宝探し物語_1

「宝探し……?」

 馴染みのない言葉だ。リィリは首を傾げる。

 彼女の手の中では、紙で出来た魔物が震えていた。彼は、己を掴んでいるメイドがいつ力を加えるのか、気が気ではないのだ。

 猫の集会ならぬ、魔物の集会だった。会場は、最果ての図書館内ではありふれた、小さな図書室。そこで彼らは、こそこそと何かを話し合っていた。たまたまそばを通りかかったメイドのリィリがそれを耳にして、本の外に出ていた魔物を一匹、素早く捕まえたのだ。

「またマスターに悪戯しようと、何か企んでいたのではないのですか?」

「ちがうよ、俺たちだって、いつも館長に構っていられるほど、暇じゃないんだから」

 館長が聞いたら、怒り出しそうだ。リィリはただ言葉通りに受け取ったが。

「そうでしたか。こそこそしていたので、リィリはてっきりそうかと思いました」

「わかったなら、もう放せよ!」

 他の魔物たちは、本の中に退避して、様子を窺っている。

「では、宝探しとは何ですか?」

 メイドは魔物を離さず、話を戻した。確かにそう聞こえたのだ。宝探しと。

「あんたには関係ないだろ。俺たちの話に首を突っ込むな」

 逃げられないと悟った魔物が開き直って、ぶらぶらと四肢を投げ出すさまは、首根っこを掴まれた猫さながらである。

「リィリに言えないということは、やはり……」

 どこから出したのか、リィリの手にはフォークが握られていた。

 ここは世界の果てにある図書館で、古今東西のあらゆる本が集まる巨大な《空間》だ。来館者は滅多にない。そのためここの魔物たちはよく退屈していて、館長であるウォレスによく悪戯している。具体的には、足元に紙を滑り込ませて転ばせたり、突然曲がり角から飛び出して驚かせたり。最近はウォレスの方も学んでいて、並大抵のことでは驚かせなくなっているため、彼らはこうしてよく集会を開いて相談しているのだ。

 最果ての図書館の責任者であるウォレスを虐げるような彼らの行動は、本来あるべき秩序を乱す。だから見つけ次第、怒らない館長に代わって、リィリが沈静化しなくてはならないのである。と、少なくともリィリはそう考えていた。

 フォークの先端がキラリと光る。

 魔物たちが息を呑む。掴まれた魔物は、弱弱しく抵抗した。

「フォ、フォークはやめろよ……」

「ナイフよりは痛くないと思いますが」

 以前ウォレスからナイフはやめなさいとたしなめられて、フォークに替えたのだ。

「そういう問題じゃないんだって!」

「……確かにフォークだと穴はみっつ空きますね」

 ナイフは穴がひとつ。フォークはみっつ空く。そうした意味ではフォークはナイフの三倍痛いのかもしれない。いや、しかし傷口の幅はナイフの方が広いため、やはりナイフの方が痛いはずだ。リィリが見当違いな考えごとをしていると、

「あのさ、リィリにも教えてあげよう?」

 おずおずくしゃくしゃと書架から出てきたのは、最近よくウォレスと一緒にいる小さな魔物だ。お伽噺に出てくる、間抜けな犬のような姿をしている。

「聞いちゃったのに、仲間外れにしたら、かわいそうだよ」

「仲間外れって、メイドは俺たちの仲間じゃないぞ」

「だけど一緒に暮らしているじゃない?」

 掴まれた魔物は、本気で言っているのかと、ぎょろりと目を見開いた。しかしリィリにぎゅうっと掴み直され、観念したらしい。彼女に捕まった時点で、他の選択肢はないのだ。

「わかったよ。話すよ。けど、館長には絶対言うなよ」

「聞いてから判断します」

 魔物は聞こえのよくない言葉を吐いた。今はやりの冒険小説から生まれたのが影響しているかはわからないが、時々口が悪い。

 小さな魔物がとりなすように間に入る。

「聞いたら、リィリもびっくりするよ。すごいんだ。僕たち、すごいものを発見したんだ!」

「すごいもの、ですか?」

「広間のすみに、最果て図書館の絵が飾ってあるでしょう?」

 小さな魔物の言う通り、本館を入ってすぐのところに、最果て図書館を俯瞰から描いた単色画が飾ってある。あまり大きな物でもなく、どちらかと言えばひっそりと。ここで生活している者なら、今さら目を止める代物ではない。

「あの絵がどうしたのですか?」

 誰が描いたものか、リィリは知らない。魔物たちでさえ知らなかった。つまり魔物が生まれる前、この図書館が《空間》として意思を持ち始める前から飾られていたということになる。事実、現在の図書館にはあるが、絵の方にはない建物もいくつかある。図書館は意思を持ち始めてから、本を収蔵する場所を増やすために、自ら部屋を増設したのだ。

「これを見て! 今日ね、あの絵の前を通った魔物が見つけたんだよ」

「これは……」

 それは一枚の羊皮紙だった。ずいぶんくたびれているように見える。この図書館にある本は、魔物たちが複製した特殊な本のため、普通の紙と違い劣化しにくい。ということは、これは普通の羊皮紙なのかもしれない。それか、魔力をもってしても衰えてしまうほど年月が経っているか。どちらかだ。

「どうやら額の裏に張り付いていたものが、落ちたらしい」

 掴まれた魔物が言った。

 紙には何やら文章が書かれていた。文字は紙と同様に劣化して、黄ばみ変色してしまっている。しかし、それよりも、

「リィリには読めません」

 綴られているのは、知らない文字だ。

「これは大昔の文字だよ」

「読めるのですか?」

「読めるよ、古代史の魔物なら」

 図書館の魔物たちは本から生まれる存在のため、生まれた本に準じる分野に詳しいのは当然のことであった。

 ここでひと際薄汚れた魔物が書架から出てきた。紙の皺によって貫禄が出ている。リィリから十分な距離を取って、彼は説明役を代わった。

「これには宝の在処を記す、と書いておる。宝はこの最果ての図書館に眠っているとも」

「宝とは何ですか?」

「わからぬ。何でも、とても素晴らしいものらしい。もしかしたら、最果ての図書館の創始者が書き残したものかもしれん。そうだとすれば、これは最果ての図書館を知る上で重大な意味を持つものじゃ」

 興奮する魔物に、リィリは冷静に質問を重ねる。

「それで、その宝はどこに?」

「それもわからぬ。うーぬ……、『四の光、交じり合う場所、目が探す』と、あるのう」

 小さな魔物は目を輝かせる。

「きっと、きっと、宝のヒントってやつだよねえ」

「マスターにお伝えしなくていいのでしょうか?」

 リィリが意見を述べた。宝が何かはわからないが、そもそも主であるウォレスに聞けば、宝のことも知っているかもしれない。

「ちぇっ、これだからメイドは、つまらないんだ。館長に言ったら、先に宝を見付けちゃうかもしれないだろ! この紙は俺たちが見つけたんだから、俺たちが探すんだよ!」

 口には出さなかったが、魔物はこうも考えていた。今の館長が館長になるずっと昔から、自分たちはここにいるのだ。最果ての図書館のことをより深く知る権利は、館長よりもある、と。

「そうでしょうか?」

「お宝を見付けたら、館長に報告すればいいのではなくて?」

 考え込もうとするリィリに隙を与えまいと、別の魔物が言う。カトリーヌという貴族の娘が書いた本から生まれた魔物だ。フリルのような紙が身体を飾っている。

「…………」

「その方が館長の手を煩わせなくてすみますもの」

 リィリの頭に、忙しそうなウォレスの姿が浮かんだ。最近は入荷される本も多く、よく書き物をしている姿や、欠伸をしている姿を見かける。魔物の言う通りかもしれない。宝探しとは言っても、最果ての図書館に危険が潜んでいるとも思えない。

「わかりました。リィリも仲間に入れてください」

 掴まれていた魔物がようやく解放される。

「もちろんだよ、リィリ。一緒にがんばろうね」

「よろしくてよ」

 小さな魔物とフリルの魔物がリィリを迎えた。古代史の魔物はうぬうぬ言いながら頷いている。冒険小説の魔物だけは、信用ならないという視線を向けたまま黙っている。

「よろしくお願いします」

「浪漫の始まりですわね、リィリ」

 宝を探すことが物語の始まりであることは、リィリにも理解出来る。そういう本を読んだことがあるからだ。いきなり宝を見付けるところから始まる物語を、見たことがない。けれどそれでなぜ魔物たちが嬉しそうにしているのかは、リィリにはよくわからなかった。宝が、自分たちのためになる物かもわからないのに。

 魔物たちはヒントについて話し始める。

「四の光って、何だろ、何だろ」

「四色ってことかしら?」

「四色なら、あれじゃないか? ほら、本館の隅にそれぞれ、蒼の間、紅の間、翠の間、金の間がある。儀式に使う部屋」

「そうだねそうだね。きっとそうだ!」

「では交じり合う場所というのは、その四色の部屋の、中心地ということかのう」

「目って?」

「行ってみればわかるかもしれませんわね」

 魔物たちは楽しげに、部屋を飛び出していく。特に会話に参加することもなかったリィリは、静かに彼らの後を追う。早歩きで、靴の底を滑らせるようにして。

 いくつかの部屋を通り抜け、本館に辿り着く。そこからまたしばらく歩き、彼らが止まったのは、白い大理石の部屋だった。書架も白く、彫刻の施された梁や柱も白く塗られている。天井には、色とりどりの動物たちが描かれたフレスコ画が一面に広がっている。

「ここでいいのか?」

 魔物たちは周囲を探る。

「目が探す、とは、動物たちの目のことのようじゃな」

 古代史の魔物が天井付近まで飛んで行って、牡鹿のつぶらな瞳を撫でた。

「そんなことを言ったら、目がありすぎますわ」

 フリルの付いた魔物が言い返す。

 背泳ぎのように空中を漂っていた小さな魔物が、一通り眺めて、

「あの小さな猿、僕くらいの大きさの。あいつ、何かを探しているように見えない?」

 皆が一斉に小さな魔物が指した獣に目を向けた。確かにその猿は、額に手をかざし、木の上から何か探し物をしているようにも見えた。

 その猿の真下には、閲覧用の机と一体化した書架があった。板と棚の隙間に、小さな引き出しが付いている。

 冒険小説の魔物が、期待するように引き出しを開ける。

 そこには、

「また?」

 折りたたまれ、よれた羊皮紙が入っていた。

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