宝探し物語_3
どうすることも出来ず、リィリは落ち続けた。ずっと落ち続けたら、いずれ落ちることにも慣れてくるのだろうかと、ぼんやり考えながら。
「リィリ!」
誰かに名前を呼ばれた。
くしゃ! 次に、何かに腕を掴まれ、落ちる速度がほんの少し穏やかになる。
くしゃくしゃくしゃ! 次々に、反対の腕や、エプロンの裾や、背中のリボンを掴まれて、ついにリィリは空中に停止した。
「リィリ、リィリ、大丈夫?」
小さな魔物が涙交じりに聞いた。
「…………ありがとうございます、助かりました」
ぼんやりしたまま、リィリは答える。このままぼんやりしていた方が、恐怖を感じなくてすみそうだ。今自分がどれほどの高さにいるかなど、考えてはいけない。
「まさか落とし穴とはのう。わしらだけではおぬしを引き上げることは出来ん。このまま下に下りるぞ」
背中の方から、古代史の魔物の声がした。
「わかりました。お願いします」
すぐに底は見えた。体感時間は長かったが、実際はそこまで深い穴ではなかったのかもしれない。当然、魔物たちがいなかったら、死んでいる高さではあるのだが。
「……下に風の魔法陣があったのか。それにしたって、手荒いやり方だな」
腕を掴んでいた冒険小説の魔物が言う通り、底には、落ちて来た者を受け止めるための魔法陣が形成されていた。一度優しい風が吹いて、身体が舞い上がる。
そうしてからようやく、リィリはふわりと地に足を付けたのだった。
「『身を任せよ』ってこういう意味かよ。くそっ、これなら俺たち、一緒に落ちなくてよかったじゃないか」
「冒険小説の魔物は、真っ先に助けにいったもんね」
小さな魔物の言葉に、冒険小説の魔物は素っ頓狂な声を上げる。紙が赤みを帯びた。
「はあっ? 俺はな、メイドが怪我でもしたら、館長に怒られるから、仕方なく助けただけだ!」
「そうでしたか。ありがとうございます」
確かに自分が怪我をすれば、主人に迷惑をかけることになる。
「断じてあんたのためじゃないからな!」
「ですから、マスターのためですよね? リィリはちゃんとわかりましたよ」
「あああ、くっそ!」
本格的に騒がしくなる前に、古代史の魔物が助け船を出す。
「これこれ、今は、これからどうするか考える方が先じゃろうて。わしらが戻って助けを呼びに行くわけにも、いかないようじゃからな」
頭上を仰ぐと、発動されていた魔法が元に戻ったのか、穴は消えてしまっていた。
「進むしかないみたいですわね」
フリルの魔物がため息を吐く。
首を元に戻すと、横に道が続いていた。所々に魔法珠がぼんやりと灯っていて、真っ暗というわけではないが、不気味ではあった。小さな魔物がリィリの背後にまわって、エプロンのリボンにぎゅっとしがみついた。
特に怯えた様子もなく、リィリは手に魔法珠を形成して、足元を照らす。
「では、行きましょうか」
ここは何のためにある通路なのかは、誰にもわからなかった。最果ての図書館のことについて全てを知ることは、メイドはもちろん、魔物や、館長にさえ不可能だ。
先は見えなかったが、それでもどこか楽観的に、彼らは歩いていた。
しばらく歩いていると、ひらけた場所に出た。ひらけた、とは言っても、歩いてきた廊下よりは壁と天井が広い、というだけだったが。部屋はそこで行き止まりのようで、真ん中には、魔法陣がひとつ。あと一滴、魔力をたらせば発動しそうだ。
どう見たって、怪しい。
「僕、もう帰りたい」
小さな魔物が泣きべそをかいた。
冒険小説の魔物とフリルの魔物がそれを無視して話し合いを始める。
「さっきも紋章が発動して紙が出てきたし、今度もそうかもしれない。どっちにしろ、戻れもしないし、先にも進めない。俺たちに選択肢はないだろ」
「これだけ厳重に隠されているなんて、さぞやすごいお宝なのでしょうね」
「図書館は時々へんなことをするからな」
「私たちがこうして人間の言葉でお喋りしている時点で、変わりものの《空間》であることに間違いはありませんわ。それより、誰があの魔法陣を動かしますの?」
疑問形で終わらせているものの、フリルの魔物の視線は高圧的だ。古代史の魔物も、小さな魔物も、無言で冒険小説の魔物を見ている。彼は少し嫌な顔をしたが、
「……俺がいく」
役目を買って出た。魔物の中には上下関係はないし、性別もないのだが、この顔ぶれでは自分がいくしかないと察したのだ。メイドに頼むのも癪だった。当のメイドは、黙って魔法陣を眺めているだけで、黙ったまま。
しかし、冒険小説から生まれただけあって、彼は元来勇敢だった。本の中では、少年が剣一本で、巨大な怪獣と戦ったりするのだ。
くしゃ……くしゃ……。何があってもすぐに動けるように、魔法陣の中心から目を離さず、慎重に近付いていく。
紙の手に魔力を宿し、魔法陣にそれを投げ入れる。
ピシャッ!
三角形をいくつも組み合わせて丸で囲んだような魔法陣の底から、眩い光が放射状に溢れ出す。この時点で魔物は後ろに飛び退っていて、そしてそれは正解だった。
突如、円の中心に巨大な翠玉がふたつ現れた。ぎらぎら、その翠玉が、水面越しのように妖しく光る。何か影のようなものがゆらりと波打ったかと思うと、飛び出してきたのは、部屋を占領しそうなほど巨大な黒猫だった。
「フーッ! フーッ!」
黒猫は細かい唾を飛ばしながら、背中の毛を山のように逆立てて、威嚇しだした。
古代史の魔物は、驚いた。彼は色々なものに詳しかったのだ。
「ケットシーじゃ……じゃが、何故図書館に、こやつが?」
「けっ、けっとしー? 何それ? 噛みつく?」
「この黒猫じゃ。胸元に白いぶちがあるじゃろう? 猫の王様と呼ばれておる」
「王様!? それって、仲良く出来るの?」
小さな魔物の声に応えるように、黒猫の周囲に火花が散った。冒険小説の魔物は、火花が届かない場所までさらに下がる。
バチバチバチ!
火花は大きくなり、それにしたがって、黒猫も膨らんでいく。
「和解を求めるよりは、倒した方が早いじゃろうな」
古代史の魔物が、リィリの背後に隠れながら言った。
「そう思うなら、隠れてないで手伝えよ」
最果ての図書館の魔物は、図書館を守るために存在するため、当然戦える。そして《空間》の力が強いため、必然的に他の《空間》の魔物より強いし、大抵の輩は排除出来る。だがそれは、侵入者が《空間》を脅かした場合の話だ。この召喚された黒猫は、図書館の魔力によって召喚されている。果たしてこれは排除するべき敵と言えるのだろうか。魔物は混乱する。とはいえ、敵意を持ってこちらを見ていることに変わりはない。話し合うにも、先に動けなくさせるべきかもしれない。
そう考えて、冒険小説の魔物は、強力な拘束の魔法を発動させるための魔力を溜め始めた。瞬間、頭身を低く保っていた黒猫が、そうはさせまいと、恐ろしい速さで飛びかかった。
「邪魔はさせませんわ!」
仲間の意図を理解したフリルの魔物が放った、紙吹雪を纏う風の魔法が、黒猫を巻き込んで攪拌した。
「なあああう!」
吹き上げられた黒猫が甲高い鳴き声をあげ、天井に爪を立てた。その顔面に、紙吹雪が襲う。
バチバチバチ!
再度周囲に火花が舞う。爆発するようなその大きさに熱を感じて、フリルの魔物は悲鳴を上げた。古代史の魔物が、後方から、拘束の魔法に手を貸す。彼らの魔力の根は繋がっているから、魔法を共有出来るのだ。
ついに、拘束の魔法が完成した。
「お前にぴったりの、首輪を作ってやったぞ!」
その声と共に、黒猫の首に、拘束の輪がかかった。ように見えたのだが、
「フシューッ」
それよりも早く天井を蹴って、黒猫は素早く地面に降り立つ。肉眼では追えないほど速い動きだった。まさに電光石火のごとく、巨大な猫は飛びまわる。
「なるほど……」
その動きを見ていたリィリはそう呟いたが、誰にも聞こえなかった。
再び黒猫は部屋の真ん中に降り立った。翠玉の目で敵を見据え、カッと口を開けた。喉の奥底から唸り声を上げようとしているのだ。今度こそ部屋いっぱいに、火花が散ってしまう。そう魔物たちが身構えた時。
「邪魔です」
リィリは冷静にそう言って、腰にしがみついていた小さな魔物を掴んで、後方に放った。
「ぎゃんっ!」
悲しげな声に構わず、ずかずかと黒猫に近寄る。
「おっ、おい! 危ないぞ!」
忠告もやはり気にせず、黒猫に負けず劣らずの早業で懐からフォークを取り出しそれに菫色の魔力を這わせ、
「リィリにはわかっていますよ」
そう言って、黒猫に向かってフォークを放った。
黒猫は見切ったようにそれを避け、壁に張り付く。にんまりと。口に笑みを浮かべたように見えた。そして、三度唸ろうと口を開ける。しかし、
「なう?」
「やはりナイフの方が深く刺さっていいですね」
リィリは右手と左手を交差させている。右手はフォークを放っていた。そして左手も、何かを放った動きをした後のように見えた。
慌てて黒猫が自らの身体を見やると、尻に調理用の細身のナイフが突き刺さっていた。猫がまん丸な目をさらに丸くした。
パンッ!
乾いた破裂音と共に、黒猫から空気の抜ける音がした。七色の火花が散る。
あまりの明るさに、魔物たちはとっさに目を瞑った。そして、次に開いた時には、全てが変わっていたのだ。
猫も、部屋も、何もかも。
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