第20話 ニーア洞窟 入口
その日、町の入り口にはプリマレーノの町民が数百名集まり、大々的に勇者を見送っていた。
みな、口々に家族の仇を、魔将に神の鉄槌を、と叫んでいる。
ある老婆は布にくるんだ幼児の亡骸を手に土下座し、涙ながらにどうか孫の仇をと訴えた。
「士気向上と勇者の威光を高める儀式だ。応えてやるといい」
場の空気に呑まれて固まっているエロインに、真黒が背後からこっそりと助言する。
エロインはこくりと頷くと、鞘からブロードソードをスラリと抜き放ち、日の光を受けて銀色に光り輝くそれを天高く掲げて宣言した。
「みなさん、聞いてください! 私の名は、エロイン・ド・レジェンダ! "聖光芒"宿りし正統なる勇者です! 先日の悪逆非道な魔将の襲撃により、みなさん大変な思いをされているでしょう。その苦しみ、察するに余りあります」
大きくはないが、よく通る澄んだ声だ。それが数百人の町民の耳に余すことなく響き渡る。
一呼吸おいて、さらに続ける。
「しかし、それも今日で終わりです! 私は誓います! 今日、必ずや魔将を討ち取ることを!」
町民の目から涙があふれる。ボルテージが最高潮になった。
最後のひと仕上げだ。
「我に女神ルーシェの加護あれ! みなに女神ルーシェの光あれ!」
町民も続く。
「勇者に女神ルーシェの加護あれ! 我らに女神ルーシェの光あれ!」
一行は、ニーア洞窟へと出発した。
――
「ハッハッハ。なかなかの名演説だったじゃないか、勇者様。あんた、おとなしそうに見えて意外とそういうの向いてるんじゃない?」
女戦士のオルガが、エロインの背中をバシバシと叩いて笑う。
「い、いえ。前日にマクロさんと練習したとおりのことをそのまま言っただけです」
「え? あれ、台本通りなのかい?」
「あはは……はい」
照れ臭く笑うエロイン。
名乗り・共感・宣誓・意識統一という話の流れから、剣を抜き放つ仕草、町民を見渡す視線、声の強弱、間の取り方まで全て練習通りである。
「練習していないことは実戦でもできませんから」
それだけはフンス、と意気込んで言う。
そしてチラチラと真黒の方を伺うのだ。
「よくわかってるじゃないか。偉いぞ」
と、真黒が撫でてやると、尻尾を振って喜ぶ。
その場にいる誰もが、その様子をほほう……と得心がいったように見るのだが、そんな中、空気が読めない男が一人。
「いやいや、エロインちゃんなら練習なんかしなくても余裕っしょ。だってホラ、俺話してるとわかんのよそういうの。地頭のよさっつーの?」
キムである。
「え……はぁ」
エロインが気のない返事をしているのも気にせず――いや、それすら自分の問いかけに同意してくれたと都合よく解釈しているのだろうか。
「っしょー? 思うっしょー?」
と、腰に手を回そうとするのでルドルフが間に入って手を振り払う。
「って! 何すんだよオッサン」
「キム殿、戯れはそれくらいに。こちらにおわすは神の代理人たる勇者様ですよ。あまり無礼なふるまいは一女神教信者として看過できません」
「っかー! ドでけぇガタイしてなーにが女神教信者だよ、ペッ」
そんな様子を見て、弓闘士のソフィーはせせら笑い、隣にいる武闘家のジンに振る。
「あはは、よくやるよねアイツ。あそこまで図太いのはもはや才能だね」
「興味ない」
ジンは無表情でジッと前方を見据えたまま、一言で切り捨てた。
「はぁ……なかなかアクの強いパーティだこと」
ソフィーは肩をすくめた。
――
ニーア洞窟までは数キロの道のりだ。
が、早くも魔術師2人がギブアップしだす。
「ゼェ、ゼェ、ハァ、ハァ……」
クリームヒルトは息も絶え絶えだ。
フラマに至っては半分霊体が露出している。
「……行ける!」
「行かないでください!!」
と、天の国へ旅立とうとするのをドゥドゥが呼び止めた。
真黒は目を覆ってかぶりを振りながら言う。
「仕方ない奴らだな……申し訳ないが戦士の方々。魔術師のお二人をおぶっていただけませんか」
「あ、はーいはいはい! 俺、クリームちゃんおぶるー!」
「おー、立候補するとは立派立派。じゃ、あんたはじいちゃんね。あたしがクリームおぶるから」
「はぁー!? 勝手に決めてんじゃねーぞ筋肉ダルマ!」
「んー? はっはっはぁ。その筋肉ダルマの胸の中で気持ちよく昇天してみるかい、坊や」
「グギギ……! い、息が……! し、死ぬ……ギブ、ギブ!」
オルガに締め上げられ、キムはパンパンと腕を叩いて許しを請うた。
道中そんな呑気なやりとりをしつつ――
*
一行はいよいよニーア洞窟に到着した。
時間は昼前。
監視役から、ゴブリンは夜行性であるとの報告を得ている。
敵にとっては夜襲となる。
全ての条件が揃った。
「行くぞ……皆!」
「応!!」
真黒の合図で、一同は洞窟に踏み込んだ。
――
しばらくは何の気のない普通の洞窟の体だった。
が、光が届かない深さへ進むと、やがて雰囲気が変わってくる。
口で形容するのは難しいのだが、なんというか、どこかでゴブリンが呼吸している感じがするとか、なんとなく臭うとか、気配を感じるとか、そういう感じだ。
第六感というのは意外と役に立つ。
感じ取った通り、まもなく小鬼と遭遇した。
「先制攻撃だ――やれ、クリームヒルト!」
「オーケーイ!」
ズズ、とクリームの周囲をどす黒いマナが覆う。
「深淵にて蠢く漆黒の赫子へ我命ず――」
「いいからさっさとやれ」
「うっさいわね! 最初くらい美しくやらせなさいよ!」
クリームは気を取り直して杖を振るう。
「子宮破りて其の禍々しき影、此に顕せ! カスティーナ・グラヴィトゥィィィッ!」
直後、真っ黒な球体が洞窟の通路を覆うように飛んでいき、その場にいた数体の小鬼は逃げる術もなく闇に飲まれていった。
「っしゃ! 幸先良いぜ!」
ガッツポーズをとるキム。
「気を抜くな。パーティは始まったばかりだ」
真黒が周囲の警戒を促す。
今の一撃で大方の敵に気づかれただろう。
洞窟の中がどのようになっているかはわからない。
地の利は完全に敵にある。思わぬ横穴から奇襲を受けないとも限らない。
「松明はまだつけるな。エロインは目を瞑っていろ」
狭い一本道を進む間は、真黒のターンだ。
手ごろな石を拾いながら、前方へ投げつけ続ける。
何もない間はただカン、カン、と壁に当たるだけだが、ドゴ、とゴブリンに当たると魔法攻撃に切り替える。
「いたぞ、フラマ殿」
「ホイきた」
フラマが人差し指に炎を灯す。
「ばぁぁくねつ! 神の頭指ッ!!」
ホイッと人差し指を前方に振ると、前方に迫っていたゴブリン集団が炎に包まれた。
「燃え尽きて終われッ!!」
突き出した腕をグッと握り込む。
学園で見せられたのと同じだ。ゴブリンたちは爆散した。
破片が吹き飛んでくるので前衛のルドルフとキムが盾で防ぐ。
「痛てて! じいさん、もちっとやりようねーのかぁ!?」
「なんかキャラ違うし……」
言いつつ、先へ先へと進む。
真黒が投げて、魔術師が薙ぎ払う。これの繰り返しだけでかなりの距離を進んでいく。
「なんか……もうこれだけで洞窟踏破できちゃいそうだね」
はぁ~、と、ソフィーが拍子抜けした様子で言う。
「マクロ殿の投擲能力は本当に素晴らしいですな。こんな猛烈な速さで正確に石を投げる人は見たことがない」
ルドルフも感心する。
「順調と思われるのは事実だが、気は抜くな」
と、言いつつも真黒自身も想像以上の順調さに内心驚いていた。
――まぁ、小鬼どもが対応できなくとも無理はない。
人類は最高の知能を持つ代わりに肉体能力は自然界最弱に近いともいわれる。
が、そんな人類にも2つだけ、他のどんな動物にも負けない武器がある。
そのうちの1つが"投擲能力"だ。
人間ほど速く正確に物を投げられる生物は他に存在しない。
人間に近い投擲能力を持つチンパンジーは30km/hほどの速度で物を投げるが、人間であればその程度のことは幼児でも可能だ。
訓練を積んだ大人ならばそれが100km/h~160km/hにもなる。
この速度でそこそこの重さの物を当てると、場所によっては"殺せる"。
「マクロさん……カッコイイです……♡」
エロインが光る目をハート型にして讃えてくる。
やれやれ、何をやっても肯定してくる子だな、と思う。
――だが、こんなに肯定されたのはいつぶりだろうか。
ふと、そんなことを思ってしまう。
社会人時代は真逆だった。
あれは否定に満たされた世界だった。
満たされなかった。
居場所はなかった。
幸せなど、感じたこともなかった。
――
「ぐっ……あぁぁぁぁ!!」
突如、ドゥドゥの苦悶の声が真黒を現実に引き戻した。
「どうした!」
振り返ると、いつのまにか足元に数匹のゴブリン。
「あっ……上!!」
「上、だとぉぉぉ!?」
ソフィーが声をあげ、つられてキムも驚愕の声をあげる。
――しまった。これは、想定外だ。
横穴は十分警戒していたが、まさか上があったとは……!!
「緊急態勢!! 出番だ、ジン!!」
真黒が声を張り上げると、陣形の中央に立った武闘家・ジンは低く応じた。
「……承知」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます