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だが、次の瞬間、すべてが消えてしまった。手にしていたはずの包丁もない。
「え?」
意識もはっきりと戻り、危うく催眠術にかけられるところだったのだと気づく。はっとして首筋に手を当てるが、何もなかった。ドラキュラは噛まなかったようだ。
スマホを出して時計を見ると、午前0時を回っていた。日付が変わり、11月1日になったのだ。
「ああ、ハロウィンが終わったのか……」
ほっとして、私はその場に座り込んでしまう。なんだかひどく疲れていた。明日はとても、仕事に出られそうにない。そんなことを思いながらゆっくりと立ち上がろうとしたところで、携帯が鳴った。
「もしもし?」
「ああ、佳純。お前、大丈夫か?」
翔の声だ。
「変なメッセージ来てたから、慌ててタクシーで会場向かってんだけど」
「あ、うん……ごめん、もう大丈夫みたい」
「今、どこにいるんだよ?」
「えっと、会場のビルの階段の踊り場」
「は?」
「えっと……」
私はどう説明したものかと困ってしまう。
「いいから、そこにいろ。今行くから」
「うん……」
翔、日本にいたんだ。
10分もしないうちに、翔が現れた。仕事からそのまま来たのか、スーツのままだった。
「何があったんだよ?」
「説明すると長くなるから……」
私はメイクポーチの中身を確認する。口紅は中に入っていたが、ドレスはどこかに放ってきていた。
「ドレスを取りにいかないと」
「どこ?」
「えっと、たぶん下の廊下で投げたはず」
「投げた?」
「怖かったから……」
なんだか気恥ずかしい。翔がいると、私はどうも子どもみたいだ。
私たちは一緒に階段を下りて、翔が落ちていたドレスの袋を拾い上げる。
「これ?」
「うん」
「……悪かったな、ずっと一人にして。今日は送るから」
晩秋の風は、少し涼しいけれども、穏やかだった。翔が私の肩を抱き寄せて、そのまま一緒にタクシーに乗り込む。このままどこへでも、一緒に行かれそうな気がしていた。
ハロウィン・ナイト 桜川 ゆうか @sakuragawa
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