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 そう思って立ち去ろうとすると、さっきのインド系が来て、声をかけてきた。

「今のは、ディメンター、人の幸せ、奪うネって、意味」

 そういう話だったか。でも、この人に助けてほしいわけじゃない。この人から離れたかったのに。私は横を向いて、他に話しかけられそうな日本人を探した。

「帰りますか?」

「ノー」

 私は拒絶して、そのまま群衆の中を上向き加減に歩く。例のガイ・フォークスのマスクを持った男は、なかなか魅力的な見た目だったが、彫が深く、背も高い外国人に見えた。話しかけにくい。

 近くで日本人が数人、固まっていた。ゾンビ衣装の女子だ。

「こんにちは」

「こんにちは~」

 なかなか元気がいい。街中と違って、話しかけられるのに抵抗がある人がいないから、やりやすい。

「そのメイク、すごいですね」

「ありがとうございます~」

「これ、リップでつくったんですよ」

 血が流れているような化粧の正体は、口紅らしかった。

「ああ、なるほど」

「普段、こんな濃いの使わないんですけど」

 話しているところに、インド系が割り込んできた。

「すごいメイクネ」

「ありがとうございます~」

 そのまま話しているので、私は次へ行くことにした。マリオがいる。

「こんにちは~」

「トリックオアトリート?」

「ええ?」

「いやいや、冗談。何かのコスチューム?」

「あ、いえ、ドレスアップしただけです」

「話題はつくらなきゃ」

 気さくなおじさんらしかった。

 インド系の男性は、しつこく私のいるところへやってきた。

「ヘイ、マリオ!」

「ヘイ、イーブイ!」

 ああ、そんな名前のキャラだったかもしれない。今さら思い出して、苦笑する。

 二人が何やら話すのを、私は無視して他へ移る。

「佳純」

 ヒロキが声をかけてきた。

「何?」

「いや、そろそろ帰ろうかと思って。明日も仕事だろ?」

「うん」

 本当はもっと楽しみたい。でも、なんだかあまり運が良くないから、もういいかな。私はヒロキと一緒に帰る方向で動いた。なんだか今日はインド系男に邪魔されて、あまり楽しめていない。せっかくだれかと話そうとしても、そのたびに入り込んでくる。こういう言葉は使いたくないが、うざい。

「先に着替えていい?」

「ああ、ここで待ってようか」

 ヒロキが待ってくれるというので、私は服を着替えた。

「お待たせ」

 エレベーターに乗ると、どういうわけか、またそこにも例のインド系がいるのがわかった。背中を向けているが、明らかにつきまとっている。

 そのインド系の男は、私たちより前を歩くように先に降り、私がそれを気にしながら降りる。柱越しに様子を見ながら、ゆっくり帰ろうとすると、ヒロキが私の手を強く引いた。

「待った」

 ヒロキが例の男を指さす。

「あいつ、ストーカーしてるだろ」

「うん、そんな感じがする」

「さっきから変な感じしてたんだ。戻ろうぜ」

 そう言って、再びエレベーターのスイッチを押した。

「そうね」

 なんとなくほっとする。ガイ・フォークスに話しかける勇気はないけれど、話しかけるだけ話しかけたのに結局、友だちになれなかった人たちもいる。もう少し会場にいてもいい気がした。

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