第1話

放課後の教室には私しかいない。


風を感じたいから窓を開ける。カーテンが揺れる。めくれる読みかけの教科書。運動部の走る声。騒ぐ文化部。花瓶の置かれた使われないロッカーの上。


少し肌寒くなってきた。マフラーをひざ掛けにした。教科書は飽きた。赤い表紙のスケッチブックを開く。0.3のシャーペンを取り出す。


ざっと当たりをつけて描き出す。窓から指す光が丁度いい。少しざらついた紙の上で指を滑らす。質感がペン越しになんとなく伝わる。風が吹いた。カーテンが大きく揺らされた。


「ねぇ、楽しい?」


右隣から声がした。そちらを見やると男子がいた。


「君、いつから居たの?」

「さーね。30分ぐらい前かな?気づかなかった?」

「うん。」

「集中してたもんな。」


ドアは閉めていたから開けた時に気づくような気がするが、まぁきっと聞こえていなかったんだろう。


「絵、描くの好き?」

「別に…。」

「好きじゃないの?」


不思議そうに首を傾げた。前髪が揺れていた。


「君の描く絵はこんなにも素敵なのにね。」


そう言って彼は笑った。


「君はどうしてここに来たの?」

「なんとなくかな。」


困ったように笑っていた。


私にはそれが酷く哀しく見えた。

風がスカートを揺らす。そしてカーテンレールを鳴らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る