峠の狐

雪車町地蔵

峠の狐

 むかしむかし、あるところに十兵衛という男がおりました。

 さてこの十兵衛、峠の上に住まういたずら好きの狐が、たびたびひとを化かしていると聞き及ぶと、懲らしめてやろうと考えました。


 十兵衛は狐に、


「焼き鼠を御馳走するからあそびにおいで」


 と使いを出しました。

 狐はといいますと、なにぶん初めての御馳走でございますから、喜んで十兵衛のもとにやってまいりました。


 狐は十兵衛の家の前まで来ると、コンと美しい娘に化けて戸を叩きます。

 しかし十兵衛も狐が来ることは知っておりますから、


「おまえの化けかたには隙があっていけない」


 と難しい顔で申し出ます。


「尻尾が見えているのだ」


 十兵衛がそう言えば、狐は慌てて尻を押さえますが、当然尻尾は出ておりません。


「尻尾は出ていない」


 と狐が反論すれば、十兵衛は正体を確信し、


「おまえに見えなくとも、自分は変化の名手だからわかるのだ」


 と笑います。


「十兵衛よ、どうしたら上手に化けられるのか?」

「簡単には教えてやることが出来ない。おまえはどうやって化けているのだ?」

「わたしは七面ぐりというもので化ける」

「だから尻尾が見えるのだ。自分は八面ぐりを使うので、ひとつ多いから上手に出来るのだ」


 十兵衛が自慢げに言うものですから、狐は羨ましくてたまりません。


「その八面ぐりを、わたしの七面ぐりととりかえてはくれないか」


 狐のそんな申し出を、貴重なものだからと十兵衛はもったいぶってかわします。

 それでも狐が何度も頼むものですから、十兵衛は日をあらためて取り替えてやることにしました。


 狐は待ちきれずに、翌日の夜には七面ぐりを持って現れます。

 さて、十兵衛は昨晩のうちに、ふるいに色とりどりの紙を貼り付けまして、


「これが八面ぐり。これを頭に被ればどんなことがあっても見破られることはない。大事につかえ」


 と、狐を騙して取り替えてしまいました。

 そうとは知らない狐です、その晩は十兵衛の家に泊まり、焼き鼠を御馳走になって、翌朝になって峠へと帰ります。

 さっそく八面ぐりをつかってやろうと、狐は篩を頭にかぶり、人前に出ていくのですが、


「なんじゃ、狐がおかしなものを被っておる」

「色とりどりの篩を被っておるぞ」

「それ石を投げろ」

「やれ鎌を投げろ」


 と人間に追い回されてしまいます。

 命からがら峠の巣に戻ると、十兵衛憎しと狐は泣きわめいてしまいます。



 明くる晩のこと、十兵衛のもとに乳母が訪ねてまいりました。

 乳母は十兵衛に、


「これ十兵衛。なんでもおまえは、世にも珍しい狐の七面ぐりを手に入れたそうだね。冥土の土産に見せてはくれないかい?」


 と、お願いをします。

 いかに十兵衛といえども、乳母には頭が上がりません。

 言われるがままに、七面ぐりを手渡しますと、


「取り返したぞ!」


 と、たちまち本性を見せた狐は、七面ぐりを持って逃げてしまいました。



 翌朝、今度は狐の巣穴に、神主の格好をした稲荷大明神が現れました。


「これ狐、自分は正一位稲荷大明神なるぞ」


 威厳のある声でそう言われれば、狐は平伏するしかありません。

 かしこまっていると稲荷大明神は、


「狐、おまえは大事な七面ぐりを十兵衛にとられたそうだな?」

「とんでもございません」

「ならば、本物を見せてみよ」


 と、申しますので、狐は慌てて七面ぐりを差し出します。

 稲荷大明神は、


「穴の中では暗くてみえぬ。外で調べてみよう」


 そう言って巣の外に出た途端、稲荷大明神は衣装を脱ぎ捨てました。

 峠を走り去っていくのは、なんと十兵衛だったのです。 


 それからも狐は、何度となく十兵衛と化かし合いを続けていきましたとさ。


 おしまし、おしまい。

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