銫夜叉(3)

「よーし、野郎ども。準備はいい?」


 天子が元気に声を張り上げるが、大裳が小さく「お~」と応えただけで他は誰も返答しない。


 いつの間にか机の上の肉は全て平らげられ、各々の机の上には筆記用具と名札付きのプレートが置かれているくらいしか特筆すべきものはない。


 部屋には相変わらず焼き肉の香りが充満していたが、皆は気にすることもなく会議を始めようとしている。


「よしよし、じゃあマジで始めるぞ。まずはマリー・ゴールドの『宇宙夢コスモチューム』のおさらいから。はい、アオ!」


「えーっと、なんだっけ……」


「忘れたんかい!」


 天子はズッコケながら一枚の資料を机の上にバンッと置いた。


「コードネーム『マリー・ゴールド』。『宇宙夢コスモチューム』は『最愛(ゴールデン・アイ)』。『』能力を持った、『獏夜』の資金調達担当だ」


 資料に記載された写真には、全身に金のアクセサリーを付け、歯をむき出しにした凶暴な笑顔の少女が写っている。その歯は全て金歯だ。


「あー、そうそう。いたね。そんなヤツ」


「そのマリーゴールドが、今度、ミサイルを買い付けるらしい」


「は?」


 アオがツッコむ。


「そんで、そのミサイルの照準だが、このF市を狙ってるんだと」


「は!?」


 今度は全員がツッコんだ。


「アハハ、お金の力って凄いね」


 静まり返った空気を破ったのは星羅だった。


「まあ、あそことか、あそこの国ならお金さえ積めばミサイルは手に入る。もし発射して被害が出ても『調整の揺らぎ』様が何とかしてくれるってことか」


 星羅は、いかにも力を手にした年頃の女の子が考えそうなことだね、と締めくくった。


「まあ、仮にミサイルの先っちょがここにモロに命中しようがこの『結界』内部にゃ被害は一ミリも出ないけど――」


「――普通の人への被害は甚大、か」


「大裳さんに説明しておくと、『結界』っていうのは天子の能力でミラーハウス内に作った空間のことだよ。ここ、外と様子が全然違うでしょ?」


「あ、それで……」


「そうそう。それであんな変な黒い膜みたいなのが下りてたわけ」


 そういうものだったのか、と大裳が一人納得していると――。


「よし、決めた!!」


 天子がいきなり大きな声を上げた。


 皆が動きを止め、コイツは今度は何を言い出すんだというような目で彼女を見る。


「今度の任務は少数精鋭で行う。メンバーは、六歌と――」


 天子はメンバーを見渡した。


「――大裳ちゃんだ」


「ア?」


「え?」


 ヤンキーのような喋り方をする少女と、大裳が同時に声を上げる。


「オレ様は断固反対だぞ。なんでこんな弱そうなちんちくりんと一緒にあくせく働かなくちゃなんねェ」


 大裳は、ちんちんくりんはそっちではないのか、と言おうとしたが寸出で言葉を飲み込んだ。


「落ち着け、六歌。理由はもちろんあるぞ。まずあたしだが、結界維持の関係で外に出るわけにはいかん。次に星羅は先のトーキング・フレイムとの戦闘でかなり消耗している。一度睡眠をとったほうが良い。続いてアオ。アオは『宇宙夢コスモチューム』の相性がマリー・ゴールドと絶望的に悪いからダメだ。そして――」


天子は続ける。


「――この大裳ちゃんは、トーキング・フレイム撃破という大役を、夢遊者になりたての身で果たした。別にお前のいう『ちんちくりん』ではないと思うが?」


「ケッ」


六歌はそっぽを向く。


「大裳ちゃん、この天の邪鬼娘と初の任務を受けてくれるかい?」


「わ、分かりました……!」


「おい、オレ様はまだ――」


「行くの? 行かないの?」


依然として抵抗を試みる六歌に天子は詰め寄った。


「い、行くよ……」


「じゃあこれが発射場所の予想マップ。これがマリー・ゴールドについての資料の写し」


あれよあれよという間に準備は整い、二人は『夢の跡』の外に放り出されてしまった。


「……なんか、ごめんね」


大裳は何となく謝っておいたほうがいい気がして、六歌に謝罪の言葉をかけた。


「……オイ、勘違いしてんじゃねーぞ。オレ様は決して天子のアホにビビったわけじゃねェ。ここで先輩の立場ってモンを見せておいたほうがいいって判断したから、しょうがなく出撃してンだ。オメー、トーキング・フレイムを倒したぐらいでチョーシ乗ってんじゃねーよ。オレ様が本気出したらあんなやつ十人いたって一発で倒せるわ。それにオメー、オレ様のほうが先輩なんだからちゃんと敬語使えよ。そうだ、『様』で呼べ。合羽六歌様って呼べ」


六歌はものすごい勢いでまくし立てた。


「……。六歌ちゃんは、どうして夢遊者コスモプレイヤーになったの?」


「ア? 覚えてねェ」


「私は、星羅さんが敵に殺されそうになって、そんなの『見たくない』って思ったの。そしたら、頭が割れそうに痛くなって――夢遊者コスモプレイヤーになってた」


「ア? 何が言いてェ」


「それでね、今は六歌ちゃんたちのためにこの能力を使うことになって、とっても嬉しい。私の能力ちからが、私の能力ゆめが、みんなの役に立つのが、本当に、嬉しい」


「……ハッ」


六歌は初めて笑顔を大裳に見せた。


「オメー、オレ様よりイカれてるわ」

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