第2話 おはようとおやすみの間

 きっかり六時に目を覚ます。

 いつもの朝。だけど決定的にちがう朝。

 スマホのアラームを止める。画面に着信記録。

「あ」

 ワミからのメッセージだ。

 (あたしのバカ。何で寝てた!)


ワミ『おはよう。これ打ってるのは夜中だけど。行ってらっしゃい』


 いつもと同じメッセージ?

 ちがう。足りない。

『また学校で』とか。『またね』とか。『ご飯食べてくる』とか。大事な言葉が無い。


レコ『おはよう、おはよう、いい天気!』


 返信してから、落ち込む。

(あたしのバカ。ワミは今眠ってるのに)

 エジプトのアレ的なカプセルの中で、冷たい眠りについている。

(いやいやいや! そんな縁起の悪い言い方しちゃダメダメ、ダメだってぇ!)

 大丈夫、大丈夫、『計画凍眠』だから大丈夫。管理された安全な眠りだから。明日には目を覚ますから。

(あー、でもその時は、私が眠ってるんだ)

 頭ではわかってたんだけど、心がついて来ない。

(めげない、めげない。あと二年。パっと寝てちょいと起きればすぐだから)

 洗面所に行って顔を洗う。びよんびよんに跳ねた髪の毛。早くもげっそりしてる顔。

(うわーボロボロだぁ)

 いつもより三割増しでひどい顔。

(一日時差ができるだけ、今までと変わらない)

 粛々と歯を磨く。

(何も変わらないから)

 ぺっと白い泡を吐き出し、口をゆすぐ。歯間ブラシにちらっと目を向ける。

 すきっ歯だから毎日やりなさいと歯医者さんに言われてる。

 力を入れ過ぎて、いつも血が出る。

(今日も出ました)

 無意識に文章を考えてる。次に打つLIMEを考えてる。

 いくら打っても、ワミが起きるのは明日なのに。考えずにはいられない。

 びよんびよんに跳ねた髪の毛を、ブラシでとかす。力を入れ過ぎて引っ張る。

『優しくしなきゃだよ、レコちゃん? せっかくのきれいな髪の毛がいたんじゃう』

「うん、そうだね」

 重症だ。頭の中のワミと話してる。

 いやいや、これは一日目だから。慣れてないだけ。すぐに慣れる。

 きっとそう。

 おちつきを取り戻した髪の毛を二つに分ける。さあここからが勝負。下からけずりあげかきあげて、上からおろして、ちょうどいい位置にキープする。

 左手でつかんで、右手で髪ゴムをはめる。毎朝やってることだけど、微妙に位置がかわる。

「んー、こんなもんかな」

 お次はもう片方。すでに結んだ左側とほぼ同じ位置に結ぶ。基準があるから気分的にはちょっと楽。

 髪ゴムで念入りにとめて、はみだした毛はクリームでおさえる。

 でもヘアクリームじゃない。


『ヘアクリームのにおい、苦手なの? じゃあこれを使うといいよ!』

『これ、ハンドクリームじゃん!』

『髪の毛につけていいものしか入って無いし? 余ったら、手に塗り広げれば無駄にならないよ。それに、においも、ほら』

『うん、これなら大丈夫』

 青いひらべったい缶をきゅっとしめる。

 中味は普通。外は特別。二人で作った、おそろいのデコ缶。

「……会えないってわかってると、余計に気になるんだなあ』


     ★


「いってきます」

 外に出たら歩いてる人が少ない。通学電車もがらがら。いつもの満員ぎっしりがうそみたいにすっからかんのがらんがらん。

 始発じゃないのに、楽に座れた。びっくりだ。

(あっ、これいいな)

 人間が半分になったら、一人一人のスペースが、増えた。

 心なしか息をするのも楽。学校に着くまでの消耗も半分。

 教室にいる生徒も半分。運良く、仲の悪い子とも別シフトになった。

 半分になった生徒の空いた席は、そのまま残す。起きてからいつもと同じ生活を送れるように。混乱しないように。

 クラスの中の最大派閥の女子グループが、消えた。 一人の女王にくっついて、構成員が消えたのだ。

 一人二人は残ってるけど、大きな派閥にくっつく子は、切り離されると弱い。


『それでも女子がいる限り、グループができるよね。いずれこの半分になったクラスにも派閥ができちゃうんだな。あーうっとぉしい』


 やばい、今のメッセージ、すっごくネガティブ。よくない。

 でも消したら痕跡が残る。何があったのか。かえって気になる。


『ワミがいれば、あたし、平気だから。幸せだから。負けないし?』


 勢いでスタンプを連打する。

 やっばい。

 下手に送信履歴増やしてしまった。

 あー……あたし、暴走してるよーっ。はずかしい。

 ワミと半日会えないだけでこれだもの。


 握ったスマホがいつになく熱い。

 何かよさげな写真でも送ろうか。でもなー、ネットの拾い画像とか送ってもしょうがないしなー。

 昔みたく犬とか猫が外を歩いてたら。小鳥が飛んでたら、ワミが好きそうな写真、撮れたのになー。


 帰り道、いつものタピオカショップに寄る。

 いつものほうじ茶タピオカラテ。ホイップ多めでオーダー。

 スマホの角度を調整して、ぱしゃっと一枚。

「ん、いい感じ」


『タピオカなう、だよ』


 ほんとは一緒に飲みたいよ。

 一人で飲むタピオカは、甘さも、もちもちも半分だった。


      ★



『風呂ってくるね』

『上がったよ』


 いつも送ってるスタンプ。だけど画面が何となくちがう。

 あたしの送った分が二つ並んでる。ワミからの返事がないからだ。

 風呂あがり、髪の毛をふきながらベッドにこしかける。一日、送ったメッセージを読み返し、あぜんとした。


(信じられない。あたし、いつもの二倍LIME送ってる!)


 自分一人しかいないもんだから、ワミの分まで『しゃべって』る。

(あーあーあー、これじゃドン引きするわ)

 頭をかかえる。

「やっぱ会えないのさみしいよぉ……」

 スマホのロック画面は二人で写した自撮り写真。

 いくら触っても、スマホの画面は冷たく硬い。指紋はつけられるけど、ワミには届かない。


『動いてるワミに会いたいよ』


ぽつんとうずくまる猫のスタンプを添えて、送信。


『おやすみ、そして、おはよう』


そして、カプセルに入る。睡眠導入剤(ミルク味)を飲んで。

何で、水薬なのかな。錠剤の方が質量が少ないのに。早く効くように? 確実に飲むように?

アンプル一個だから、これなら『半分しか飲まない』とか勝手はできないよね。

カプセルの中は思ったよりあったかい。ふかふかのマットが体をつつむ。冷えるのはきっと、眠ってからなんだ。

明かりを消して、つぶやいた。


「パっと寝て、ちょいと起きて、また明日」

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