第9話

後佑介の熱は引かずに五日間も動けずにいた。医師からは全身疲労によるものではないかと診断された。佑介は熱をおびながら体のいたるところで痙攣をおこした。足は頻繁につり、全身が筋肉痛のように苦しんだ。

 頭の中ではいつもライブのことが蘇る。眩しいライトを浴びながら、前を見れば盛り上がっている観客たち。耳の奥では耳鳴りのように音が鳴り響いている。目を閉じれば浮かぶ光景は決まっていた。受賞のことや、清原優陽、ブルーレインのことはほとんど覚えていない。ただ自分のライブ演奏だけが強烈に残っている。それから思い出すのは舞台裏だ。大会慣れやライブ慣れしているはずのバンドがいつもの姿を失って憑依しているかのような状態になっていた。緊張の極度を見たが、あの場面で佑介のバンドメンバーは誰一人うろたえることがなかった。寛はめずらしく声がでていて準備の指示を送っていた。

 まぶしい光と仲間が目を閉じるとそこにあった。

 やっと立てるようになると、佑介は深呼吸をゆっくりとした。喉の奥がまだひっかかる痛みがするから声がまだうまく出せない。ずっと寝ていたせいで腰が痛む。頭も重い。

 起き上がったときは夜になっていた。昼間は暑かったが、夜には少し風がある。佑介は外にでてみた。

 背伸びをして夜空を見上げる。少し歩く。いつもと変わらない風景が続く。佑介はゆっくりと普段歩かない道を歩いた。うっすらと額に汗がにじんできた。息があがってくる。

 腰に手をあててもう一度夜空を見上げる。星が小さく光るのを見つけた。

 佑介は寛の家の前まできた。インターフォンを押すのをためらう。指を何度も伸ばしかけ、結局やめた。振り向いて歩こうとすると声が後ろからかかった。

「篠崎くんじゃない」

 寛の母親だった。

「この前なにか大会で優勝したみたいね。おめでとう」買い物帰りの袋を手にして微笑んだ。

 佑介は頭を下げた。

「寛に用があるの。でも今はいないわよ。今、大学の用事のほうに行っているわ」

 寛の母親の口角があがる。

「そうですか」佑介は会釈して立ち去ろうとした。

「なにか趣味に熱中しているようだけど、うちの子は公務員になるために勉強しなければなりません。趣味で息抜きも大切ですが、あまりうちの子をのめりこませないようにしてくださいね。友達だからおわかりだとは思いますが、よろしくお願いしますね」

 佑介は頭を下げて寛の母親の顔を見ないようにした。拳を握り締める。

 寛の母親がドアを開けて家に入ると、佑介は蹴りだして走った。

 走っていてすぐに息がきれた。胸がかきむしられるほどの痛み。

「あああああ」佑介は体勢を崩して倒れこむ。頭を振る。汗がしたたる。

 仰向けになって空を見る。激しい呼吸で体が動かない。

「暗い、暗い、なんて暗さだ」

 道端で倒れているため、人が通りかかり怪訝そうな顔で佑介を見て早々に立ち去っていく。佑介もまたそういう人たちの顔を見ていた。倒れて胸が痙攣していながらも佑介の目は動いている。

「オレは関東バンド大会優勝者で、次は全国大会だぞ。だけど、そんなもの、誰も関係ないんだよな。クソ」

 佑介は呼吸が整っても立ち上がることができなかった。


 佑介はバイトを再開したがバンドメンバーには連絡すらしていなかった。一週間は休養するつもりだったが、一週間をすぎても電話をかけることもなかった。逆に連絡もこなかった。佑介は携帯電話の液晶画面を何度も見ては、またポケットにしまった。

 布団に叩きつけてはため息をつく日々。布団に倒れて天井を見つめる。舌打ちをして起き上がる。電話はめったにかけたことのない紗枝にかけた。

「佑介、大丈夫なの」か細い声が返ってきた。

「ああ、ゴメン。みんな、オレの連絡待っていただろ。意識失った感じだったから。確かに一週間近く立てなかったからな。心配かけてごめん。実際、今もフラフラするけど歩けるところまでは回復した。今度からまた、また練習再開だ。全国大会だってすぐにやってくるしな」

 電話越しに聞こえる吐息。

「なんか最後の言葉のほう、心がこもってないね」

「え」

「練習より深川さんでしょう。約束果たしたこと、報告に行かないと」

「ああ」

「なんか元気ないね。本当に回復してるの」

「なんか朝霞ってお母さんみたいだよな。言い方っていうか、ものの考え方っていうか、見方っていうか」

「なに、話変わってない」

 紗枝は笑った。紗枝は笑っていたが、佑介は笑っていなかった。佑介は携帯電話を握り締める。

「あのさ」

 佑介は唇を固く結ぶ。

「オ、オレ」

「どうしたの」

「オレ今度の全国大会、優勝できなければ音楽やめる気でいる。趣味でもやらない。楽器も全部壊して捨てる」

 紗枝は持っている携帯電話を落とした。落としているのにも気づかずに絶句していた。我に返るとあわてて携帯電話を拾った。

「なに、言い出すの。突然」

「オレだけでもそういう覚悟みたいなものをもって臨もうと思う。まぁ、これは今日決めたことなんだけどさ」

「なにか、あったの」

「なにも、ない。ただ、もういろんなものが後がないような気がして。親にも就職とかせっつかれはじめているし。寛やみんなも、自由がなくなるだろう。働き出したら、趣味でやるにも厳しくなると思う。都合が今みたいにつくわけじゃないし。だから未練を残さないためにもそういう気持ちでいきたいと思うんだ」

「本気で言っているの」

「別にこれを朝霞とかみんなに強要するつもりはない。もし優勝できなくても朝霞はドラムを続けていいし、渋谷も寛も音楽をやり続けるのは勝手だ。だけど、そのときオレはもう一緒にはやらない。それだけだ」

「わかった」紗枝は頷く。

「だけど、そのことはみんなには言わないで。私も私だけの秘密にするから」

「それはオレも同じだ。だから朝霞に電話したんだ」

「それと、さっきも言ったけど、まずは深川さんに会いに行こう。そして佑介がいったようにメンバーに入れよう。私たち、東京大会で一組だけの優勝だったら決して残っていたとは言えないわ。それぐらいブルーレインというバンドは群を抜いていたわ。人気も実力も断然向こうが上よ。だからこのままじゃ優勝はできない。新戦力はなんとしても必要よ。だから、まずは深川さんに会いに行こう」

 佑介の唇は震えていた。目頭が熱くなる。

「ありがとう。オレ、やっぱり朝霞に最初に電話してよかった」

「なに、また私がお母さんみたいだからって思っているの」

 今度は二人で笑いあった。佑介は笑いが収まりそうになっても無理やり声をだして笑うのを止めなかった。そうしないと涙が出てしまうから。


 佑介は翌日、ひとりで深川舞子の家に行った。姉は仕事に出ていたが、母親が出た。

「どなたですか」か細い声でドアから顔を半分もださずに。

「篠崎佑介といいます。その舞子さんとは中学のとき同級生だった者です」

 母親はそのまま黙ってドアを閉めようとした。

「ちょ、ちょっと待ってください」

「まだ、なにか用ですか。もう、うちの子を放っておいてください。なんなんですか」

 ドアを強く引いて閉めようとする。

「放っておけません。このままでいいんですか。あんな監獄みたいなところで一生過ごさせる気ですか」

 ドアが一気に開いた。佑介はふいに押されてよろけた。

「いい加減にしなさい。なんですか。余計なお世話よ。うちの家庭をこれ以上無茶苦茶にする気。さらに苦しめる気なら、帰りなさい。もう二度と来ないで」

 佑介の手がドアから離れると、勢い閉められた。閉まる音が佑介の体の奥まで響いた。

 佑介はドアにもたれながらへたりこんだ。団地の隙間から空が見える。微かな空から流れる雲を見つめる。佑介は口を半開きにして虚空を眺めた。息が時々漏れる。

 佑介は嗚咽した。

「なんでだよ。せっかく東京大会優勝したのに。どいつも、こいつも」

 ふさいだ姿勢でいた佑介を舞子の姉、由紀子が見つけた。

「あんた、いつからここにいたの」

 佑介は気がついて顔をあげた。

「あ、え。今、何時ですか」

「あんた、ひどい顔ね。もう夜の十時よ」

 由紀子は声を出して笑った。

「え、もうそんな時間。やばい、寝てしまって。すいません、帰ります」

 立ち上がろうとしたが、体が痺れて立つことができない。

「ちょっと、あんた大丈夫」

「大丈夫です。すいません」

 佑介は壁に手をついて歩き出した。

「ちょっと、この前、東京大会だっけ。あったんでしょう。その報告に来たんじゃないの。どうだったの。その様子じゃダメだったの」

 通り過ぎようとする佑介に由紀子が声をかけた。

「いいえ。優勝しました。一ヵ月後に全国大会です」

 佑介はそう言うと嗚咽を漏らした。涙があふれてくる。佑介は顔を上げることができない。手が震えてきた。

「そう。よかったじゃない」

 由紀子は微笑んだ。

 佑介は由紀子の声が聞こえても、顔を向けることができない。

「どうせ優勝するなんて思ってなかったでしょ。すごいと思っているのはオレだけで、世間からすれば、どうでもいいことなんだ。優勝したから、なんだって話だろ」

 佑介の語尾が強くなる。声が震えて涙声になる。

「そんなことないわよ。よく、がんばったじゃない」

 佑介は振り向いた。

「気休めはやめろよ」佑介は怒鳴った。

「約束でしょ。今度、いつ舞子に会いに行くの。全国大会に舞子を出すんでしょ」

 佑介は言葉を失う。由紀子の顔を見る。

「あなたたちのバンドがどんなにすごいかは知らないけど。舞子はダンスを辞めてはいないわ。音楽と場所があれば、いつだって踊っているのよ」

 佑介は由紀子を直視する。

「本能といっていいぐらいのダンスをするわ。言っておくけど、生半可な気持ちで舞子をステージに上げようと思わないことね。あの子の迫力に負けるわよ」

 由紀子は佑介の肩に手をやった。

「まだ、ダンスを続けていたんですね。まだ、ダンスを、諦めていなかったなんて」

「今度はちゃんと面会しなさいよ。今度しくじったら次はないからね」

 そう言うと由紀子は家のドアを開けて帰ってしまった。

「あ、ありがとうございます」

 佑介は頭を下げた。涙が止まらなかった。

 佑介はよろけながら、足をひきずりながら家路を急いだ。


「きいてくれ。深川のお姉さんがまた面会してくれるって許可もらったぞ」

 バンドメンバーを朝から呼び出して佑介はアンプを持ち上げて叫んだ。

 紗枝は両手を腰にあてて、ため息をついた。

「また、佑介は勝手なことして。あんたひとりで行動するとロクなことにならないのよ。すぐにキレだして、台無しにしたりするんだから」

「なに。せっかくいい話をしているのに、それはないだろ」

「だって、そうじゃない。今だって、そう」

「うるせえ」佑介は紗枝の腕を叩いた。

「いったぁい」紗枝はうずくまった。

「なにやっているんだよ、お前らは。ケンカしたってしょうがないだろ」

 寛がギターを背負いなおして鼻で笑っている。

 佑介は「ごめんな」と言った後、寛を睨んだ。佑介は寛の声を聞くと自然とこわばってしまう。

「なんか、お前さっきからオレに対して感じ悪いけど、なんかしたのかよ」

 佑介は寛の母親に会ったことを寛には言わずにいた。

「別になにもねえよ」

 佑介は紗枝の背中に触れて、紗枝に頭を下げた。

「なんかイラつくんだよな、さっきから」

 寛が舌打ちする。佑介はそれだけで体が過剰反応してしまう。

「それで、いつ行くことが決まったの」

 葉子が髪をシュシュに通しながら、空を見て言った。

「今すぐ、これから。もうお姉さんが車用意して待っている」

「なんだって」寛が声をあげる。「また、急に、この人は」紗枝が片手で顔を覆う。

 その姿に葉子は声をだして笑い出した。

「あっはっは、なにソレ。自分勝手すぎ。チョージコチュウ。あははは。やっぱ、最高だよ、佑介」

「だろ」佑介は顔を乗り出す。

「勝手すぎるわよ。今度はちゃんと深川さんに手紙を書こうとしていたのに。それもできないじゃない」

 紗枝が顔を赤くした。

「楽器はちゃんと持ってきたよな。朝霞はまぁスティックだけでいいや、しょうがない。アンプはこの小型を持っていく」

 佑介は肩をすくめながらも全員を見回しながら言った。

「まさか、あの病院で演奏するの」

 葉子も声を裏返ってしまう。

「一応、講堂を借りるつもりだけど、本当に演奏できるかどうかはわからない」

 佑介はアコースティックギターを背負う。

「どうする気なの」紗枝が佑介の袖を引っ張る。

「隠しててもしょうがないから言うけど、演奏を委員長に聞いてもらう。そして踊ってもらうんだ。これはテストだ」

 メンバーが顔を見合わせる。

「深川さんをバンドに入れるかどうかをテストするってこと。そりゃ、そうよね。全国大会に出すんだものね」

 紗枝が眉をひそめて言う。

「いや、違う。オレたちが委員長のダンスに見合えるかどうかのテストだ。お姉さんが審査する。オレも実際わからないが、委員長のダンスは相当なものらしい。オレたちも、よほどの気合を入れないといけない。これは全国大会への最終予選だ。ここでパスしなければ、全国大会の目的もなにもない。辞退するまでだ」

 佑介が一気に言うと、寛が大声でわざとらしく笑った。

「なんだって、面白いこと言うな。オレたちはちゃんと世間に認められたファイナリストだぞ。それをまだなにも経験していない深川のほうが上で、さらにその深川にオレたちがテストさせられるってか。そんなバカな話あるかよ」

 佑介は寛を見てすぐにギターを背負ってアンプを両手に抱えて歩き出した。

「だから、なんでオレを無視するんだよ」

 寛は声をあげると紗枝と葉子は少し笑ったが、寛に睨まれたので笑うのをやめた。

 寛は落ちている小石を蹴った。

 佑介は小走りに近いほど歩くのが速かった。

「佑介、紗枝が追いつかないよ」

 葉子が佑介の腕をつかんだ。振り向いた佑介の顔を見て、葉子の体がすくんだ。眉間に深いしわを刻んでいながら、目じりは痙攣させて、唇が震えていた。

「どうしたのよ、アンタ」

 佑介は腕を振り払った。

「行くぞ」強く言い放つ。

「なんだよ、アイツ」葉子は腕を組んで息を吐く。

 後ろからあきらめたかのようにゆっくり歩く紗枝と寛がついてくる。「おい、なにやっているんだよ」佑介が振り向いて立ち止まり、大きく手招きしている。

「どうする」葉子が寛と紗枝に目配せする。

「仕方ないだろ」寛がギターを背負いなおして歩き出す。

「勝手でどうしようもなくて、子供じみてて、なに考えているのかわからない、とっつきにくいヤツだけど、私は佑介についていくわ。もう理由なんてどうだっていいわ」

 紗枝は息を切らせながら小走りで進む。

 葉子は背伸びして空を見る。嫌味なくらいの雲ひとつない青空。舌打ちして走る。走るたびに腰にベースが当たって痛む。

「あとで佑介の腰に同じだけの蹴り入れていやるから数えておこう」

 いつの間に全員が走っていた。

 佑介は立ち止まって三人の走るのを見ていた。

「なに見ているんだ、佑介ぇ」葉子が叫び、追いつこうとすると、また佑介が走り出す。

「待てぇ」走る、走る。


 全員の息がきれて、まともに喋られなくなる頃、深川舞子の家前に着いた。

「なに、あんたたち、走ってきたの」由紀子が鼻で笑う。

 佑介は駐車場を指差す。膝の上に手を置いて、体全体で呼吸している。由紀子の顔を見ると、由紀子は顔を背けた。

「生意気ね、いつもあんたは」そう言うと車の鍵を指で回した。

 車の中ではみんな黙っていた。前回のときと同じだった。紗枝がなにかを話そうと身振りをみせるが、言葉にならずにまたうつむき、黙ってしまう。

 佑介はずっと外を見ていて貧乏ゆすりをしている。寛はアイポッドイヤホンで音楽を聴き、葉子は目を閉じて足を組み、両手を組んでいる。紗枝はため息を繰り返す。バックミラーで由紀子は車内の様子を時折見ていた。タバコに火をつけようとして、やめた。赤信号で止まるたびに指でハンドルを叩く。

 由紀子は病院に着くまでに一言言いそうに、体をねじらせたが、一息つくと、また正面を向きなおして車を走らせた。

 病院前に着くとすでに全員憔悴しきっていた。

 みんなが車から降りると、由紀子は地面を思いっきり踏み蹴った。

「あんたたち、これから舞子にまた会いに行くんでしょう。なによ、その態度は。また同じ過ちを繰り返す気なの。なんなの、その覇気のなさは」

 佑介は足早に由紀子に近づいた。顔同士が触れ合うほどの距離までつけて佑介は由紀子を睨んだ。

「わかっているさ。お願いだから神経を逆撫でしようとするのをやめてくれないか。オレたちはオレたちで考えがあるんだから」

 佑介は歯を見せて笑う。よっとアンプを車から降ろしてギターを取り出す。寛も続いてギターを持ち上げる。葉子はベースを抱えこみ車からでてくる。紗枝はスティックケースだけ持ってでる。

「一応、話だけはしていおいたけど、実際演奏できるかどうかわからないわよ。病院とはいえ、他とは違うけど、あくまで病院なんだから」

 由紀子は鼻で笑う。髪をかきあげて頭をかく。車の中であれほど無口だった四人が今は堰ききったように話している。由紀子の話を誰も聞いていない。由紀子はそれでも笑顔になっていた。ゆっくりとついて歩いていく。先頭で歩く佑介が声をあげて笑っている。つられて由紀子も遠くで笑っている。

 受付に由紀子が話をして、スタッフ、主治医が待合室にやってくる。

主治医は松戸といった。大きな体に大きな顔。葉子が思わず「熊」と言ってしまい、あわてて口を押さえた。大きな目をして葉子を睨み、大きな口で大きく笑った。

「わっはっはっは。いかにも、ワシはどこでもクマと呼ばれている。ここでもクマ先生と呼ばれている。今、深川さんはちょうど講堂にいる。あそこなら多少大きな音を出しても大丈夫だ」

 松戸先生は佑介をみて満面の笑顔になった。背中を強く平手で叩いた。

「いってぇ。なんだよ、アンプ落としそうになったよ」

「君がリーダーだな。一見暗そうだが、なかなかいい顔しているな」

「誰がリーダーって言ったんですか」佑介はふてくされた。

「ん、違うのか。初めて君らを見てそう思ったんだが。なかなかのリーダー顔している。そっちの青年はリーダーというより補佐官が似合う顔だ。違うかな」

 紗枝は後ろから松戸先生の話を聞いていた。なぜか嬉しくなってきた。一目見た瞬間に安心感がもてた。佑介は普通初対面なら、余計に大人から突然背中を叩かれると萎縮してしまうはずだった。紗枝は佑介が松戸先生からいろいろ聞かれていることに、ひとつひとつ答えている。すぐに打ち解けているそのやりとりをただ、見とれていた。

「佑介ってあんなに楽しそうに大人と喋るヤツだっけ」葉子がそう言った。

「私も同じこと思った」紗枝の口から自然と返事がでた。

「ありがとう、先生」佑介はうつむきかけに言った。

「ありがとうはまだ早いだろ。オレに言っても仕方ないし。青年、ありがとうを言わせた口実だ。そのスピーカー持たせろ」

「そうだな、先生持ってよ」

「そこは普通断るところだろ」そう松戸先生は大きな口を開けて笑い、スピーカーを軽々持ち上げる。

 佑介は声をあげて笑う。

 紗枝と葉子は顔を見合わせる。

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