第6話 十代舐めんな

「ふへは?」

 レコは凍りつく。冷凍睡眠中じゃないのに、手も足も動かない。目も閉じられない。

『ちょーっと主語大きくしすぎたかな? でもいっぺん、これ言ってみたかったんだよねー! 不正覚醒者見つけるの初めてだから、ついつい舞い上がっちゃったんだよねー』

 不正覚醒者。

 ふせいかくせいしゃ。

 あたしのことか。

 ってか世界で今、起きてるのはあたしだけ?

 それって。

 それって!

『実に見上げた行動力だ。シフト黄色なら成功してただろう。黄色、この黄色ってネーミングがさあ、いいかげんダサいんだよねえ! わかりやすいからって、お役所仕事は、もう、これだから! なのに青はシフトブルーなんだよ? 何コレ納得行かない! あーすまんねぇ、一人でいる時間が長いもんだからどうしても独り言を言う癖がついちまって』

「どぉじでぇえ」

『おうあっ?』

 レコは立った。強力なゴムに弾かれたように、びょいんっとベンチから立ち上がった。

 重装防護服の胸ぐらをひっつかみ、ガクガクガクガクゆさぶる。

『おうおうあうおうあ?』

「どぉじでっ、ワミ、起きないのっ。どぉじでっ、ワミ、どぉじでぇええええっ! 何かアクシデント起きたのぉっ?」

『そこ? この状況で聞くことはそこなのっ?』

「大事なごどだがらぁあああっ」

 マスクの中は鼻水と涙でずびずびのずぶずぶ大洪水。

『あーはいはい、落ち着け落ち着け、焦らないでいい。時間はたっぷりあるからねー。まず、君が言ってるのが木花和美さんのことだと仮定して』

「ぞう、ワミはワミなのーっ!」

『……あー、なるほど、和美だからワミね、うん、女子高生の発想! 実にわかりやすい。彼女は安全だ。バイタルも全て正常、安定している』

「よがっだぁあ……」

『おろ?』

 脱力。

 ぺたーんと地面に座り込む。

『おい、石動令子、しっかりしろ。木花和美さんは予定通り、十年後に目を覚ます』

「は?」

 今、さらっととんでもないこと聞いた。言われた言葉が外耳から内耳を経由して今、脳に到達。

 じゅう、ねん。じゅうねん。

 1×10。

 3650日。

「じゅうねんーっ!!!!!」


 一日千秋どころの騒ぎじゃなかった。


     ★


 計画凍眠にはとんでもない秘密があった。

 一日寝るだけのはずが、十年寝ていた。

『そう、十年だ。十年冷凍睡眠しろって言われたらそうなるけど、一日寝るだけなら、ためらわないだろ?』

 そりゃそうだ、寝てれば時間はわからない。

 一日も十日も大してかわらない。実際、言われなきゃ気付かなかった。

「そりゃ空気もキレイになるってもんだよねーっ!」

『うんうん、私らも頑張ったんだよ、十年の時間経過を気疲れないように、いろいろメンテナンスしてるからね! 最近は街路樹も割と元気になってきちゃったし?』

 十一日じゃなかった。

 百と十年だった。

 最後にワミと話してから、百と十年経っていた。

(そんなぁあ……)

 重い。重過ぎる。そして長い。

 眠り姫より十年多い。

「何で、十年」

『ああ、それね! 短期間に冷凍と再解凍を繰り返すと人体に負荷がかかる。十年が最短サイクルなんだよ』

 いやそっちじゃないんだけど。聞きたいことだから黙ってる。

『たまに衰弱しすぎて眠ったまま起きないケースもあるしねぇ』

「それ死ぬってことじゃあ」

『不適合』

「でも」

『凍眠不適合』

(言い切ったーっ)

『あれは不適合だ。いいね?』

「………ハイ」

 がばぁっ!

 重装防護服の凍眠監視員は頭を抱えた。

『あーもうっ、念には念を入れてぇ、飼い犬まで一緒のシフトで寝かせたのにっ! なんで寝ない子が出ちゃうかなっ!』

「会いたいから」

『知ってる。みんなそう言う。なーんで別々のシフトになっちまったかねぇ? そんなにまでして会いたい相手と!』


 未成年こどもだから。

 こどもだから、自分の意志で選べなかった。


『十代の情熱には、精いっぱい対応してきたのに!』


 恋人と一緒にいたい>友達と一緒にいたい


 友達じゃあ、家族に優先されない。


『これでもおじさん、理解ある方なんだよ?』


 だけど家族はそうじゃない。


『なんて決行しちゃうかなぁ!』

 ふへっと鼻からひと息。

 しょっぱい鼻水とほろ苦い想いほんねを乗せて。

未成年こどもですから」

『その実行力。意志力。なんで我慢して寝る方向に向けないの!』

「一日起きてるぐらい、よゆーで行けると思ったんだよ!」

『はっ、それもそうかっ!』

 計画凍眠のハードルを下げるから、起きてるハードルも下がった。


『さて、秘密を知ってしまったあなたには、二つの選択肢があります』

 いきなり丁寧語、むしろマニュアル口調?

『一つは忘れて眠る』

「無理、忘れられない」

『あー大丈夫大丈夫、記憶を消すお薬があるから』

「マジ?」

『冷凍睡眠システムの開発過程で偶然できたんだけどね?』

「一日きれいに消せるの?」

 だったらこのまま寝直したい。

 最後にワミと会ってから、百と十年引き離された事実を忘れられる。

『いや、一年ぐらいかな。うん、寝てる間の一年じゃないよ? 起きてる時間の、だいたい一年分が消える』

「ないわーっ!」

 その一年は、絶対に、絶対に消したくない一年なのだ。ワミに打ち明けて、答えをもらってから今まで積み重ねてきた一年なのだ。

(あたしだけ、その一年が消えるなんて)

「だめだめだめだめ、絶対にだめーっ!」

『おうおうおうおうおうおうおう』

 再び重装防護服の胸ぐらをひっつかんでガクガクガクガク。

「もう一つは?」

『うん、君は運がいいよ。これね、今だから選択できるの。あと一日、いや十年早かったら無かったよこれ』

「いいから教えて」

 充血した目でにらみつけ、腹の底から響くど低音で脅す。

『あっ、はい』

 ピタリと止まった軽口の洪水。サクリと切り込む本題に。

『カナリアになって、このまま十年起きる』

「あたし、カナリアになります!」

『早ぁっ!』

 即答。即決。ためらわない、迷わない。

『ってか、まだ説明してないじゃん!』

「十代舐めんな」

 一途で単純、だが本気。

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