第21話 ニーア洞窟 防衛ラインの攻防

 "気"。


 武闘家が扱う内なる力。


 その実体は、つまるところマナである。


 魔術師が体内に保有する"内部マナ"を火種に、外界に存在する"外部マナ"を爆発させる"外部マナを扱うスペシャリスト"だとすれば、武闘家はその逆。"内部マナ"を体内に張り巡らせ、ひたすら自己の肉体を強化する"内部マナのスペシャリスト"である。


「ハァァァァァ……」

 独特の呼吸法を用い、ジンは気を体内に巡らせる。

 気が巡りきると、カッと目を見開いた。


「セイッ!」

 掛け声とともに、鋼鉄のように硬化した体で下段蹴りを放つ。

 幼児のように小さな小鬼はそれに耐えられるはずもなく、風車のようにグルグルと回転しながら吹っ飛んで絶命する。


 ドゥドゥが毒に侵され、浅い呼吸を繰り返している様子に気づいた真黒が警告する。

「ジン、気をつけろ。やつら武器に毒を塗ってるぞ」

「心配無用」

 が、ジンは至って冷静だった。

 浅い傷を次々に負いながらも、術師に群がる小鬼をマシーンのように淡々と排除していく。


「ハッ……みんな、後ろから来るよ!」

 気配に直感したソフィーが叫ぶ。


「問題ないねェ!!」

 後方から襲い掛かってきたホブゴブリンのこん棒の一撃をオルガが盾で防ぐ。


 ――よし。


 訓練の成果を噛みしめる。

 この程度の襲撃で陣形を崩すほど、ヤワな訓練を積んできちゃいない。


 陣形の内部に侵入されても、4人の戦士たちは周囲の警戒を怠っていなかった。

 自身の役目が何であるかを十分に認識しているからこそ。

 他の仲間の役目が何であるかを十分に認識しているからこそ。

 こういった事態への対応を訓練してきているからこそ。

 この程度で崩れはしない。


 ドゥドゥは体がしびれ詠唱もままならなかったが、もう一人の法術師ジュディスがその治療を完了する。

 被害の回復ができたら、次は攻撃に転じる。ドゥドゥとジュディスがそれぞれ、"力の加護"と"守りの加護"を前衛の戦士たちに与えていく。


「おおっしゃあ! ありがたいねェ!」

 さすがにホブゴブリンの膂力には敵わず、押されていたオルガが敵を押し返す。 


「どらァッ!」

 ガツンとシールドバッシュで敵を吹き飛ばし、距離が開いた。


「漆黒の赫子ぉ!」

 すかさずクリームの魔撃が飛ぶ。

 後方から迫っていたゴブリンの一隊が、ズババババッと気持ちよくまとめて消滅した。


「ふぃ~……今のひと波はなかなかだったな」

 冷や汗をぬぐうキム。


 周囲に敵の気配がなくなったことを確認すると、真黒も仲間のフォローにまわりはじめた。

「ジン、怪我や毒は大丈夫か?」

「問題ない。"内気"を巡らせ治癒した」

 さすがだな、と感心する。

 法術師が外部マナを用いて他者を治癒することも可能なのに対して、武闘家は内部マナのみを用いることで簡易・迅速に自身の傷を修復できるのだ。


「ソフィー、後方の気配察知はよかったぞ。頭上を見逃した失態は取り消しだな」

「ちぇっ」

 第六感の鋭い弓闘士を雇っているのはこういった奇襲や罠を防ぐ意味もある。

 もっとも、"失態"という言葉は使ったが、あらゆる不測の事態に事前に気づけなどと無茶を言うつもりはない。ちょっとした発破だ。


 仲間の活躍ぶりに、エロインがしみじみとした様子で言う。

「みなさん、本当にお強いです。私まだ何もしてない……というか目瞑ってマクロさんに手引いてもらってるだけです……」

「気にする必要はない。奥の手はとっておくのが普通だ。お前が剣を抜くのはいざというときだけでいい」

「……はい」

 少女の脳裏に最初の洞窟攻略の記憶が甦る。


 エロインの強さは、確かに群を抜いていた。剣技も体術も並外れていたし、聖術も発動に時間はかかるが強力だ。周囲の誰もが、これほどの勇者がいてゴブリンごときに負けるはずがないと楽観視した。

 あの日も、『大丈夫大丈夫』『なんとかなるでしょ』『俺たちなら余裕さ』という根拠のない自信に押され、たった4人のパーティで洞窟へと立ち入った。

 そして、先ほどのように後衛から順に崩されていき――結果はあのとおりだ。

 皆を守ろうと死に物狂いで剣を振るったが、押し寄せる敵の波を前にたった一人で3人の仲間を守りきることなど到底不可能だった。


「顔を上げろ」


 不意に、真黒の声で我に返る。


 真黒はまっすぐ前を向いたまま呟く。

「何度も言ってるがお前のせいじゃない。責任は命令を下した王にある。お前にも失敗はあったかもしれないが、失敗せずに大きくなった奴はいない。学べ。お前はこれからだ」

「……」

 少女の表情は定かではない。

 男のとても大きく感じる手をきゅっと握りしめ、ただ無言でこくりと頷いた。


 ――


 その後も順調に歩を進めていく。

 不気味なほど静かで動きがない。


 ――


 やがて、十字路に差し掛かった。

 松明をつけて注意深く様子をうかがう。

 十字路の中心はちょっとした広場になっており、敵を囲むのにうってつけだ。


「……これ、いるだろ」

「あぁ……絶対にいる」


 第六感に優れた弓闘士でなくとも、誰が見てもどう考えても"いる"のがわかる。

 ここが守りの要。敵の防衛ラインだ。


 どこかから迂回してきたのだろうか。後方からも敵の気配が迫ってきている感じがする。


「おい、どうする……これ、四方から囲い込む気だぜ」

 キムの問いかけに、真黒が答える。


「決まっている……正面突破だ!」


 一同は一気に駆けだした。


「左右からの敵に構うな! この十字路をなんとしても渡り切って向こう側の通路に突入する!」

「おおおおおおお!」


 広場を駆け抜ける。

 同時に、前後左右から一斉に敵も飛び出してきた。


「クリームヒルト! 前方の敵を消し去れ!」

「うぃうぃ!」

 さすがに呑気に詠唱している時間はない。クリームは一気に集中力を極限に高め、すぐさま闇の重力球を前方に射出した。


 矢継ぎ早に指示を出し続ける。

「フラマ! 後方を薙ぎ払え!」

「まかせんしゃい! 仏の中指ッ!!」

 フラマが中指をかざすと、後方の通路で爆発が起き、死体の山が築かれた。

 後方からやってきた敵はその死体が障壁となり進行に手間取る。

 

「うわぁぁぁあっ……助け……!!」

 右からやってきたホブゴブリンが、ドゥドゥの手を掴んで陣形の中から引っ張り出そうとする。


「――エロイン!」

 真黒はついにその名を呼んだ。


 一閃。


 その名が広場に響くのとほぼ同時に、目にもとまらぬ神速の剣がホブゴブリンの腕を切断した。


「ゆ、勇者様……ありがとうございます!」

 ホブの腕とともに中空から落下し、尻もちをついたまま感激するドゥドゥ。

 だが他の者はすでに先へと走っている。のんびりしてはいられない。

 その手を引き上げ、殿となったエロインが駆ける。


「ギギィィッィッ!」

 チャンスだ、とばかりにゴブリン共が勇者と法術師を指さし、狙いを定めた。


 ――ここは……左右からの攻撃に全力で対処する!


 エロインは素早く決断した。

 

 左手でドゥドゥの腕を握りつつ、右から迫る小鬼の群れを斬り払う。

 その勢いで左手を引っ張りドゥドゥを体の右側へ。

 そのまま回転し、左から迫るホブゴブリンの胴を斬り上げて両断する。


 すると前方の通路を切り開いた真黒たちから援護が飛んだ。

 背後からエロインの頭部を狙って振りかぶったホブの右腕を、ソフィーの放った矢が射ち抜く。

 真黒の投げた石も何体かの小鬼を昏倒させた。


 十数秒、そんな状態で持ちこたえるが、やがてフラマが塞いだ後方の通路からも、死体をどかせたゴブリンたちがなだれ込んでくる。 


 ――まずい。


 エロインの顔に焦りの色が浮かぶ。


「シャチクッ! 前は掃除終わったわよ!」

 その時、前方の通路内の敵を駆逐し終えたクリームとフラマが広場側の戦列に復帰した。


「よし――エロインッ! 衝撃が行くぞ、ドゥドゥを守れ!」

 言うや否や、フラマの放った爆撃が勇者に群がるゴブリンの大群を背後から吹き飛ばす。

 エロインはドゥドゥを押し倒し、身を低くして嵐が過ぎ去るのを待つ。


 とめどなく広場内に響く轟音。


 ――


 1分以上が経っただろうか。

 ようやく、広場に静寂が戻った。


 全滅、とまではなる前に、敵はそれ以上の攻撃を諦め、左右、後方の通路から撤退したようだ。

 が、相当甚大な被害を与えることには成功した。

 広場には死体の山が築かれた。


「エロイン! ドゥドゥ! どこだ!」

 広場に戻り、周囲を見渡す。


「……ロさぁ~ん……ルフさぁ~ん……」

 やがて、どこかから蚊の鳴くような小さな声が聞こえてくる。


「ここで~す……助けてくださ~い……」


 声のする場所から、戦士たちが死体の山をどけると、その下からエロインたちの姿が現れた。


「ひょーう! さっすが勇者ちゃん! 鬼神のごとき働きぶりだったな!」

「かっこよかったぜ!」

「うぅぅ、勇者様……ありがとうございます、ありがとうございます!」

 皆が口々に褒め称える。

 エロインは照れながらそれに応じて、最後に真黒の方を見た。


「……よく耐えたな。それに判断も行動も早かった。見事だ」

 いつものように頭を撫でてやる。

 暗い洞窟の中、特上の笑顔が光った。

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