第3話 茶色の小ビン
チチチ、チュン、ピピピピ。
デジタルな小鳥のさえずり。本物はとっくに消えている。
レコは目を開ける。
あっさり目が覚めた。
すごく、あっけない。
(本当に一日寝てたんだろか?)
カプセルの蓋はもう空いていた。昨日寝た時もそうだったけど、今も閉塞感は感じない。ベッドの中は普通にあったかい。
起き上がって外に出る。
寝心地は悪くない。って言うか前に寝ていたベッドよりずっと使いやすい。
そう言う風に作ってあるのかな。自分から喜んで眠れるように。
「っ、スマホ!」
がばっと机に飛びつく。充電コードを引っこ抜いてロックを解除。
メッセージが届いてた。ワミから、ウィンドウが何枚も何枚も重なってる。震える指でつつくとトーク画面が表示される。
ワミ『おはよー』
最初のメッセージは動画つきだった。
ワミの自撮り動画だ。着てるのは、キャンディピンクのウサギさんパジャマ。
右手でスマホを持って、左手をぱたぱた振っている。
ワミ『おはよー、レコー! 今日もすっごくいい天気だよーほらー』
角度が変る。二重の密閉式窓の向こうは白く明るい。ピントが合うと、空の青さが写る。
ワミ『これ、フィルター使ってないんだよ! 本物の青空。何年ぶりかな』
「ほんと、びっくりだ……」
空は黄色く曇ってる。それが常識だった。自然な青空なんて何年ぶりか!
ワミ『冷凍睡眠の寝起きは、すっきりして最高。って、これはもう、知ってるかな?』
「うん。知ってるよ、すっきり」
ワミ『じゃあ、顔洗ってきまーす。またね!』
動画、終わり。
(起きてすぐ、動画撮ってくれたんだ)
ぎゅぎゅーっとスマホを抱きしめる。
髪の毛もしゃもしゃ、目もしょぼしょぼ、だけど動画、撮ってくれた。
『動いてるワミが見たいよ』
昨日送ったメッセージの返信がこれか。
(うれしい……)
びっしりとワミからのメッセージが並んでいる。一つ一つのメッセージは短く、ウィンドウは小さい。それがいくつもいくつも重なっている。
昨日送ったメッセージの一つ一つに返信して、合間にワミがその日見たものや聞いたことが並んでる。
会話の時間差を埋めようと、文字を重ねてる。
夢中になって読みふけり、ふと時刻を見てぎょっとする。
「うそぉっ、もうこんな時間!」
大急ぎで洗面所に駆け込んだ。
すごい勢いで時間が飛んだ。
★
通学電車はやっぱりがらがら。だから余裕で席に座ってLIMEを打った。
レコ『で、その後、大急ぎで顔洗って、歯、みがいた。力入れ過ぎて歯ぐきからちょっと血が出ちゃったよー。朝ご飯もぎりぎり。だけど一つだけいいことがある。これなら、二年なんてすぐ過ぎちゃうね』
ちょっと考えて付け加える。
レコ『パっと寝てちょいと起きてまた明日、だよ』
返事を打ってる間にほら、駅に着いた。
レコ『駅、ついた。いってきます』
スマホを持って席を立つ。ホームを歩いて、定期をぴっとかざして改札を出る。
大急ぎで学校を目指す。一緒に話す相手がいないから、ひたすら歩く。
レコ『ここまで歩いて気がついたこと。ちょっと呼吸が楽になった気がする。計画凍眠、けっこう効果出てるかもね』
授業開始まで、夢中でワミのメッセージを読んで、合間に自分からも返事を送る。
レコ『見て、今日も空が青いの! 8時過ぎたけど、まだ黄色くならない』
窓の外に広がる空は、本当に昨日より青かった。大気汚染の影響。黄色い霞はまだ見えない。
午後になったら、思い出したようにうっすら出てきた。それさえも、風が強いとすぐ吹き散らされる。
(こんなの、初めて見た)
物心ついてから、空はずっと黄色く霞んでいた。
何だか、今日は現実世界より、スマホの画面見てる方が長かった気がする。ワミからのメッセージを読んで、返事して。新しいことも送って。自分の時間を中継して、合間にワミの時間を読む。
一言一言行ったりきたり。量が多くてスマホの画面を上がったり下がったり忙しい。
タピオカ屋さんに寄って、たのんだドリンクの写真を撮って送る。
レコ『ちょっと冒険してみた』
今日頼んだのは、抹茶ラテ。
レコ『緑のラテに緑のタピオカだよー。なんとなく、マリモっぽい。北海道のマリモ的な?』
ずぞーっとすすって、もちもち噛んで飲み込む。
レコ『味は普通にタピオカでした!』
タピオカの実況中継。何やってんだか。
わかってる。いくらメッセージを送っても、既読はつかない。
一緒に起きてた時は、心配した時もある。何か嫌われるようなこと、言っちゃったかな。怒ったかな。不安になった。
ワミ『ごめん、充電ぎりぎりだった!』
30分後にやっと届いた一言。その瞬間、世界が変わる。闇夜は光に満ちあふれ、とびあがって喜んだ。
今はちがう。
自分の発言だけ積み重なってく。自分の色の吹き出しだけが、画面を埋め尽くす。
既読はつかない。
だって今、ワミは眠ってるから。
返事の来ない理由がわかってると、かえって楽かもしれない。
(これも計画凍眠の、いいこと、かも?)
左手首のリストバンドを引っ張る。すべすべして肌触りがいい。完全に密着してないから痒くもならない。
メッセージを打ってるうちに抹茶タピオカラテはすっかりぬるくなっていた。
いつものこと。おなじみのぬるさ。
一緒に飲んでる時は、飲むよりしゃべる方に夢中になってた。
しゃべってる間に、ぬるくなってた。
★
「やっほー、ワミちゃーん、元気ですかーっ。あたしは今、湯上がりでほっかほかでーす」
風呂上がり、カプセルに入る前に動画を撮った。
夜遅いからあまり大声は出せない。家の中では普通に声が届くから。
「今日だけでどんだけメッセージ打ったかな。ひとっつひとつは短くても重なればけっこうな文字数行くね」
返事と報告が混じるからだ。ざっと見ても二倍になる。
「あたしら、小説書けちゃうかも?」
夜の静けさは、危険だ。何の前触れもなく心臓をしめつける。しみしみ冷たく、きりきり痛い。
「さみしいよ。二日会ってないだけなのに。早く時間が過ぎればいい……なーんてねっ!」
いけないいけない、ネガってた。慌ててテンションを上げる。
「パっと寝てちょいと起きれば明日だもん!」
動画撮影終了。
ワミ『おはよー、レコー! 今日もすっごくいい天気だよーほらー』
即座にワミからもらった動画を再生。画面に触ると止まっちゃう。一時停止。
何度触れても届かない。スマホの画面は硬くて冷たい。動いてる姿を見て、声を聞くと余計にさみしさがつのる。
「あー………」
(
いいたい言葉をんぐっと飲み込む。ミルク味の誘眠剤と一緒に。
茶色い小ビンがまた一つ、増えた。
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