第44話 クレア編~天才の目覚め

 王都についてすぐに私は異邦人として登録され、保護された。


 正直、面倒な手続きばかりの目まぐるしい毎日で大変だった。

 シャロンさんは最初の二日くらいで別れてしまったけど、色々と尽力していてくれたので今でも感謝している。

 住む場所もすぐに決まったし、有名な魔法学校の転入もスムーズに終わった。


 私が暮らすことになった場所は教会だった。そこに異邦人はいないけど何人か親のいない子供がいて共同生活を送っていた。前の世界と同じだ。


 魔法学校の転入のほうは試験と面談を問題なくパスして、晴れて私は王都の有名な魔法学校中等部に転入することなる。


 ここまででだいたい一か月弱だった。


 そこから私は必死で魔法というものを学んだ。昼も夜も関係なく、学校でも教会でもずっと勉強と修行の繰り返し。


 私は乾いたスポンジのように魔法のというものをどんどんと習得していく。

 その過程で理解した。やっぱりシャロンさんが言っていた通り私には本当に魔法の才能があったらしい。

 自画自賛だけど、これはまごうことなき事実だ。


 なぜならこの世界の人間が一年掛かる魔法の基礎をすぐさま理解し、行使できたのだから。


 魔法を学び始めて二週間後には魔法陣を描くことも、詠唱も必要なく、思うだけで魔法が発動できるようになっていた。


 そして、その半年後には幻界に赴き、私は幻獣と契約も済ませる。これは当時の最年少記録らしい。でもそこで記録を取ってもどうしようもない。

 私の目指す頂きはこんなものじゃないのだから。


 来る日も来る日も勉強と修練の日々。少しでも強くなるために努力は惜しまなかった。食べることも寝ることも最小限で済ませて。


 まさに病的だった。

 力を求める修羅の如く。


 教会のシスターや学校の先生に心配されたけど一切私は心を開かず己の道を突き進み続けた。


 遊びなんていらない。休息なんて必要ない。同年代の女の子がやること、好むことを全て捨て、鍛錬に勤しむ。


 魔法は知識も必要だ。私は我武者羅に学ぶ。


 その中でこの世界の魔法の属性は七つあることを知った。炎、水、地、風、光、闇、無の七つ。

 私の個人属性は炎だ。得意な魔法は炎以外に地、風、光の合計四つ。それも高レベルの力らしい。自分ではよくわからないけれど。これはかなり異例とのこと。


 だけど私からすれば六つある内四つしか得意じゃないという部分に腹が立った。どう頑張っても闇と水の魔法の不得手で中々上手く発動できなかったから。

 強くなるためにこれ以上不得意を伸ばしても仕方ないと割り切り、私は闇と水の属性を切り捨てることにする。


 さらに強くなるために魔法陣の想起も面倒になった。

 多少乱雑でも詠唱と魔力で補えば、ある程度思い通りに発動できたので私は魔法陣の生成を止めて独学で魔法を発動するようになっていく。


 より強く、より早く。


 王都護衛師団部隊の団員として特化するために私は己を鍛え続けた。


 ただ問題が発生した。

 当然といえば当然の問題。


 それは私がまだ幼いということ。

 正確には身体がまだ成長していないのだ。


 心だけが逸り、技を鍛え続けることにこの脆弱な身体は持たなかった。


 栄養不足と寝不足で私の身体はどんどん痩せ細っていく。目の下に隈ができて、カサカサの肌、病人かと見まがうほど。


 そして狂うほどに力を求める姿はもう異常者だった。

 学校のクラスメートは私のことを異邦人と知っていたし色眼鏡で見ていた。


 クラスメートだけじゃない。シスター、教師含めて王都にいる大人全員が私のことを珍しい動物を見るような目で見ていた。


 それでも私は気にしていない。

 どうでもよかったから。それら私に対する有象無象の評価なんて至極どうでもよかった。


 それに慣れている。

 心身共に痛みを与えるだけが虐めじゃない。傍観者になり、私は関係ありませんと嘯き、助けることもせず、守ることもせずただ眺めていたあの時の奴らと同じ目を皆していた。

 珍しいものは見るけれど関わるのは嫌だ、と言われているようなそんな目。


 だから私は放っておいた。


 元いた世界のクラスメートに恨みが無いと言えばウソになる。アイガが怒られているとき誰も真実を話さなかったから。

 彼らは傍観者じゃない。共犯者だ。

 虐めを直接していないだけ。輪の中にいる。彼らはそれを理解していないようだったけど。


 こちらの世界の人たちも同じ。

 でも痛みを加えられないなら放っておけばいい。

 仲良くなる気も喧嘩する気もさらさらない。私の邪魔さえしなければそれでいい。


 全て時間の無駄。

 私は周囲の目もくれず、どんどん自分を追い込み黙々と修練に打ち込み続けた。


 そんなある日、私が学校に入って一年くらい経った頃、一人の女性が話しかけてきた。


 彼女の名前はサリー・ガードナー。曰くこの大陸の貴族の中でトップの出身らしく最上級貴族『カルテット・オーダー』の内の一つの出身らしい。

 知らないし関係ない。


 その人はずっと誰とも一緒にいない私を憐れんで声を掛けてきたそうな。貴族の単なる気まぐれ。その高慢な物言いと態度に腹を立てた私は彼女の言葉を無視する。


 その日から私に対する虐めが始まった。でも慣れている私には何ともなかった。殴る、蹴るなど暴力行為がない。ただ無視をするだけ。なんとお優しいこと。


 それならそれで私は集中できる。

 だからこっちも彼女らを無視した。それが苛立ったのか、それとも才覚の差に嫉妬したのか、とうとうサリーは私に直接喧嘩を売る。汚い言葉を上品な口調で並べて挑発を繰り返してきた。


 それでも私は無視する。

 業を煮やしたサリーは怒り心頭で私に決闘を申し込んできた。


 それも無視すればよかった。


 でもちょうどその頃私は焦っていた。成長が止まったような気がしていたんだ。


 どんなに修練を積んでも、勉強をしてもその先に踏み込めないでいたから。

 このままじゃ凡百で終わる。到達できて秀才程度。それじゃあダメ。アイガを向こうの世界に帰せない。


 ハンネさんからアイガの様子は手紙で聞いていた。彼は今、王都から遥か北にある村でゆっくり暮らしていると。その報告だけで私は満足していた……はずだった。


 学校生活の中で長期休暇はあった。元の世界にいたときのような夏休みのようなもの。

 それ以外にも会いに行ける機会は沢山あったのに私はアイガの下へは行かなかった。


 彼に会うと絶対私は頼る。それは避けなければならない。


 何より……

 こんな酷い姿を見せたくなかった。鏡に映る自分の姿は醜悪でとてもじゃないがアイガに見せられない。


 痩せ細り骨と皮だけの身体。

 荒れ果てた肌と隈だらけの顔。


 どれもアイガに見られたくない。


 そんな女のさがが私の首を絞める。


 母親と同じだ。

 男に媚び諂い気分だけで生きていた唾棄すべき母親と私は同じだった。


 それが途轍もなく嫌だった。


 自分で決めた誓いの中、アイガに会えない憤りと成長しない自分への焦燥感からか私は彼女の決闘を受け入れる。


 これは八つ当たり。ただの八つ当たりだ。

 でも喧嘩を売ってきたのは彼女だから。私は悪びれない。省みない。

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