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目的の駅に着いたので、私は服を持って遠藤さんを見た。遠藤さんは特に上に服を載せてはいなかった。着ぐるみは、皺が気にならないのだろう。
会場まではそれほど遠くなかった。駅の近くのビルで、歩いて数分の建物だった。都会育ちの私には、特に印象的なビルでもない。全体が四角くて、窓も四角い普通のビルだ。会場はその4階にあり、私たちはエレベーターで上へ向かった。入口で、遠藤さんがスマホに表示したチケットを見せる。参加料金を払ってスタンプを手に押してもらうと、今夜の出入りは自由になる。私たちは会場のホールに続く廊下を進んだ。
「トイレで着替えちゃおう」
「あ、あそこに更衣室あるみたいですよ」
見ると、女子更衣室、男子更衣室と張り紙をしてあるドアがあった。今日のために、小さめの部屋を臨時で更衣室にしたようだ。
それぞれ着替えて、ホールに入った。既に大勢の人が集まっていた。会場は騒然としていて、大きな声で話さないと、声が通りそうにない。
ゾンビみたいな恰好の人、着ぐるみを着た人、魔女みたいな服の人、ドラキュラっぽい人。変わった仮装もある。2019年の香港の民主派の運動で使われたマスクを手にした男性は、明らかにガイ・フォークスだ。ドーランでも塗っているらしく、元の顔がわからない。中には完全に顔が見えない人もいる。有名なファンタジー作品に出てくる敵キャラクターだった。
「とりあえず、ドリンクかな」
私はカウンターで赤ワインを注文する。
「先輩、また後で……もしくは明日、お仕事で」
出会いが目的の女子らしく、遠藤さんはさっさと私から離れて、男を探しに行くようだった。
私もそうしますか。なんだか翔からの連絡もないし、一人でいるのは寂しいから。そう思って人が集まっているほうへ向かっていると、脇から声をかけられた。
「ハーイ、コンニチハ。ワタシ、×▽♦……」
なんて言っているのか、聞き取れなかった。声をかけてきた男性は、インド人だか東南アジア人だかわからないが、肌が黒く、でも黒人ではなく、彫が深いというか、あちらのほうの人たちに特有の外見で、鼻は広がって大きく、顔が丸い。アラビア人ではないだろう。顔のつくりがちょっと違う。インド人は下膨れというか、アラビア人のようにシュッとした感じではないように思われる。
「ごめんなさい、聞き取れなくて」
「ワタシ、ハ▽♦です」
やはり、どういうわけか名前が聞き取れない。たぶん、耳慣れない発音なのだろう。
「私は佳純です」
諦めて名乗ると、相手は私の名前を繰り返そうとする。
「カァスーミィ」
まあ、こうなるのは仕方ない。その男性は、あまり年上には見えなかった。衣装も、アニメのモンスターキャラクターで、どこか幼さを感じさせる。
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