第22話 死線

 十字路を抜けてしばらく歩いた先で、一行は小休止を挟むことにした。


 真黒はマナ切れを危惧して言う。

「フラマ殿、あなたにはかなり魔術を連発してもらいました。マナの実を食べておいてください」

「ホッホッホ。そもそもワシャおもいーっきり加減して撃っとるんじゃ。マナなんぞちーとも減っとりゃせんわい」

「あれだけ撃ってもですか……」

 少々驚く。

「例えるなら、屁がしたくてたまらんときに皆にバレないようにほんの少しずつすかしっ屁をするようなもんじゃ」

「……その例えは意味が分かりませんが」


 真黒とフラマが近くに座って話していると、クリームも混ざってきた。

「ホント、同じ魔道に生きる者として、畏敬の念を感じずにはいられませんね、老師」

「おぉクリームちゃん。なんじゃしおらしいのぉ。その気があるならいつでも指導してやるぞい」

「それは重畳」


 続いてソフィーがふらりとやってくる。

「ところでさ、あんなドッカンバッカンやってくれてたけど、大丈夫かなこの洞窟。崩れたりしない?」

「ホッホッホ、心配ゴム用じゃ。考えなしに大きな火をつけると危ないからの。危なくないように火の回りを少なめにして、爆発の衝撃で敵を倒すようにしたんじゃよ」

「いや、それが危ないんだってば!」


 彼らの向かい側の壁際には、エロインに振り回されながら広場での敵の襲撃をなんとか潜り抜けたドゥドゥが疲れた様子で座っており、それを見てキムが絡んでくる。

「ったくよぉ~。エロインちゃんがビシッと立ってんのに、なに守られてただけのテメーが座り込んでんだよ。えぇ? もやし小僧が」

「す……すみません」

「すみませんじゃねーだろ。わかってんのかぁ? テメーのせいで危うく勇者様が巻き添えで死ぬとこだったんだぞ?」

「うっ……」


「言いすぎですよ、キム殿」

 見かねてルドルフが制止に来るがキムの気は治まらない。

「いや俺は納得いかないね。だってそうだろ? この世界で唯一魔将を倒せるのは勇者様だけなんだぜ。それがこんなもやし小僧一人助けるために命張るなんてよ。お前だったら助けてほしかったか? オッサン」

「それは……」

 言いよどむルドルフ。


「ドゥドゥさんのせいではありません」

 皆が休憩している中、先頭に立って周囲を警戒していたエロインがやってきた。


「敵はパーティの要を狙ってくるんです。法術師さえ存命なら、私たちはどれだけ怪我を負っても回復してしまう。敵にとって重要なターゲットだから狙われた。そうなることは最初からわかっていたでしょう? 守れなかった私たち前衛の失態ですよ」

「ぐっ……」

 少し強めに言い聞かせるエロイン。その気勢にキムもたじろぐ。

 そこで力を抜いて笑った。

「まぁいいじゃないですか。結果的に、こうしてみんな無事なんですし。失敗は反省して取り返しましょう。私たちはできてまだ数日のパーティ。チームワークはまだまだよくしていくことができます」

「まぁ、エロインちゃんがそういうなら」


「……」

「何を見ているのかしら、シャチク」

「いや、別に」

 口出しせずに状況を見守っていた真黒は、そのままそっぽを向いた。


 ――


「さて、そろそろ出発するか」

 数分休憩をとると、真黒が出発を促した。

 座っていた面々が立ち上がる。


「我々はすでに敵の懐深くに潜り込んだ。まもなく魔将と対峙することになるだろう。勇者よ、ここはひとつビシッと決めてくれ」

「えっ……あっ……」

 真黒が無茶ぶりすると、露骨に狼狽するエロイン。


 ――そんなの、練習してない。


「えっと、みなさん、その……がんばりましょう!」

「……」

 シーンと、静寂が訪れる。


「……え、終わり?」

「おいおい、ボキャブラリー貧困女子かよ!」

 ドッ、と、皆から笑いがおこる。

「うぅ~! マクロさぁ~ん!」

 エロインは真っ赤になってポカポカと抗議した。


「さて、皆の緊張もほぐれたようだ。それでは、行くか」

「応!」


 一行は、最奥部に向けて歩を進め始めた。


 *


 歩きながら、ルドルフが言う。

「……ところで、マクロ殿」

「なんだ?」

「今さらなんですが……先ほどの十字路のように、この洞窟は複数の通路がありますよね」

「あるな」

「もしかして、不利を悟った魔将は既に別の道から外に逃げ出してたりして……」


 ――あっ!


 と、いう感じで、皆が真黒の方を振り向く。

 が、真黒は表情一つ変えなかった。


「本当に今さらだな。その可能性、ゼロとは言わんが可能な限り低くなるように道を選んできたつもりだ」

「……というと?」

「この中で魔将の姿を目にしたことがある者は……俺と、エロインだけか。俺たちは見たから知っている。魔将が5エタップを超える巨躯であることを」

「あっ、そっかあ!」

 ソフィーが声を上げた。


「なんか、大きい道ばっかり選んで進むなってずっと思ってたんだよ~。陣形の内側に入られやすくなるし、ホブとか手ごわい敵も出てくるから、そんな道進まずにもっと狭い通路行けばいいのにと思ってたんだ」

「そういうことだ」


 大きな道を行く。


 恐らく魔将の通り道であろうこの大きな道を。


 その先に奴は――いる!


 ――


 ひときわ大きな広場が見えてきた。

 その先に通路がある様子はない。

 ここが最奥部か――しかし、魔将の姿が見えない。


 警戒しながら、先頭を歩くルドルフとキムが広場に足を踏み入れた、その時。


「左だオッサンッ!!」

 叫びながらキムが横っ飛びで回避する。

「ぬおっ……!!」

 ルドルフは思わず盾を構えるが――


 ズゥゥゥン……と、洞窟が振動した。


 壁際に潜んでいた魔将の不意打ちは、鋼の如き肉体を持つルドルフを容易に圧殺した。


「出たぞ、魔将だ!! 抜けろーーっ!!」

 キムが叫ぶ。


 言われなくとも見ればわかる。魔将が一撃を振り下ろした今が突入のチャンス。

 地面に横たえられた大木の幹を飛び越え、真黒、エロイン、ジン、ソフィーと身軽な者がつぎつぎと広場に転がり込んでいく。


「よくも……ルドルフさんをっ!」

 エロインがスラリと剣を抜き放つ。魔将は他の者には目もくれず、エロインに狙いを定めて巨大な鈍器を構えなおした。


 ルドルフだったモノのもとへドゥドゥとジュディスが駆け寄り蘇生を試みる。


「私たちも今のうちに広場へ――」

 クリームが入ろうとすると、その首根っこをフラマがつかんだ。

「ぐえっ!」

「後ろからも来とるぞい」

 十字路で撤退した敵の残党が背後から迫っている。

 殿を務めるオルガとアレックスが盾を構えた。


 一方、広場。


「おいおいおい、なんなんだよこいつはよぉ! どうすんだよマクロさんよぉ!」

 動転した様子でキムが叫ぶ。

 攻撃を受ければ有無を言わさず殺される。これでは戦列もクソもない。


「今、お前にできることはない。黙って見ていろ」

 真黒はそう言うと、ソフィーに命じた。

「ソフィー、煙幕!」

「了解!」

 先端に小袋を取り付けた矢を放つ。


 それが魔将に当たると、矢がクシャッと潰れると同時に小袋から視界を覆う煙のようなものが広がった。


「うぉっ……くっさ……! なんだよこれ!」

 キムが鼻をつまみながら目に涙を浮かべる。


 ――これで、視界は覆った。鼻の利くゴブリンだが、それも封じた。


「ハァッ!」

 スキを見逃さず、大きく跳躍したエロインが魔将に斬りかかる。

 確かな手ごたえがあった。


 ――が。


 凄まじい風圧を感じてとっさに剣を手放し飛びのく。

 魔将が放った拳はエロインの着込んでいたリングメイルを豆腐のように裂きながら空を切る。

 上体を逸らし、すんでのところで回避したものの、たった一度の攻撃で武器と防具を失った。


「――くっ」

 唇を噛みながら予備のブロードソードを抜く。


「マクロさん……刃が、急所まで届きません!」


 斬りかかった刃は、首元に深々と食い込んではいたが、致命傷には至っていなかった。


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