第4話 吸引力みしみし

「いち、にぃ、さん、しぃ」

 ビンを数える。机の上にずらっと並ぶ、茶色の小ビン。

 何回数えても十本。

「あー……」

 あ、に濁点のついた『あー』。突っ伏し、頭をぐしゃぐしゃひっかきまわす。

「あー……」

 誘眠剤が十本。眠ったのは十回。つま十日間。体感的には十ヶ月ぐらいたった気分。

「もう、一年経ったことになりませんかねーっ!」

 計画凍眠が始まって二十日が過ぎた。

 レコが起きて、活動してるのは十日間。

 半分だけの十日間。

 ワミのいない十日間。


     ★


 人間って順応するのが早い。半分人がいない社会では、すでに半分残った人たちで、新たなコミュニティが形成されつつある。

 いない人を待っていたのは、だいたい一週間。一週間は「今はいないけどいつか戻って来る人」を待つ姿勢だった。八日目で『いない』事実を受け入れる。

 そして、今いる人間でどうにかしようとする。


いないのなら、しかたがない。


 たった十日で「いないこと」に順応してしまった。


いつ戻って来るかわからないから、待っていてもしかたない。


 言われた。家でも学校でも、さんざん言われました。


「寝てる人とは、SNSで話してればいいじゃん。でも直接会えないでしょ?」

「だったら、残った人間、毎日いっしょに起きて、顔を合わせて話す人間を優先した方がいいって」

「友達って、要するにいつも会える人とつくる関係でしょ?」

「リア友優先しなよ」

「LIMEだけでつながってる関係は、果たしてそれ、って言えるの?」

「リア友優先しなよ」

 そうなんだけど。そうなんだけど。

(ワミの代わりなんか、いないんですよーっ!)


「そのあいさつ、自動送信メッセージなんじゃない?」


「いない人とは、それなりにてきとうにお付き合いすればいいってだけでー」

「向こうもきっと、そう思ってるよ?」


 レコは叫ぶ。

「思ってなーいっ!」

 拳を握り、体を『く』の字に曲げて。

 場所は学校の屋上。密閉された建物の外だから、人は滅多に来ない。出るのにいちいちエアロックを通らなきゃいけないし、汚染された大気の中にいると、浄気マスクをつけても落ち着かない。用も無いのに外に出たくない。

 だから、人は滅多に来ない。

 二人っきりになるには、最高の場所。

 放課後、ワミと二人でよくここに立ってた。やたらと赤い夕陽を浴びて、自分たちも赤くなって、空を見ていた。

 どんより漂う重たい雲の、上半分は鉛色。下半分は熟れた柿の色。なまなましく、みずみずしい赤。


レコ『空気の中に細かい塵がいっぱい混じっているとこう言う色になるんだってね』


 ぱしゃっと雲を写して、LIMEで送る。


レコ『ちょっとずつ、赤がクリアになってる気がする』


「うー……」


 向こうもそう思ってる、とか言われると不安になる。不安になって、ついこまめにメッセージを送っちゃう。


「ウザいかな、これ」


「そのあいさつ、自動送信メッセージなんじゃない?」


 ぐわっとまた、マグマのように感情がこみ上げる。


「ああ、もう。みんなみんな言いたいこと勝手に言いやがってーっ!」

 拳を握ってまた叫ぶ。

「ちがうんだ。ワミはかわりなんかいないの! たった一人の! あたしのっ、あたしのーっ!」

 ぎゅううっと強くスマホを握りしめる。座り込む。

「ふごぉおおお」

 マスクの中に、くぐもったうめきがこもる。

 大人になるまで、言葉に出すまいと決めた。二人の約束。離れ離れになっても。だからこそ、守り抜く。

「いかん。破裂する」

 好き、が自分の中にぐるぐる渦巻いて、あふれ返って。目の前がにじむ。

「あ、しまった」

 マスクをつけたままじゃ、涙がふけない。

「しみるぅうう」

 乾いた目には、涙がしみる。


     ★


 お向かいのおばあちゃん、計画凍眠中に入院したって。

 冷凍睡眠不適合症。

 覚醒プロセスが上手く働かなかったっぽい。体力の無い人が起こしやすいって。


 ネットの情報はどれもこれも言いたい放題。隣町のダレそれが起きなくなったとか。友達の友達が起きなくなったとか。

 流言飛語ってまさにコレ。


『適合してないのは睡眠じゃなくて覚醒なんじゃない?』


 無意識にとる言葉の揚げ足。

 怖いからだ。

 自分もそうなるんじゃないかって。


 ワミとばらばらに起きているのはつらい。だけど会えないまま眠ったまま、起きられないのはもっと怖い。

 デマじゃ無いのがわかってる。わかってるから余計に怖い。お向かいのおばあちゃんは、実際いなくなった。病院に運ばれたとは言うけれど、いつ運ばれたか誰も知らない。

 ましてやいつ戻ってくるのか、なんて。


     ★


「信じらんない」


 あれだけ千々に乱れ乱れに乱れまくっても、茶色の小ビン一本でパタっと眠ってしまいました。


「強力すぎるだろ、この薬」


 十一本めの茶色の小ビン。机の上にかちりと並べる。

 寝たこと寝たけど、普通の睡眠とは何かちがう。寝る前のわやくちゃが全っ然、解決していないし。薬を飲む前に軽くパニック起こしていたから、ワミにおやすみを言うのを忘れてしまった。


「ばかばかばかばかっ、私のばかぁあっ」


 ごろごろと床の上を転げ回る。


「どうしようどうしよう、ワミ、ごめん、ごめんっ」


 今すぐにごめんって返信しても、ワミが読むのは明日だ。

 だからってだからってだからって、ネガティブ思考にどっぷり浸ったメッセージを送るのはもっとまずかった。


「ごめんワミ……」


 おそるおそるスマホに触る。

「あ。メッセージ来てる」

 何だかこわくて、目を閉じてLIMEを開く。


 不適応。

 明日、自分に起きるかもしれない。

 予想できないくらいに突然に。


『お、は、よー、レコ!』

「えっ?」

 (動画っ?)

 大急ぎで目を開く。


『おーはーよーっ!』


 何て破壊力。制服姿のワミがぴょんぴょん飛び跳ねてる。きれいに髪の毛とかして、顔も洗って、歯も磨いて(たぶん)、めっちゃ可愛い。外はねショートボブの髪の毛にラメが光ってる。唇はつやっつやのサクラ色。

(リップクリーム塗ってる!)

 おめかししてくれたんだ。あたしのために。あたしに見せるために。

『おーはーよーっ! んーっ、ぱっ!』

 両手を口の前で交差させて、ぱっと広げる。

(投げキッスした!)


「だめ……もうだめ」

 レコはたまらず、胸をおさえて床に突っ伏す。

「好き……好き……好きすぎるー」

 初めて知った。

 不安よりも、好きの方が吸引力が強いんだ。

 何倍も。何倍も。

 

     ★


 不安より『好き』の方が吸引力は強い。

 不安の後の『好き』だから余計に。

 

 たまらず、ワミの家に行ってみた。

『ベーカリー木花』はお休みだった。

 家族全員眠ってるから、当然だ。

 静まり返った家に生き物の気配は無い。余計に会いたさがつのった。


 昨日よりも、空は青い。午後になっても青いまま。汚染の黄色いくすみは影も形もない。夕焼けもクリアな赤。雲が軽くてふわっとしてる。パシャっと写して、LIMEで送る。


レコ『見てください、このふわっとした夕焼け! 計画凍眠の効果は確実に出てますね?』


(これなら、あたし一人ぐらい、起きててもイケるんじゃね?)


 左手首をにらむ。

 GPSつきのリストバンド。レコのは青。ワミのは黄色。二人を引き裂く色ちがい。

「よしよしよし、やるぞ。やってやるぞ!」

 仕掛けがあるのはバックル。

 紐は紐。ただの肌触りのいい紐。

「バックルを外さなければ、アラームは鳴らない」 

 根拠は無い。だけど。

「試す価値はある!」

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