宝探し物語_2

 引き出しから出てきた羊皮紙。

 がさがさと音を立てて、魔物はその紙を広げた。皆で覗き込む。沢山書かれていた一枚目と比べて、拍子抜けするほど短い文章があった。

「リィリには読めません」

 そう言って、古代史の魔物を見た。魔物は文字列を眺め、しばらくしてから読み上げた。

「うぬ、うぬ、『全てを見下ろす者。その者は見えない秘密を抱えている』」

「なぞなぞみたい!」

 小さな魔物が素直な感想を投げた。

「全てを見下ろす者ということは、恐らくその者は、高い場所にいるのじゃろう」

「高い場所か……」

「……あっ、鳥は? 全部見下ろせるよ!」

 くしゃくしゃと腕をばたつかせて、鳥の真似をしてみせる。

「さすがに動くものを目印にはしないんじゃなくて?」

 フリルの魔物が、呆れた調子で否定する。

「リィリ、おぬしはどう思う?」

 古代史の魔物に話を振られたリィリは、静かに首を横に振る。

「リィリには想像力がありません。ので、そう書かれていたら、図書館で一番高い場所を探すことくらいしか、思い浮かびません」

「あら、それっていい案じゃありませんこと? だって全てを見下ろせるのだもの。一番高い場所を探せば、何か見つかるかもしれませんわ」

「いちばん高い場所って言ったら、北にある塔がいちばん高いよ!」

「そうじゃな、行ってみるとしよう」

 そんな訳で、魔物たちはまた移動を始めた。リィリも後に続こうとしたが、冒険小説の魔物がこちらを睨んでいることに気付いて、足を止めた。

「怒っていますか?」

「別に」

「けれど、怒っているように、リィリには見えます」

「へん! そうやって媚を売って、仲間に入ろうとしたって、所詮メイドはメイドだ。俺たちとは違う。ちょっといい知恵を出したからって、いい気になるなよ」

 そう言って、先に行ってしまった。

 リィリはひとり、残された。とっさに言葉が出ないのはいつものことだった。しばらく思案してから、後を追いかける。そしてずんずん進むくしゃくしゃの背中に、声をかけた。

「違うと、仲間にはなれないのですか?」

「あ?」

「魔物とリィリは、仲間にはなれませんか? では、宝探しの間、一緒に行動を共にする場合のリィリたちの間柄は、何と呼べばいいのでしょうか?」

 確かにリィリは魔物たちと違って本の中で暮らすことは出来ないし、立場も違う。リィリが考える仲間とは、本来、ずっと絆で結ばれている状態のことだ。けれど、一時行動を共にすることもまた、仲間とは呼ばないのだろうか。

「知るかよ」

 冒険小説の魔物が、ぶっきらぼうに答える。

 魔物たちにとって、リィリはいわば天敵とも言えるのだが、当然リィリは自分が彼らから恐れられているとは思っていなかった。それをやんわり指摘してくれるだろう館長も、今はいない。

 難しい、とリィリは考える。

 けれど無理に名前を付けなくてもいいのかもしれないと思い直した。少なくとも、今のところはそれで困らないのだから。


「リィリ?」

 小さな魔物が、上から呼びかける。

 北側にある、最果ての図書館の中で最も高い塔の天辺。そこはかつて、ウォレスがルチアとローテローゼを迎えた場所だが、その時から変わらず吹きさらしで、今日は風が強かった。

「来ないの?」

「リィリはここで待っています。高い場所は苦手なので」

 天辺に出るためには、梯子を上らなくてはならない。そして出た先は、もっと高い。

 魔物は目を丸くする。けれど無理強いはしなかった。

「へえ、そうだったの? わかった、じゃあここは僕たちだけで探すね」

「お願いします」

 リィリは大人しく、塔内部の階段に腰を下ろす。風の音で、魔物たちの声は聞こえない。そういえば、彼らは風に飛ばされたりしないのだろうか。

 しばらくして、魔物たちが戻ってきた。疲れた顔をしている。

「天辺には何もありませんでしたわ。考えてみたら、この風じゃあ物を隠すなんて、到底出来ませんわね」

「どうしようか」

 皆がもう一度羊皮紙を見ようとした時、

「お困りのようですね」

 一匹の魔物が、ふよふよと塔を上ってくる。

「あら、推理小説の魔物じゃありませんこと?」

 紙の狩猟帽子を被り、紙のパイプを咥えたその魔物は、フリルの魔物の言う通り、推理小説から生まれた魔物であった。

「そういえば、あんたこういうの得意じゃないか」

 冒険小説の魔物が言う。持っていた羊皮紙を、推理小説の魔物に渡した。彼はパイプをスパスパやりながら、羊皮紙を眺める。ちなみに紙で出来ているため、パイプには火がない。

「………………なるほど」

「すごいや! もうわかったの?」

「いえ、読めません」

「っんだよ!」

 怒る冒険小説の魔物を笑って流し、古代史の魔物を見やる。

「『全てを見下ろす者。その者は見えない秘密を抱えている』じゃよ」

 それを聞くと、推理小説の魔物はもう一度パイプをスパスパしだして、おもむろに頷く。そして尊敬に目を輝かせている小さな魔物の肩に手を置いて、説明を始めた。

「『全てを見下ろす者』は、この塔自身のことでしょうね」

「な、なるほど~!」

「そうなれば君、あとは簡単ですよ。彼が秘密を抱えているのは、この内側のことです。つまり塔の内部。僕なら、階段を下りたところにある、小さな扉の先を調べますね」

 自信満々に推理を終え、先陣を切って階段を下り始めたため、皆も慌てて彼に続く。

「下の部屋って、何がありましたかしら?」

「物置とかじゃないか? 少なくとも、本は置いてなかったと思うが」

 本の中で生きる彼らは、存外こうして外を出歩くことの方が少ない。本の中にいれば、文字に載せて簡単に仲間と意思疎通が出来たし、大抵の部屋には本が置いてあるから移動もそう困らない。第一、本がない場所に行く必要がない。

 そんな事情があったから、本がない部屋のことはよく知らなかった。

「また新しい紙があるのかもしれんな」

 古代史の魔物が言って、他の魔物が頷く。確かに、これで終わるような気がしなかった。二度あることは三度あると言うし、下の部屋が物置だとしたら、お宝がそんな場所にあるのも、おかしいような気がした。

「でもさ、でも、推理小説の魔物がいれば百人力じゃない?」

「いやいや君、僕はこれで失礼するよ。王都アネットの作家が、新しい探偵小説を書き始めてね。そろそろ出来る頃合いだから、取りに行かねば」

「あら、残念ですわ」

「お宝が見つかったら、僕にも教えてくれたまえ」

 階下に着くと、推理小説の魔物は、言葉通りさっさと外へ飛び出して行ってしまった。彼らにとって外の世界へ本を取りに行くという行為は、何よりも優先するべきことであったし、最上級の楽しみでもあったから、誰も止めなかった。

「ここじゃな」

 それは板を張り合わせただけの、簡素な木の扉だった。鍵はかかっていない。そして、中も簡素だった。というか、何もない。石の床に、石の壁。壁の向こうは階段だから、窓はひとつもない。紙が隠されていそうな隙間もなかった。

「おい、あいつの推理、間違っていたんじゃないか?」

 冒険小説の魔物が文句を言う中、リィリが部屋の中心で足を止めた。

「微かにですが、床に紋章の跡が」

 床に手を滑らせると、魔力を感じた。図書館の魔力だ。

 館長であるウォレスには遠く及ばないが、リィリも契約の証として図書館の魔力を使役することが許されている。普段使うことはなかったが。

「これでしたら、リィリが発動させることが出来ます……けれどやはり、マスターに報告すべきではないでしょうか? これは図書館の者にしか開けられない紋章。本来、マスターが発動させるべき紋章だと、リィリは考えますが」

「ここまできて何をおっしゃるのリィリ。あなたが発動させることが出来るなら、あなたにも発動させる権利があることよ」

 魔物たちも図書館の魔力を持ってはいるが、紋章は人間が持つものであるが故、人間にしか扱うことが出来ない。つまり魔物たちは、この紋章を発動させることが出来ないのである。

「そうでしょうか?」

「そうですわ。それに、私たちだけで探すと決めたでしょう? 一度交わした約束は、守るものじゃなくって? そもそも、最後はきちんと館長に報告するのだし」

 さすが貴族の娘が書いた本から生まれた魔物だけあって、言い方に妙な迫力があった。リィリにはあまり影響はないのだが。

 しかし、彼らと行動を共にしている以上、彼らの言うことに耳を傾けなくてはという考えはあった。本の中で、仲間という存在は、いつだって協力を惜しまない。たまに裏切る場合もあるが。しかしそれは切迫した状況の場合がほとんどで、どこまで切迫すれば裏切るべきなのか、その辺の采配はまだ、リィリには難しかった。

 指先に図書館の魔力を灯し、紋章の跡に流し込む。魔力を流し込まれた線は、力を取り戻し、輝き出す。そして全てに行き渡った時、下からぶわっと風が吹いて、一枚の羊皮紙が、召喚されるように空中に出現した。

 フリルの魔物がそれを掴み、渡された古代史の魔物が読み上げる。

「うぬうぬ、『身を任せよ』……?」

 それが合図だったらしい。次の瞬間、魔法陣が生まれ、光を放つ。どうやら二重構造になっていたようだ。新たに発動された魔法と共に、

「え……?」

 床が消えた。

「リィリ!」

 魔物が叫ぶ。

 リィリは自分が浮いたのを感じた。身体が恐怖を覚えたらしい。さあっと、血の気が引く。自分も一応人間なのだなと、リィリは冷静に考える。こうして身体が動かなくなるのが、きっと恐怖であり、苦手ということなのだ。魔物たちは浮いているのだから、落ちるのは自分だけ。底は見えない。どうやら目を瞑ってしまったようだ。

 一瞬で色々考えたが、最後は。

 暗闇に落ちていく感覚だけが残った。

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