【新説昔話集#8】鶴の積み木くずし
すでおに
鶴の積木くずし
遠い昔のある冬の日。山の中を一人の
バサバサッ バサバサッ
物音に足を止めた。何事かと近寄ると、猟師が仕掛けたのだろう、森の中で鶴が罠にかかっていた。足に縄が絡まり、飛ぶことが出来ずにもがいている。
「可哀想に」
爺はかじかむ指に息を吹きかけ、縄を解いてやった。
「もう大丈夫だ」
しかし鶴は雪で羽を冷やし、罠から逃れようと暴れたせいですっかり衰弱して身体を縮こめ震えている。
「そうか、寒いのか。よしよし、今温めてやるからな」
爺は鶴の身体をさすってやった。何もない森で温めてやるにはこうするより他はない。
冷たい身体をさするうちに、手はしもやけになってしまったが、かまうことなく続けた。やがて温もりが伝わったのか、鶴は頭を持ち上げ、羽を広げた。
「元気になったか。よかった、よかった」
爺が見守る中、鶴は羽を大きく羽ばたかせ、雪の降る空を舞い上がり、感謝を示すように空中で何度も円を描いた。
家に帰って経緯を話すと、
そこへ、とんとん、とんとん、と家の戸を叩く音がする。
「こんな夜更けに誰だろう」
爺が戸を開けると、若い娘が立っていた。
「夜更けにすみません。この雪のせいで道に迷ってしまいました。一晩だけ泊めていただけませんか」
雪はまだ降り続いていた。
「こんな寒い中を歩いて来たのか。それは大変だったのう」
爺は中へ入れてやった。婆は囲炉裏に釜をかけ、温かい粥を食べさせ、布団を敷いてあげた。
「本当にありがとうございます」
娘は両手をつき、深々と頭を下げて礼を言った。
明くる日の朝、爺が目を覚ますと、すでに娘は起きていた。
きちんと布団を片付け、家の掃除まで済ませている。床はきれいに拭かれ、すすで汚れたかまどまで磨かれていた。
若いのに気の回る娘だと爺も婆も感心した。
その日も雪は降り続け、昨日よりも強くなっていた。
「当分止みそうにない。この雪の中を歩くのは無理だ。よかったらしばらく泊まっていかんか」
「わしらは子供ができずに二人で寂しく暮らしておる。お前さえよければそうしておくれ」
爺と婆は口をそろえて歓迎した。
「それではもう少し居させていただきます」
娘は嬉しそうに礼を述べた。
家に暮らし始めた娘は本当によく働いた。朝早くから夜遅くまで、掃除、洗濯はもちろん、爺の仕事の手伝いまで。
「本当に働き者じゃ。お前がいてくれて助かる」
爺も婆も娘に感謝した。
しかしもともと貧しい暮らしは一人増えたことで一層苦しくなり、日々の食事は段々と粗末なものになっていった。
そんなある日のこと。
「はたを織らせて下さい」
空き部屋にあるはた織りを見て娘が言った。はた織りはもうずいぶんと使っておらず、すっかりほこりをかぶっていた。
「あれでよかったら好きに使っておくれ」
婆が言うと、娘は口元を引き締めて言った。
「ありがとうございます。ですが一つお願いがあります。はたを織っている間は決して中をのぞかないで下さい」
「そうか、それなら決してのぞかんから安心しておくれ」
娘の真剣な眼差しに、婆がそう応えてやると、娘は部屋の戸を閉めた。
そしてはた織りの前に座ったとたん、なんということか、娘が鶴にかわった。娘の正体はあの日爺に助けられた鶴。お礼をするため、姿をかえてこの家を訪れたのだった。
鶴はくちばしで一本一本羽を引き抜き、糸の代わりにしてはたを織った。羽を抜くたびに血がにじんだが、痛みをこらえて朝から晩まで休むことなく織り続けた。
そして機織りを終えた鶴は娘の姿に戻り、三日ぶりに部屋を出た。
爺も婆も約束どおり中をのぞかずに待っていたが、娘はずいぶんとやつれた様子だった。
「大丈夫かい?」
声をかけた婆に、娘は返事の代わりに出来上がった織物をそっと手渡した。
「なんときれいな織物じゃ」
あまりの出来栄えに婆は目を丸くした。
「それを売って下さい。そうすれば暮らしも少しは楽になるでしょう」
娘に言われ、次の日爺が町の生地屋へ売りに行った。
「これはすばらしい。十両、いや二十両出そう」
生地屋はびっくりするほど高値で買い取ってくれた。
「なんということだ。これだけあればいい暮らしができるぞ」
大金を手にした爺は、婆と娘のために、たくさんの食料を買って帰った。
「お前の織物が高く売れた。おかげでこんなに買うことができた。米に魚に味噌に野菜、それに酒まで。どれも上等なものばかりだ」
嬉しそうに広げて見せると、婆と娘は顔を見合わせて喜んだ。
「それともう一つ。これは猟師から買った、今朝山で獲れたばかりの鴨だ。今夜は久しぶりに鴨鍋にしておくれ」
掲げた爺の手には、鴨の死骸がぶら下がっていた。
それを見た娘の全身が鳥肌で覆われた。
(この鴨、どこかで見たことがある・・・。そうだ、山にいた時、よく池を泳いでいた、あの鴨だ)
鶴と鴨。種類は違えど同じ山に住む仲間だった。
(まだ小さな子供がいたはず。それなのにこんな姿になってしまって・・・)
娘の動揺を知らず、婆は慣れた手つきで鴨をさばいた。すばやく羽をむしりとり、とんっとこともなく首を切り落とした。手は鴨の血で染まっていたが気にする様子はない。
子供と池を泳いでいた鴨の姿を思い出し、娘に吐き気が込み上げた。
「お婆さんの作る鴨鍋は絶品なんじゃ」
爺はぐつぐつ茹で上がる鴨を見ながら舌なめずりをしたが、娘には食べられるはずがない。
「気分がすぐれないので食事は要りません」
部屋の隅へ行って鍋から目をそむけた。
「少しだけでも食べたらどうだ。美味いぞ」
さっきまであんなに嬉しそうにしていた娘が急に元気をなくし、心配した爺はまだ鴨鍋を勧めたが、娘は嫌悪感が増すばかり。
「何も食べたくありません」
うつむきがちに断った。
「具合が悪いなら仕方ない。無理して食べるのもよくないでな」
爺は勧めるのを止め、次々と肉をほおばった。
(本当は私の分まで食べられて嬉しいのだろう)
「うまい、うまい」
娘が思った通り、爺は美味しそうに鴨鍋を平らげた。
(罠にかかっているところを助けてくれたお爺さん。優しい人だと思っていたのに・・・)
背中越しに様子を見ていた娘は裏切られた思いがした。
(あの時助けたのは鶴だったから。もし鴨だったら、殺して食べていたのでしょう)
そう思うと感謝の気持ちは消え失せた。人間の本性を思い知らされた。
娘は次の日は昼過ぎまで寝ていた。
昨夜気分が悪いと言ったせいで二人は心配したがそうではない。早起きする気がなくなっただけ、目が覚めてもしばらく布団の中でごろごろしていた。
二人が外へ出た後も働く気は起こらず、傍らにあった酒に手をつけた。自分が作った金で買ったのだから文句を言われる筋合いはない。初めて呑む酒は、上等なだけあって美味く、すっかりいい気分になり、いつのまにか大の字になってぐうぐういびきをかいて眠ってしまった。
帰った爺と婆は驚いた。あの真面目な娘が酔いつぶれている。
「こんな真っ昼間から酒なんか呑んで」
二人は見合わせた顔をしかめたが、何も言わなかった。いや言えなかった。一緒に暮らしているとはいえ血の繋がった親子ではないのだし、娘のお蔭で贅沢をさせてもらったのだから。
黙っているのをいいことに、娘の生活は次第に荒れていった。大金を持って町へ繰り出すようになった。もちろん織物を売った金、娘の作った金だから文句は言えない。
身なりもだんだん派手になり、やがて家に帰らなくなった。悪い男と付き合うようになって夜の町を徘徊し、果ては博打にも手を染めた。博打の腕などあるはずがなく、金を巻き上げられるだけ。
金がなくなると家に帰り、二人がいないのを見計らってこっそり部屋ではた織りをして金を作った。しかしそうして作った金もすぐに博打に消えた。娘は鴨にされていた。
それでもまだ、爺も婆も見て見ぬ振りをしていたが、娘の素行は近所でも噂になり、いつしか後ろ指を指されるようになった。
これ以上放ってことはできないと、二人は重い腰を上げ、町へ様子を見に行くことにした。
町に着いた二人は娘を探して歩いた。「悪い噂は嘘であって欲しい」そう願いながら。
しかしやっと見つけた娘の姿は目を覆いたくなるものだった。
赤ら顔で数人の男をはべらせ千鳥足で大通りを歩いている。まるで夜鷹だ。
婆は抑えていたものが一気に溢れ出た。爺の制止を振り切って娘のもとに駆け寄り、男たちから引き離すと、力任せに頬を叩いた。
娘は一気に酔いが醒めたが、そうさせたのは頬の痛みよりも婆の真剣な眼差しだった。それは娘を想う目、自分のことを想うその目には涙が溢れていた。
娘はその時初めて本当の両親のように感じ、婆の胸で泣いた。
その日から三人は本当の親子になった。
娘はすっかり立ち直り、また朝早くから夜遅くまでせっせと働くようになった。金はなくなり暮らしも元に戻ってしまったが、爺も婆も一生懸命働く娘を見て喜んだ。
喜ぶ二人を見て娘は思った。
(心配をかけたお詫びがしたい。もう一度織物を織ってあげよう)
「決して中をのぞかないで下さい」
またそう言って部屋に入り、鶴の姿に戻って二人の喜ぶ顔を浮かべながら、はた織りを始めた。
無駄使いしたせいで羽はだいぶ少なくなってしまったが、それでもせめてもの恩返しがしたいと、ふらふらになり、時に気を失いながら、残りの羽を抜いて必死ではたを織った。
娘が部屋に入ってから四日経った。
前は三日で出てきたのに、まだ出てくる気配がない。
爺と婆は密かに話した。
「時々はた織りの音がぱたりと止む。前はこんなことなかったはずだ」
「本当にはた織りをしているのか」
一度甘やかして失敗した二人は娘を疑うようになっていた。
「本当は酒でも呑んでるんじゃないか。こっそり抜け出して、町に遊びに行ってるんじゃないか」
娘を信じられなくなった二人は約束を破り、こっそり部屋をのぞいてしまった。
「あ!」
二人は声を上げた。
中ではたを織っていたのは娘ではなく鶴、体中の羽が抜け落ちて弱り切った鶴だった。
鶴は二人に気づくと娘に戻った。
「私は雪の日に助けていただいた鶴です。お礼をしたくてこの家に来たのですが、本当の姿を見られてはもう一緒に暮らすことは出来ません。いままでお世話になりました」
溢れる涙を拭いながらそう言い残すと、鶴に戻って空高く飛び立っていった。
「娘よ、すまなかった。どうか戻ってきておくれ」
爺は大声で叫んだが、鶴は遠くへ飛んで行き、やがて山の向こうに消えて見えなくなった。
おしまい
【新説昔話集#8】鶴の積み木くずし すでおに @sudeoni
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