峠の狐
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
峠の狐
むかしむかし、あるところに十兵衛という男がおりました。
さてこの十兵衛、峠の上に住まういたずら好きの狐が、たびたびひとを化かしていると聞き及ぶと、懲らしめてやろうと考えました。
十兵衛は狐に、
「焼き鼠を御馳走するからあそびにおいで」
と使いを出しました。
狐はといいますと、なにぶん初めての御馳走でございますから、喜んで十兵衛のもとにやってまいりました。
狐は十兵衛の家の前まで来ると、コンと美しい娘に化けて戸を叩きます。
しかし十兵衛も狐が来ることは知っておりますから、
「おまえの化けかたには隙があっていけない」
と難しい顔で申し出ます。
「尻尾が見えているのだ」
十兵衛がそう言えば、狐は慌てて尻を押さえますが、当然尻尾は出ておりません。
「尻尾は出ていない」
と狐が反論すれば、十兵衛は正体を確信し、
「おまえに見えなくとも、自分は変化の名手だからわかるのだ」
と笑います。
「十兵衛よ、どうしたら上手に化けられるのか?」
「簡単には教えてやることが出来ない。おまえはどうやって化けているのだ?」
「わたしは七面ぐりというもので化ける」
「だから尻尾が見えるのだ。自分は八面ぐりを使うので、ひとつ多いから上手に出来るのだ」
十兵衛が自慢げに言うものですから、狐は羨ましくてたまりません。
「その八面ぐりを、わたしの七面ぐりととりかえてはくれないか」
狐のそんな申し出を、貴重なものだからと十兵衛はもったいぶってかわします。
それでも狐が何度も頼むものですから、十兵衛は日をあらためて取り替えてやることにしました。
狐は待ちきれずに、翌日の夜には七面ぐりを持って現れます。
さて、十兵衛は昨晩のうちに、
「これが八面ぐり。これを頭に被ればどんなことがあっても見破られることはない。大事につかえ」
と、狐を騙して取り替えてしまいました。
そうとは知らない狐です、その晩は十兵衛の家に泊まり、焼き鼠を御馳走になって、翌朝になって峠へと帰ります。
さっそく八面ぐりをつかってやろうと、狐は篩を頭にかぶり、人前に出ていくのですが、
「なんじゃ、狐がおかしなものを被っておる」
「色とりどりの篩を被っておるぞ」
「それ石を投げろ」
「やれ鎌を投げろ」
と人間に追い回されてしまいます。
命からがら峠の巣に戻ると、十兵衛憎しと狐は泣きわめいてしまいます。
明くる晩のこと、十兵衛のもとに乳母が訪ねてまいりました。
乳母は十兵衛に、
「これ十兵衛。なんでもおまえは、世にも珍しい狐の七面ぐりを手に入れたそうだね。冥土の土産に見せてはくれないかい?」
と、お願いをします。
いかに十兵衛といえども、乳母には頭が上がりません。
言われるがままに、七面ぐりを手渡しますと、
「取り返したぞ!」
と、たちまち本性を見せた狐は、七面ぐりを持って逃げてしまいました。
翌朝、今度は狐の巣穴に、神主の格好をした稲荷大明神が現れました。
「これ狐、自分は正一位稲荷大明神なるぞ」
威厳のある声でそう言われれば、狐は平伏するしかありません。
かしこまっていると稲荷大明神は、
「狐、おまえは大事な七面ぐりを十兵衛にとられたそうだな?」
「とんでもございません」
「ならば、本物を見せてみよ」
と、申しますので、狐は慌てて七面ぐりを差し出します。
稲荷大明神は、
「穴の中では暗くてみえぬ。外で調べてみよう」
そう言って巣の外に出た途端、稲荷大明神は衣装を脱ぎ捨てました。
峠を走り去っていくのは、なんと十兵衛だったのです。
それからも狐は、何度となく十兵衛と化かし合いを続けていきましたとさ。
おしまし、おしまい。
峠の狐 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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