銫夜叉(2)

 工場地帯に悠然とそびえ立つ、廃墟遊園地。通称『夢の跡』。

 元々は昭和から平成初期にかけて多くの来場者を集め、県外からもコアなファンが足しげく通っていたと言われるが、操業が停止してから数十年。もはや見る影もなくなっていた。


 そんな『夢の跡』の一角に正義のギルド『春眠』は居を構えているという。


 大裳が連れられて来たのは、「ミラーハウス」と記された大きな施設である。いや、確かに大きいことは大きい。だが、古い。屋根のあちこちに穴が空きかけているし、壁面もサビまみれで趣もなにもない。


「こ、ここに入るんですか……?」


 大裳は心配そうに尋ねる。


「大丈夫。オンボロなのは外だけだから。ナカ見たら驚くよ」


 星羅はまるで気にするそぶりもなくスタスタと中に入っていく。

 全身黒ずくめな格好をしているためか、その姿はあっという間に闇に溶けた。


 大裳も意を決して後を追う。


 入り口近くまで来ると、大裳は妙なことに気づいた。入り口から先の空間が、どれだけ目を凝らしても見えないのだ。

 のではなく、と表現するのが適切だろうか。

 ミラーハウスは、まるでそこだけかのように虚ろな口を開けている。


 ――すると、その黒い空間から『手』がニュッと出てきて、大裳の手を掴む。


「う、うわっ!」


 大裳は抵抗する間もなく、そのままミラーハウスの中へ引きずり込まれた。


 暗い。何故か焼き肉のようないい香りが鼻をくすぐるが、何も見えない。


「大丈夫だって。おーい、大裳さん?」


 星羅の声だ。


「え、いや、でも、真っ暗……」


「アハハハ、思ったよりもおっちょこちょいなんだね。それは大裳さんが目を瞑っているからさ」


「あ……」


 そういえば確かに目を瞑っている。引きずり込まれる時にあまりの怖さに反射的に目を閉じていたようだ。


 恐る恐る目を開けてみると――。


 明るい。


 慣れてきた目で周囲を見渡すと、そこは学校の部室のような造りになっていた。

 壁に備え付けられた本棚には大量の漫画と美少女フィギュアが陳列してある。


 そして、先程の香りの正体であろう焼き肉が机の上に所狭しと並べられていた。

 その焼き肉を目の前に、星羅を含めた少女が四人座っている。


「こ、ここは……? あと、その焼き肉は……?」


「やほやほ~! 君が『未堂大裳』さん? かな!?」


 芋ジャージを着た快活そうな少女が立ち上がりざまいきなり口を開いた。


「え、あっ……。はい」


「こらこら、自己紹介が先でしょ。天子てんこ


 大裳が返事に窮していると、星羅が天子と呼ばれた少女を窘めた。


「ア~~、ごめん。あたしの名前は『新井天子にいてんこ』! 『にいてんご』じゃないぞ! よろしく!」


「あ、ども。『未堂大裳』です……」


「うんうん、話は聞いてるよ! 星羅がトーキング・フレイムと闘ってる時に夢遊者コスモプレイヤー』になったんだって?」


「え……」


 巻き込まれたわけではなかった気がするが……と思って星羅の方を見ると、唇に人差し指を添えて、『ナイショ』というジェスチャーを伝えてきた。

 そういえば、星羅が小説を書いていることは秘密だったということを思い出し、大裳は曖昧に頷いた。


「じゃー、みんな! あれだ。新部員を祝って自己紹介をしようそうしよう!」


 天子は一人で納得すると、残りの三人に自己紹介を促した。


「じゃあ~~! アオから! ほい!」


「え、いきなりあたし……? 今、焼き肉の香りを堪能してるんだけども……」


「いいからいいからっ! ほいほい!」


 焼き肉の香りを嗅ぎながら恍惚とした表情を浮かべていた、この中では一番年長らしいマスク姿の女性が立ち上がってニマァ、と笑った。


「ど、ども……。『龍神たつがみアオ』。ふつつかものですが、どうぞよろしく」


 大裳はなんとなくその人付き合いが苦手そうな表情と挙動に親近感を覚えた。


「次! 六歌!」


「……。『合羽六歌』」


 それだけ言うと、一番奥の席に座って漫画を読んでいた中学生ぐらいの目つきの悪い少女が大裳を睨んだ。


「んも~~! なんでそんなに愛想悪いの?」


「ケッ、別にオレ様たちは仲良しクラブじゃねェんだぜ? なんで一々自己紹介なんざしなくちゃならねェ」


「ごめんな、大裳ちゃん。悪い子じゃないんだけど……」


 天子からの呼び方がいつの間にか『大裳ちゃん』に変わっている。


「じゃあラスト! 星羅!」


「どうも、改めて。『大木星羅』です。よろしく」


「よーし! 全員自己紹介は終わったね!? 『宇宙夢コスモチューム』の能力とか、どんな人となりかはその内分かるから、期待しておいてくれよな!」


「大丈夫。あたしが入った時も能力とか詳しく教えてくれなかったから。天子曰く『コンプライアンス遵守』らしい」


 いつの間にか横に来ていたアオが耳打ちして教えてくれた。


「それじゃあ! 焼肉パーティーだァ~~!!」


 炭酸ジュースの入ったカップを片手に天子がゴーゴーダンスを踊り始める。


「え、えーっと、この焼き肉は……」


「ああ、大裳さんが仲間になるって言ったら皆が大急ぎで買い集めてきてくれたんだ。こんなものしか用意できなくてごめんね」


 星羅が舌を出しながら手を合わせる。


「それじゃあ『代理石』に登録行っちゃってー! パーリラパリラパーリラ!」


 完全に酔ったオッサンの体で、天子が代理石を大裳の顔に押し付けてきた。


「こ、これって、本当にジュース?」


「もちろん。ただ天子は水を飲んでも酔う体質でね」


 星羅が本当なのか嘘なのか分からないようなことを言う。


「あ、そうそう。天子、私たちを集めたのは大裳さんの歓迎だけが理由じゃないんでしょ?」


 星羅がロースを摘みながら、下着姿で踊り狂っている天子に尋ねる。


「アッ!!」


 窓ガラスが揺れるほどの絶叫を発し、天子は硬直した。


「すっかり忘れてた! 『マリー・ゴールド』の件!」


「ああー、なるほど。それで私たちは招集されたのか」


「星羅! もっと早く言わんかい! ああー、えらいこっちゃえらいこっちゃ」


 天子がえらいこっちゃとまたも踊り始めたので、マスクの隙間に器用にも箸を突っ込んで肉を食べているアオに聞いてみることにした。


「あ、あの……。『マリー・ゴールド』って?」


「そうか。大裳さんは『獏夜』の構成員のこと、知らないんだった」


「よし、そういうことなら作戦会議だ! 肉はあと五分で片付けるから、さっさと食っちまいな」


 皆が大急ぎで肉をかき込むのを眺めながら、大変なところに入ってしまったのではと今更ながらに思う大裳なのであった。

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