9

 だが、次の瞬間、すべてが消えてしまった。手にしていたはずの包丁もない。

「え?」

 意識もはっきりと戻り、危うく催眠術にかけられるところだったのだと気づく。はっとして首筋に手を当てるが、何もなかった。ドラキュラは噛まなかったようだ。

 スマホを出して時計を見ると、午前0時を回っていた。日付が変わり、11月1日になったのだ。

「ああ、ハロウィンが終わったのか……」

 ほっとして、私はその場に座り込んでしまう。なんだかひどく疲れていた。明日はとても、仕事に出られそうにない。そんなことを思いながらゆっくりと立ち上がろうとしたところで、携帯が鳴った。

「もしもし?」

「ああ、佳純。お前、大丈夫か?」

 翔の声だ。

「変なメッセージ来てたから、慌ててタクシーで会場向かってんだけど」

「あ、うん……ごめん、もう大丈夫みたい」

「今、どこにいるんだよ?」

「えっと、会場のビルの階段の踊り場」

「は?」

「えっと……」

 私はどう説明したものかと困ってしまう。

「いいから、そこにいろ。今行くから」

「うん……」

 翔、日本にいたんだ。


 10分もしないうちに、翔が現れた。仕事からそのまま来たのか、スーツのままだった。

「何があったんだよ?」

「説明すると長くなるから……」

 私はメイクポーチの中身を確認する。口紅は中に入っていたが、ドレスはどこかに放ってきていた。

「ドレスを取りにいかないと」

「どこ?」

「えっと、たぶん下の廊下で投げたはず」

「投げた?」

「怖かったから……」

 なんだか気恥ずかしい。翔がいると、私はどうも子どもみたいだ。

 私たちは一緒に階段を下りて、翔が落ちていたドレスの袋を拾い上げる。

「これ?」

「うん」

「……悪かったな、ずっと一人にして。今日は送るから」


 晩秋の風は、少し涼しいけれども、穏やかだった。翔が私の肩を抱き寄せて、そのまま一緒にタクシーに乗り込む。このままどこへでも、一緒に行かれそうな気がしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハロウィン・ナイト 桜川 ゆうか @sakuragawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ