第8話 パっと寝てちょいと起きてまた明日

 朝が来た。町が動き始める。シフト黄色の人たちが目をさます。

 26歳のレコは物陰からそっと見守った。

 動いてる16歳のワミを見守った。人形が届くのを見届けた。

 浄気マスクで顔を隠し、大人になったレコにワミは気付かない。当然の結果だ。

「これでいいや」

 送られてくるメッセージ。レコのスマホを経由して、カナリアスマホに転送される。

 既読にはならない。返事は送れない。

「これでいいんだ」

 学校帰り、タピオカ屋に寄って、こっそり離れた席に座って、抹茶タピオカを飲むワミを見守る。

 ワミから送られるメッセージをすぐに読める。目の前で動いて、生きているワミを見ることができる。

「これでいいや」

 そしてレコは眠りにつく。一人ぼっちの家で、誰にも知られずに。10年ぶりに茶色の小ビンを飲み干した。


 パっと寝てちょいと起きてまた明日。


 10年の孤独に比べれば、ワミと同じシフトで暮らせるだけで幸せすぎる。


 パっと寝てちょいと起きてまた明日。


     ★


「おはよう、レコ」

「うそ……何で?」

 ワミがいた。大人になったワミが。一瞬夢かと思った。けれど、抱いてる人形を見て確信した。

「寝なかったの。どうしても会いたくて」

 ワミは眠っていなかった。リストバンドを外して、レコの家に会いに行った。

「何それ、あたしと同じじゃない!」

「うん。番人さんにも言われた」

 国のえらい人は、家族には「レコが冷凍睡眠中に危険な状態になったので入院した」と説明した。

 だけどワミは騙されなかった。

「だから私も、カナリアになったの」

「ワミぃいいっ!」

 レコは飛びついた。あったかくて、ふかふかで、生きてるワミを抱きしめた。

「うわあん、ワミだワミだ、本物のワミだああ!」

 夢じゃない。

 幻でもない。

「会いたかった、ずーっとずーっと、さわりたかった、ワミ、ワミぃいい」

「うん……私も会いたかった」


 あれからずっと、二人一緒に起きている。地図にない森の、誰も知らない小さな家で。

 誰もいない町を、マスクをつけず二人きりで歩く。

 一日の終わりに機械で検査を受けて、大気の影響を調べる。


 二人は共に、カナリアになった。

 パっと寝てちょいと起きてまた明日。

 もう、二年後を待つ必要は無い。


(おしまい)

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パっと寝てちょいと起きてまた明日 十海 @toumi_t

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