7
だが、エレベーターはなかなか降りてこない。
「変だな……」
ヒロキも少し不審そうだ。
ストーキングしていた男が戻ってくる気配はないが、空気が少し冷えた気がした。このまま自宅に帰ったほうがいいかもしれない。
「ちょっと管理人探そうか。このビル、どうなってるんだろう」
「う、うーん……」
意味もなく不安になって、私は首をかしげる。ヒロキは手を離していた。
私はもう一度、エレベーターを見つめる。エレベーターは何階にあるのか表示されるのが普通なので、上をチェックしてみる。だが、なぜかオレンジ色のランプが見えない。だれも降りてこないうえに、エレベーターが来る様子もなく、なんだか気味悪く思いながら、私はヒロキに声をかけようとした。だが、振り返ったとき、ヒロキはその場にいなかった。
「え?」
ぐるりと見回しても、その姿はない。
「ヒロキ?」
管理人を探しに行ったのだろうか。鳥肌が立つのを感じる。なんだか気味が悪くて、一人で駅へ向かって歩き出そうとしたとき、目の前から何かが近づいてきた。いや、人だろうか。それも、一人ではなく、集団で。上ではまだパーティーをしているから、駅からだれかがパーティー会場に向かってきたのだろうか。
近づいてくる人々を見ていると、次第に彼らがフランケンシュタインや、ジャック・オ・ランタンの恰好をしているのが見えてきた。ドラキュラや魔女もいる。骸骨スタイルの者もいる。
まだハロウィンパーティーは終わっていない。時計を見ると、22時19分だった。だが、まだ日付は変わっていないわけだ。
先ほどの会場のパーティーは23時までだから、駆け込み組だろう。
「こんばんは!」
私が声をかけても、だれも応えなかった。その代わり、ドラキュラの恰好の男が、私のほうを見て、「Blood」と声を発したのが聞こえた。その声は低く、深く響いたように聞こえた。
違う。何かがおかしい。私は急いで建物の奥へ走る。荷物が多く、思うように走れない。私は持っていたドレスを放り出し、バッグだけを抱え込むようにして、無機質な白と灰色の中を走った。魔女の高笑いが聞こえた。エレベーターが動かないなら、一階を走るか階段で逃げるしかない。ビルによくあるパターンで、裏に出口があるかもしれない。電車に乗るなら、あいつらが来たほうへ逃げないといけないが、捕まらずにそこを通り抜ける自信はなかった。背後から、お化けたちが追いかけてくるのを感じる。魔女の笑い声も、遠ざかる気配がない。
「だれか助けて! ヒロキ!」
一瞬、翔の顔が頭に浮かぶが、翔はここにいない。自棄になって来たのが間違いだった。今、この建物にいるのは、一緒にパーティーに来ていた仲間たち、このビルの管理者、あとはわからないが、このビルの中にいた人たちだ。
ドアがあったので駆け寄って、押し開けようと試みる。だが、ノブが回らなかった。鍵はこちらからではない。振り返ると、もうお化けたちはそこにいた。
「来ないで!」
何か追い払う道具が欲しいが、私が持っているバッグには、お財布、携帯、鍵、ハンカチ、交通パスと化粧ポーチしか入っていない。
私は携帯を出して、小さなライトをお化けのほうに向けて当ててみる。ダメだ。小さすぎて効果がない。近くまで迫られている。私は化粧ポーチからメイク用ブラシを出して、その柄のほうを正面に突き出した。
無駄な抵抗だとは思った。後ろのドアを開ける方法は思いつかないし、壊す方法も見当たらない。バッグが重たければ、ガラスを破れたかもしれないが、大した荷物も入っていない。少し離れたところに階段があるのが目に入る。問題は、それがお化けの向こうにあることだ。
バッグを左手に持ち替え、私はブラシを杖のように振り回しながら、身体を少しずつ階段側の壁にずらして滑り込もうと試みる。ドラキュラだけは後ろへ下がったが、今度は魔女が出てこようとした。私は手探りで口紅を探すと、蓋を外して、魔女の顔めがけて投げつける。
どうにか階段側へ滑り込み、上へ、上へと登っていく。パーティー会場へ戻れれば、だれかに助けを求められるかもしれない。ただ、階段を上る速度が遅く、ジャックに追いつかれてしまう。
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