのだ。


 ゴードンはあれから真面目になっている。

 貴族特有の厭らしさは消えた。

 率先して教員の手伝いやクラスの雑用を熟している。

 本人は贖罪のつもりなのだろう。


 だが、やはり蟠りは残っていた。

 他のクラスメートたちは表立ってゴードンを批判することはない。

 カルテット・オーダーという貴族の中でも最高位に位置するオークショット家の人間であるゴードンを責めることはしない。それが悪手だということをわかっているからだ。

 しかし、態度までは隠せていない。


 腫物。

 そんな扱いだった。


 ゴードンは甘んじてそれを受け入れている。

 咎を背負うのは罪人の務め。そう思っている節があった。

 俺は、気負いすぎだと思うし、何回かアドバイスしたがゴードンは笑うだけだ。

 どこかで、何かいいきっかけが、起爆剤のようなきっかけが、あればいいと思っているのだが。

 今は時間が解決してくれる、と淡い期待している最中だ。


 一方で俺はそんなゴードンとよくつるむようになった。

 友達だから。

 それだけだ。


 それに俺も若干浮いている。

 この学園を襲った魔獣を素手で斃したこともそうだが、暗躍していたモーガンを捕縛したのが俺だということも既に知れ渡っている。

 この世界の人間でもそれがいかに浮世離れしているかわかるのだろう。


 俺もまた腫物というカテゴリーにいた。

 まぁ、前の世界にいた時も浮いていたし、今更そんなことはどうでもいい。慣れている。


 ただ……

 一人でも、友達と思える人間がいるのは意外と良いものだ。


 いや、一人じゃない。

 もう一人いる。


 ロビンだ。

 クラスで浮いている俺とゴードンに積極的に関わってくれたのがロビンだったのだ。


 ゴードンも当初、戸惑っていた。

 貴族の圧力をひけらかし、剰えロビンの家であるアーチャー家を没落貴族と蔑んでいたのだ。


 しかし、ロビンは「気にしていないよ」の一言で許した。

 彼は俺が想像するよりも大きな器の持ち主だ。


 ゴードンは泣きながら謝罪と謝意を繰り返していた。

 ロビンは友人だ。


 しかし、それ以上に恩人という意識が強い。

 無論、友達なのだが。どこかもっと尊い、そんなカテゴリーがあるかわからないが、ただの友達というカテゴリーではない。そう思っている。


 まぁ結論として俺、ゴードン、ロビンの三名は一年三組普通科において腫物扱い、ということになってしまったのだ。


 ロビンを巻き込んだのは申し訳ないと思っているが、俺は少し嬉しかった。


 気の許せる友人が二人もいる。

 それだけで俺は充分だったからだ。


「アイガ君、そろそろ行こうか」

「あ? あぁ」


 ロビンの問いかけで俺は気が付く。次は修練場の訓練だ。

 授業はほぼ普通通りになったが、修練場だけは厳重な解析魔法の行使で暫く使用不可になっていた。

 その封が昨日解除され、本日から修練場での訓練が通常授業に戻ったのである。


 俺とロビン、ゴードンは談笑しながら修練場に向かった。

 修練場での訓練は楽しみしかない。

 元々、運動するのは嫌いではない。それに加えて基礎体力程度の運動など俺にとって準備運動にすらならない。


 そして、何より特別科にいるクレアに会える。

 勿論、昼休みや放課後に会うことはできるし、実際に会っていた。


 だが、授業中に会うというのが嬉しい。

 そして俺の得意分野である体力を見せつけられる。

 早い話、唯一の取柄、この筋肉を自慢したいだけなのだが。我ながら浅ましい。

 しかし、仕方がない。

 鍛えた筋肉がクレアに見てもらうことを喜んでいるのだから。


 ワープ魔法陣を使って俺達は修練場に着いた。

 修練場は何も変わらない。

 モーガンと対峙した時、初めて魔獣を斃した時。それらと変わらず蒼天に向かって威風堂々と聳えている。


 修練場の中は少し小奇麗になっていた。

 俺が暴れた痕は丁寧に片付けられている。横目で戦いの残滓を探したが見つからなかった。

 この前のようにギリギリに来たわけではないので、俺たちは悠然と待機所に着く。

 待機所と言っても前回同様、擂鉢状になった修練場の端にある階段のような場所に並ぶだけだ。

 俺達のほかにクラスメート達がいた。その端にそっと三人で並ぶ。


「しかし……熱いな」


 俺は上着のローブを脱いだ。

 もう五月。初夏ともいえる天気は薫風と共に熱を伝える。

 厚手のローブは既に無用の長物になりつつあった。


「うむ。もうローブは必要無いな」

「そうだね」


 この後は訓練だ。身体を動かす。

 それもあって、ゴードンとロビンも上着のローブを脱いだ。


 二人とも白いシャツを下に着ている。

 俺は白いタンクトップだ。

 筋肉がよく映える。

 クレアに見せるため俺は軽く筋肉に力を込めた。パンプアップだ。


 そんな時、不意に右腕に不可思議な感触が伝わる。


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