幕間 プロジェクト振り返り
勇者たちの凱旋後、町では大きな宴が開かれた。
その翌日――
一同は、レジェンダ邸の広間に集まっていた。
真黒がハァ、とため息をつきながら言う。
「……10時に集合と言ったはずだが」
「せんせー、すみませーん。キムくんは徹夜で飲んでたので来てませーん」
ソフィーが手を上げていった。
「来てないのはキムだけか?」
「えーと……ドゥドゥくんも付き合わされてたから来てないですね~」
「わかった、まぁいい。いるメンバーで始めよう」
「いったい何が始まるんです?」
「プロジェクト振り返り会、だ」
人間と他の動物の決定的な違いは何だろうか。
二足歩行することか。道具を使うことか。
いや、違う。
それは、『人間は未来を想像する生き物』ということだ。
未来を想像するから計画を立てる。
計画を立てるから振り返りができる。
振り返りができるから次回の計画がよりよくなる。
「せんせー、質問!」
「なんだ、ソフィー」
「"計画を立てるから振り返りができる"って、どういうことです?」
「いい質問だ。その答えは"そもそも振り返りとは何か?"ということを考えればわかる」
「えー? そりゃ、あのときの自分の行動がよかったか悪かったかって考えるんでしょ」
「少し違う。正確には、振り返りとは"計画と実績との差異を確認し、その原因を明らかにし、継続策と改善策を明らかにすること"だ。計画があるからそれができる。計画もないのに振り返っても、それが何と比較してよかったか悪かったのか、判断する基準がない」
「へぇ~、そういうもんなんだ」
「まぁ、やってみればわかる」
まずは個人ワークだ。
「うーん……私は計画上、罠や奇襲を防ぐ役回りだったわけで、最初の頭上の奇襲に気づけなかったのは反省点だなぁ……」
「自分は勇者様をお守りする盾だったにもかかわらず、最初に死んでしまって申し訳ない……そのせいでずいぶん苦戦したと聞きました」
「あたしはドゥドゥのボーヤを目の前でホブに取られちまったなぁ……」
皆、口々に反省の弁を述べる。
振り返りというと、ついついこうなってしまいがちであるが、それでは気が滅入るばかりである。
真黒は『改善点を1つ挙げたら、良かったことも1つ挙げること』と、ルールを追加した。
「十字路の広場で勇者様の頭を殴ろうとしてたホブにすぐに気づいて射てた。あれはよかったな」
「最後の魔将の一撃、あれが勇者様に当たっていたら危なかった。力の加護と守りの加護のおかげもあるが、この肉体も無駄ではなかったと思えた瞬間だった」
「ドゥドゥたちがオジサンを復活させようとしてる間、あたし加護なしでホブ食い止めてたんだぜ、凄くね?」
そんな調子で個々人が自身の課題と強みを発見していく。
一方、真黒とエロインはプロジェクトの総括にとりかかった。
「さて、ここからが本題だ。個々人の失敗というものはプロジェクト全体から見ればそれほど大きな問題ではない。だが、俺たちが最初に建てたプロジェクト計画。これにミスがあれば致命的な問題となる。これを振り返っていこう」
「ハイ!」
エロインも気合が入った。
「プロジェクト背景と目的はまぁいいとして、手段から検証していこう」
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【手段】
取りうる手段は以下2つ。
A.ニーア洞窟――敵の本拠地に乗り込んで魔将を討つ
B.プリマレーノにて迎え撃つ
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「プリマレーノで迎え撃つか、ニーア洞窟を攻略するかで、後者を選択しましたね」
「俺たちは、プリマレーノに魔将は現れないと踏んだ。が、結果的に奴は現れてしまった」
「大変な被害が出ました……これは、反省しなければですね……」
「いや」
「え?」
「想定どおりではなかったが、被害が出たこと自体は我々の責任ではない。考えてもみろ、このプロジェクトは1か月かけて要員と金を集めて、装備を揃えて、訓練して、ようやく本番というものだったんだぞ」
「あ……どのみち、私たちには態勢を整える時間はなかった」
「そう。これはたかがゴブリンとタカをくくり、魔将の発見から2か月以上もの間事態を放置した王の責任だ」
「でもマクロさん、王様に文句言わなかったですね」
「俺だって学習する。最初は噛み付いたせいでお前に人生を左右する迷惑をかけてしまったのだからな。文句を言ったところで何かが解決するわけではないし、せいぜい自分の気が晴れるだけだ」
「べ、別に迷惑だなんて……思ってないですけど」
小さく呟く少女。
「……? まぁ、お前は天下の勇者様だしな。いざとなればそんな約束反故にすればいいだけか」
「……ハァ……いいです……」
エロインは深く嘆息した。
だが無理もなかろう。真黒からすれば相手は一回り年が離れた子供だ。しわくちゃのスーツに身を包み、無精ひげを生やしたくたびれたオッサンが恋愛対象になるとは露とも思っていない。
「続けるぞ。次はプロジェクトの範囲だ」
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【プロジェクトの範囲】
ニーア洞窟の攻略。すなわち、奥に居ると思われる魔将ゴブリン1体および、その周囲に仕える雑兵の討伐。雑兵の数は最大でも100匹程度を想定。
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「結果的には、雑兵は300近くいた。少々過小に見積もりすぎていたな」
「敵が町に攻めてきてくれたから修正できたものの、知らずに洞窟に行っていたら危なかったかもしれませんね」
「そもそもどうして100匹と想定したんだった?」
「地図からニーア洞窟の大きさを読んだのと、過去の襲撃で町に現れたゴブリンの数が10匹そこそこだったので、そこから推定して……ですね」
「まぁ、得られた情報からそう考えたこと自体は仕方ないか……問題はその対処かな?」
「1人2個、マナの実を持っていくことにしましたね」
「そう。だがさすがに300匹は多すぎた。マナの実は安くはないがケチる必要はない。2個とは言わず、最初から5個程度は計画に入れておけばよかったかもな」
「スケジュールはどうでしょう」
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【スケジュール】
3月 9日:プロジェクトスタート。討伐隊隊員の募集を開始
3月15日:プロジェクト資金を50%調達する。目標隊員数3名
3月20日:プロジェクト資金を100%調達する。目標隊員数6名
3月25日:討伐隊10名の組織編成を完了。洞窟攻略を想定した演習を開始
3月31日:討伐隊10名にて、ニーア洞窟を攻略。魔将ゴブリンを討伐する
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「紆余曲折はあったものの、結果的には10日前倒しでプロジェクトを完遂できた」
「マクロさんの頑張りが功を奏しましたね! あちこちに奔走してくださって……」
「そうか? たまたま敵の襲撃があったから満額手に入ったが、敵が来なければもっと費用を絞られるところだった。俺よりもお前だろう」
「私ですか?」
「人が集まらない可能性というのはまったく杞憂だった。想像以上にお前とともに戦いたいという人間は多いようだ」
「いやぁ~」
テレテレと笑う。
「要員計画はどうでしたか?」
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【要員計画】
・実行部隊
洞窟内は広くはないため、所帯としては10人程度が限界と思われる。そのため、10名の精鋭を調達する。前衛に戦士を4人、戦士が倒れたときのために法術師を2人確保する。その他、遠距離大火力の援護役として魔術師を2人、中距離火力兼警戒役の弓闘士を1人、遊撃役として武闘家を1人配置する。
・偵察部隊
洞窟内に魔将ゴブリンがいることを確認する要員が必要。確実に任務を遂行できる精鋭のシーフを2人1組で、計2名調達する。
・監視部隊
洞窟の入り口を監視する要員が必要。2人1組で3交代、計6名を調達する。
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「正直、こういった経験がないからかなり不安だったが、結果的には皆まんべんなく活躍してくれて大成功だったといえる」
「さすがマクロさんです♡」
「いや、そこまで考えられてはいなかったのだが……今回実際やってみてわかったのは、職業でひとくくりにしても人それぞれ特徴が色濃く出ることだ」
「というと?」
「たとえばキム。あいつ、口は悪いが腕は確かだった。最奥部で魔将の一撃を躱してみせただろう。ルドルフは躱せなかった」
「そう、ですね」
「どういった敵にどうぶつけるか、というのは、人の特性を見てよく考える必要がありそうだ」
「特性といえばフラマさんやクリームさんも濃かったですね!」
「あぁ。あの2人には助けられっぱなしだった」
「フラマさんは敵の死体で道を塞いでくれたり、逆にクリームさんは敵を闇魔術に飲み込んで道を開けてくれたり」
「火力は申し分ない。あの2人の課題は体力だな。それさえなんとかなれば……」
「あれ? でも、洞窟の中では特に問題はなかったような……」
「それはドゥドゥとジュディスが交互に"風の加護"を与えてくれていたおかげだ。あの2人、洞窟に入る前からゼェゼェ言っとったからな。おかげで前衛への支援がおろそかになった」
「そ……そうだったんですね」
「次に品質計画だが――」
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【品質計画】
一人の犠牲も出さずに完勝する。
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「ルドルフが潰されはしたが、まぁ蘇生したしノーカンとしておこう。目標は達成だな」
「そうですね! 入念な訓練のおかげです。マクロさんの計画がカンペキでした♡」
「お前の対応も見事だったよ。十字路でのドゥドゥ救出。最奥部でルドルフが復活するまでの時間稼ぎ。どれも想像以上の働きだ」
「エヘヘ~」
褒めて、褒められる。慣れないと照れ臭くこそばゆいが、人間関係を円滑にするために非常に重要なことである。
日本のビジネスマンはこれがとにかく苦手だ。できて当然、できない場合に注意するという減点方式で人と接するために、外国人労働者にはすこぶる評判が悪い。
「コストについては――」
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【コスト計画】
総費用は最大626ゴールド。
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「人件費は応募がないことを見込んで倍確保していたが、結局使うことはなかったな」
「魔将の血痕が洞窟に続いていたのでシーフも雇いませんでしたね」
「スケジュールも大幅に前倒したしな」
「お金、かなり余りましたねぇ。王様に返すんですか?」
「そんなわけないだろ。余った金は次のプロジェクトの元手にする」
「そ、そうなんですね」
――総じて、プロジェクトは想定以上の大成功だったといえよう。
成否を判断する大きな基準は大まかに3つだ。
1つ、期限は守れたか。
2つ、コストは予算に納まったか。
3つ、品質は十分か。
この基準はいずれも完璧に達成した。
だが、それはあくまで念に念を入れてリスク対策費を積みまくったおかげである。
王は不満タラタラだろうが、まぁ全く未経験な領域にチャレンジしたのだから、これくらい慎重でもよかろう。
こうやって振り返った結果、足りなかったところ、過剰だったところが見えてくる。
それは今後のプロジェクトで改善すればよいのだ。
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