第46話 クレア編~それは突然に
忘れもしないあの日。運命の日。
何も変わらない朝。
でも今考えれば色々おかしかった。
心に漣が絶えず起きているような不思議な感覚。それを無視して私は学校へと向かう。その感覚にもし耳を傾けていたならもっと違った結末があったんだろうか……
それは今でもわからない。
昨日、魔獣がこのディアレス学園に来襲したらしい。
そんな話をサリーとしていた。
私達だけじゃない。皆この話で持ちきりだった。まさに学園内を駆け巡る大騒動。凄い衝撃が生徒、教師関係なく広がった。
何せ、ボルティア大陸三大魔法学校の一つ、ディアレス学園で魔獣が現れたなんて創立以来の大事件だったから。強固な結界魔法が張り巡らされたこの学園に魔獣が侵入するなんてありえない。
そうサリーと話していた。
先生達もその件の所為かいつもより慌ただしい。
現れたのはトライデント・ボアとシャドー・エイプ。どちらも大したことない下級魔獣。私がこの世界で初めて見た忌むべき魔獣、ブレード・ディアーと変わらない。
だけど契約をしていない人だと危ないかもしれない。魔法の知識はあっても実際に相対すると身体が動かなくなる人もいるから。
その日、丁度私達特別科は授業の遅延で巻き込まれなかったけど本来なら私達も当事者になるはずたった。
結果、普通科の人達だけが襲われることとなる。契約を行なっていない人が多い普通科なら大惨事になることもあり得た。
私が居れば下級魔獣如き一瞬で焼却できたのに。ついていない。私も、普通科の人達も。
でも、結局すぐに駆除されたらしいのだけれど。この学園にいる教師は優秀な人ばかり。きっとその中の誰かが斃したんだろうな。
ただ、それで暫く授業内容が変更になると言われた。
魔獣による被害は皆無で問題なくても、魔獣を進入させた人間がいることが問題になっているらしい。
つまり、既に学園側はこれが事件であるということ、魔獣侵入は人為的なものだということがわかっていたのだ。
大変だ。
事件にせよ、事故にせよ、大問題なのは変わりない。
そんな中、またもや事件が起きる。
昼休みにサリーが「クレイジー・ミートが発売されています」と教えてくれたのだ。
あの伝説の逸品がこのタイミングで! 食べた人全員が中毒者になるといわれている幻の逸品。是非食べてみたい。私はサリーと一緒に意気揚々と買いに行った。
ところが私達が購買部に着いた頃にはもう売り切れていたのである。
流石は伝説の逸品だ。
それに特別科は普通科の人達と校舎が違う。購買部から一番遠い。スタートの時点で不利だった。
「サリー、もうクレイジー・ミート無いらしいよ」
「そんな! 申し訳ありません! 私としたことが! 私がもっと早く情報を手に入れていれば! サリー・ガードナー一生の不覚ですわ!」
そこまで気にしていない。無いなら無いで違うのを買えばいいだけ。
だけどサリーは心底悔しそうな顔をしていた。
「別にいいわよ。大袈裟ねぇ。仕方がないし、違うのにしましょ」
「本当に申し訳……え?」
私が残っているパンの中からクレイジー・ミートの代わりを探しているとサリーが近くにいた人から何やら聞いていた。彼女の顔がみるみる笑顔になっていく。
「大変ですよ! どうやらクレイジー・ミートを手に入れた方がまだその辺りにいるらしいですわ!」
「え? そうなの? じゃあ一口分けてもらえるかな~」
私は甘い期待でそんな言葉を吐いた。
その言葉でサリーに火が付いたみたいだ。
「ご安心ください。私が必ず交渉を成功させますので。クレイジー・ミートを絶対に手に入れます! ですので先にお飲み物でも選んでおいてください」
「本当!? じゃあ、サリーに任せるよ。でも無理強いとかはしないでね」
「大丈夫ですわ。すみません、その方はどこにいるかご存知ですか?」
サリーはその人達のいる場所を聞いて人垣の向こうへと駆けていく。
彼女は昔から交渉事が上手い。彼女に任せれば多分大丈夫だろう。
貴族の社会で生きてきたサリーは他人の感情の機微に敏感だ。四大貴族『カルテット・オーダー』の一つ、ガードナー家の次女という立場から自然と身に着いたものだと昔言っていた。
ただ、この話をする時サリーは決まって物悲しそうな顔をする。
だから私もあまり深く聞かないようにしていた。貴族には貴族の大変さがあるのは彼女と数年間共にしてよくわかっていたから。
「うわ……まさか……」
人垣の向こうから何やら声が聞こえてきた。
「あのう、すみません、貴方方ですか? クレイジー・ミートを手に入れた方は? あれ? え……と……そちらの方はこの学園の方?」
サリーが相手を見つけたようだ。彼女の声も微かに聞こえる。
私は交渉が上手く行かなかったときの保険としてカレーパンと牛乳を買った。
サリーの分も買おうとパンを吟味する。
サリーは好き嫌いが無いのでどれでも食べてくれると思うけどできるなら美味しそうなやつがいい。
そう思って私はオススメと書かれた具沢山のサンドウィッチの詰め合わせを買った。
選ぶのに時間が掛かったけど、向こうの交渉もまだ続いているようだ。
私はサリーの下へ向かう。
そちらに行くにしたがってクレイジー・ミートのいい匂いが漂ってきた。成程、中毒者が出るというのも頷ける。
「サリー、無理強いとかはダメよ。ダメならダメで諦めるから」
サリーが交渉する相手は二人組だった。
一人は金髪の少女でもう一人は……
学ラン? この世界にこんな服あったっけ? ていうか制服は? 変な人だな……
そう思った。
同時に何かが私の心で生まれた。心の漣が勢いを増していく。波紋が広がり波が徐々に大きくなっていった。
私の意図しないところで。
私はそんな自分の心の蠢動に気づけなかった。
「無理強いなどしていません。ちゃんとした交渉ですよ」
サリーは笑顔でそう答える。
彼女と会話して心に蠢く何かは掻き消えた。私は何も気にせずサリー達を瞠る。
変な服の人は固まったままで、金髪の少女は口を開けたまま私を見つめている。不思議な光景だった。
ないとは思うがサリーが無理強いしてこの結果なら止めなければ。サリーの性格的に貴族の威光をチラつかせるようなことはしないと思うけど悪い印象を与えてしまうのはいけないことだから。
「そう? だってさっきから彼黙ったままよ。もしかしてダメなんじゃない?」
「きっと我々が急に現れたから緊張しているんですわ。交渉には問題ありません。ご心配なく」
サリーの笑顔が怖い。こういう時のサリーはどこかいつもと違う表情になる。
「え!? 『
不意に金髪の少女が私の二つ名を叫んだ。
二つ名。
それはこの世界で契約者に与えられる称号みたいなものだ。
契約が完了した者は順じ王都から与えられる。サリーも契約者なので勿論持っていた。
ただ、私はこの『紅蓮の切札』という二つ名があまり好きじゃない。
勝手に付けられた仰々しい名前がどこか嫌だった。
あと、その声でわかったんだけど、この金髪の人、男の子だ。
ヤバい。声を聞かなければ絶対女の子だと思うくらい可愛かったから。
「ちょっと……その名前で呼ばないで。仰々しいから嫌いなの。見たところ同じ一年生よね。こっちの人も?」
私は変な服の人を見る。
あれ……
なぜだろう、心が急に締め付けられた。
心臓が強く早く鼓動を刻む。
どうして?
「はい、普通科の方々です」
「あ、そうなんだ。とりあえずじゃあ、ちゃんと自己紹介しましょうか。その二つ名あんまし可愛くないから嫌なの」
私は冷静を務めようとした。
だから自己紹介をしようなんて提案したんだと思う。
普段なら絶対そんなこと言わないから。
「あ! あ……僕、ロビン・アーチャーです」
女の子と間違えていた彼はロビン君。
名前を聞いてやっぱり男の子だと確信できた。
「ロビン君、よろしくね。私は……」
「クレア!」
自分の名前を言おうとしたとき、突然固まっていた人が私の名前を叫んだ。
その声を聴いたとき、私の心に蠢いたそれは確かに、反応した。
心をざらざらと鑢で擦るように……
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