十二天将飼殺し(4)
『調整の揺らぎ』。
シークレット・グースが『それ』に気づいたのは、一ヶ月前。
コクヨムに作品を掲載しようとした時のことだ。
彼女の記した『宇宙夢』は元々他のメンバーには秘密の遊びで始めたものだった。
どれだけ闘っても同じ夢遊者以外には何も知られずに消えていく自分たちの行いを、誰かに知ってもらえればいいと思い、書き始めたのだ。
もちろん多少は脚色を入れたが、ほぼ真実を記していたといっても過言ではないだろう。
だが、忌まわしいことに『調整の揺らぎ』はそこにも介入してきた。
どれだけ真実を記した自身の作品を読んでもらっても、読者は読んだこと自体を忘れてしまうのだ。
描写に工夫を凝らしても、展開をあっと驚かせるようなものにしても。
『面白かった』という感情こそ残りはするが、それ以上に発展しない。
『春眠』のメンバーに何か言われる前に公開を取りやめようかな――などと考えていた時だった。
『宇宙夢』の『ファンイラスト』を見つけたのは。
シークレット・グースは大変に驚き、そして喜んだ。
自分の作品のことを認識してくれている人がいる。加えて、その人は自分の作品のファンだ、と。
しかし、ひとしきり感情の波が襲った後、残ったのは理性だった。
なぜ、この人――『未堂大裳』は、『調整の揺らぎ』を受けないのか?
もしかしたら既に夢遊者なのかもしれない。
『春眠』? いや、そうであれば、小説を書いたこと自体を咎め、イラストなど書かないだろう。
『獏夜』? いや、そうであれば、この前の国レベルの争いの際に何か動きがあったはずだ。
では、一体誰が? 分からない。
そこで、シークレット・グースは接触を試みることにした。
幸い相手も自分と同じ少女のようだったし、もし目覚めたての夢遊者であれば『春眠』に勧誘できないかと考えたのである。
もちろん接触の前には念には念を入れて、夢遊者であればそれと気づくようなワードをメッセージに忍ばせたが、まるで反応はなかった。
「――そして、さっき現れた君の顔を、春眠でも獏夜でも見たことなかったから、声をかけたのさ」
そう言いながら、シークレット・グースはなんとか立ち上がった。
「じゃあ、本当に、本当にあの小説は……」
「ああ、事実だよ」
「……」
「さあ、そろそろお話はお終いだ。大裳さんが宇宙夢を本当に持っていないと分かった以上、『獏夜』に狙われることはないと思う。私のことは放っておいてさっさと逃げて」
「で、でも……」
「なに、心配はいらない。あんなやつサクッと倒して元の日常に戻るだけさ。そしたらさ、小説の話、もっとしよう?」
「…………いやです!」
「!?」
「わ、私の中で、今、何かが生まれそうなんです。それが、たぶん星羅さんの言ってた『宇宙夢』だと思う……。だ、だからっ!」
「『だから』? 私も闘わせて欲しいって? 無茶を言わないで。それが勘違いじゃないっていう保証は? それにもし大裳さんが夢遊者になれたからって言ったって戦闘向きの能力に目覚めるとは限らない」
「……」
「……すまない。だけど分かって欲しいのは、私はもうできる限り関係ない人の死ぬ姿は見たくないの」
「…………はい」
「話は終わったか?」
猫のような俊敏さでいつの間にか後ろに忍び寄っていたトーキング・フレイムが、周囲に灰を撒き散らしながらシークレット・グースの首を締め上げた。
「……ぐ、うぅ……」
首の骨が軋むほどのパワーにシークレット・グースは呻き声を上げる。
「貴様はただじゃ殺さない。指の第一関節から順に骨を折っていってやる。一回目は外側に折り曲げて、二回目は内側に折り曲げてやる」
「や、やめ――」
「やめないよ、タモっち。タモっちもコイツに操られてるんでしょ? 大丈夫。コイツを殺したらいつもみたいに優しくてカワイイなタモっちに戻るから」
頭が痛い。割れそうだ。
やめてくれ。見たくない。
元クラスメイトが好きな作家の首を締め上げている?
冗談じゃない。これは夢だ。
ああ、お願いだ。
この世界が誰かの見ている夢に過ぎないというのなら、こんなものを見せないでくれ――。
「あれ。タモっち、それって――」
いつの間にか大裳の全身は無地の包帯にラッピングされ、もっさりした黒髪はストレートの銀へと変わっていた。
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