第19話 準備は完全に整った

 トボけた老人の所業のおかげで、後始末にてんやわんやとなった。


 勇者学園の生徒たちが駆り出され、がれきの山を片付ける。

 真黒やエロインも平謝りしながら、学園関係者たちとともに片づけを手伝う。


 その日の選考はいったん中断し、翌日に持ち越すこととなった。


 *


 その夜、レジェンダ邸。


「いや~、すごかったですね、フラマさん」

 パンとシチューを頬張りながら、エロインが言う。"フラマ"とは、あのお騒がせ老人の名だ。


「はっはっは。そいつは災難だったな。で、どうする? 採用するのか?」

 と、ペール。


「まだ無茶苦茶な一発を見せられただけですから。明日もう一度、洞窟で戦える何かがあるか判断してみます」

 真黒は慎重だった。ただ単にバカみたいな力があればよいというものではない。あの大爆発を洞窟内で起こされれば洞窟が崩れて全員生き埋めか、全員蒸し焼きになるかだ。


「しかし、エロインやクリームヒルトの術も凄いと思ってはいたのだが、あんな規模の魔術というのもあるものなのか」

「いえいえ、ないない、ないですよ」

「ない、というと?」

 疑問を呈する真黒。


「俺も聞いたことがないな。まるで話に聞く伝説の勇者のようだ。そのじいさん、"伝説"レジェンド級ではないか?」

"伝説"レジェンド級?」

 ペールの言葉に真黒が聞き返すと、横からクリームが割って入る。

「そこはかとなく矛盾を感じる言葉よねー。勇者自体が伝説の存在だってのに、その勇者の中にさらに伝説の勇者ってのがいるんだってさ」

「伝説の勇者の中の伝説の勇者? 意味が分からん。頭がおかしくなりそうだ」


「アンタ知らないの? 勇者の伝説」

「知らん」

「はー。無神論者のアタシですら知ってるってのに、あきれるわねその無知っぷり」

 マクロさんは無知じゃありませんけど……と、横で聞いているエロインが少しムッとした顔をするが、クリームは意に介さず続ける。


「むかーしむかし。世界は今よりはるかに危機的な状況にありました。世界は魔王とその眷属たちによって完全に支配され、人類は奴隷や家畜のように扱われていたのです」


「あまりに非道な扱いに耐えかね反乱を起こしてみたところで、知っての通り魔将には傷一つつけられません。反乱を起こせば、見せしめにそのエリアの家畜は関係ない者まで全て処分されました」


「その地獄のような時代は、永遠に続くかと思われました」


「ですが、そこへ彗星のように現れたのです。伝説の初代勇者――ブラン様が」


 ――初代勇者……ブラン……


「ブラン様は、無敵の体を持つ魔将を、かたっぱしから一撃のもとにブッ倒して回りました。あらゆる敵を一撃です。鋼の体を持つゴーレムの魔将も、無限の再生能力を持つ不死者の魔将も、例外なく全て一撃で倒しつくしました」


 ――なんだ、その下手な俺TUEEEE主人公みたいなやつは。


「でも……結局その初代勇者ブラン様も、魔王には指一本触れることすらできずに倒れてしまいます」


「倒れはしたものの、勇者様は世界各地に種を蒔いていました」

 その場にいた者が若干気まずそうな顔をするが、エロインだけは『荒廃した大地に緑を取り戻したのかな?』などと能天気な想像をしている。


「魔王を残してほぼ総崩れとなった魔王軍も、一から立て直しが必要になりました」


「そうして長い長い年月が経ち……世界各地には勇者の子孫がたくさんいて、そして魔将も再び暴れ出している。そんな今日この頃、というワケ」


「……なるほどな。つまり、フラマとかいうじいさんは、その昔魔将をかたっぱしから倒しまくったブランとかいう奴と同レベルに強い可能性があるってことか」

「そゆことー」


 ――やっと、なんとなく世界観が分かってきた。


 なるほど、そいつはたしかに貴重な戦力だ。今回の洞窟攻略で役に立つかはわからないが、無碍にするわけにはいかないだろう。


 *


 LC1426年3月14日――


 仕切り直しの能力測定2日目。追加の応募者も来て、昨日を超える人数が集まっている。

 じいさんもまた来ていた。

 

「おぉ……これはこれは、選考官しぇんこうかん殿。昨日はしゅまんかったのぉ」

「フラマ殿。あなたの能力が桁外れであることはよくわかりました。しかしこれから我々は洞窟で戦うことになる。もう少し制御は効きませんか」

制御しぇいぎょ? ふーむ……」


 老人は人差し指の先にちょいと火を灯すと、ホイッ、と巻藁に向かって軽く投げつけた。


 火は一瞬にして巻藁全体を包み込む。

 老人は続けて手を前方に広げると、掌をグッと握り込んだ。


 ドンッ、と巻藁がはじけ飛び、爆風が伝わってくる。


「こんなもんでどぉかのぅ?」

「え、えぇ……十分です」


 ――


 2日目の選考は、特にトラブルなく順調に終了した。


 フラマをはじめ、獣のような俊敏さと剛腕を併せ持つ武闘家"ジン"。

 特段これといった特徴はないものの高水準な力を持つ戦士"アレックス"。

 豪放磊落な女戦士"オルガ"。

 危機感知能力に抜群のセンスを見せた女弓闘士"ソフィー"。

 高い支援能力を持つ女法術師"ジュディス・リィン・セクストン"。


 倍率10倍を超える選考を勝ち抜いて、選りすぐりの精鋭が勇者のもとへと集ったのだった。


 *


 LC1426年3月15日――


 勇者学園のグラウンドに集まった実行部隊員。

 彼らを前に、真黒が今後の予定を話す。

「それではみなさん。今日から5日間、洞窟攻略のための訓練を行っていただきます。訓練メニューは個人訓練と全体訓練からなります。各日、午前は個人訓練を行っていただき、午後にフォーメーションや連携を行います」


 それを聞いて、キムが不満を垂れる。

「はぁ~~~? たかがゴブリン相手にそこまでする必要ないっしょ。こんだけメンバー集まってるんだから、さっくりいこーぜさっくりとさぁ~」


 ――まぁ、10人いればこういう奴も1人くらいはいるか。


 だからこそ必要なのだ。最初に目的と、そこに至るまでの道筋を共有し、イメージを合わせ、意識を統一することが。


「キムくん。どうも君は認識が足りないな。先日この町で何が起こったか」

「知ってるよ。でもそんなの魔将に手が出せなかったからってだけっしょ。勇者様がいるんだからどーとでもなるだろ」

「どーとでもなる? 具体的に何をどうするつもりなのか言ってみてくれたまえ」

「はぁ? だから、んなもん勇者様がちゃちゃっと……」

「ではキムくん。これから勇者が本気で君に斬りかかる。君も戦士の端くれなら、勇者の剣技くらいどうにかしてくれたまえ」

「はっ?」


 次の瞬間、キムの首は宙を舞っていた。


 ――


「……はっ!?」


 意識を取り戻したキムは、がばっと体を起こした。

 傍にはドゥドゥとジュディスが膝をついて両手をかざしている。どうやら自分に治癒と蘇生を施してくれていたようだ。


「て……てめェ!! いきなりなにしやが――」

「まだわからないか」

 いきり立つキムに、真黒はやれやれと肩をすくめた。


「いいかキムくん。"なんとかなる"、"どうにかする"――そんな言葉は、何とかしたことがある者、どうにかしたことがある者だけが言っていいことだ。この場にいる誰も魔将を倒したことがある者はいない。この勇者とて今回が初陣。可能性は未知数だ。準備に"やりすぎ"はない」


 それでも気が治まらない様子のキム。

 いいかげん見かねたルドルフが肩を叩く。

「もういいだろう、キム殿。どの道我々は高い日当を払っていただいている雇われの身。訓練は契約の内容に入っているはずだ。おとなしく従えないなら去るしかないと思いますよ」

「……チッ」


 キムはギロリと真黒をひと睨みすると、矛を収めた。


 *


 LC1426年3月20日――


「1週間にわたり、皆さまのご協力本当にありがとうございました」

 澄み渡る青空の下。朝日が照る中、真黒は学園関係者に深々と頭を下げた。


 教師には試験官を。

 生徒には訓練の際にゴブリン役を。

 この1週間、学園には本当に世話になった。


 プロジェクトの費用には見込んでいなかったのだが、目論み通り無償で人員や施設を利用させていただくことができた。これも勇者の威光のおかげというやつだ。


 ――


 学園への挨拶を終え、宿屋へ向かうと、ちょうど交代の監視役が状況報告をしようと待っているところだった。


「本日の監視ご苦労様でした。こちらが日当です。どうでした?」

「はい。食料調達に小鬼どもがちらほらと洞窟を出るだけで、今日もホブや魔将は外に姿を現しませんでした」

「食料の量に変わりは?」

「1週間前と比べて大きく変動はありません」


 ――なるほど。


 腹に大穴が開いたのだ。下手をすればそのまま洞窟の奥で力尽きていてもおかしくはない。

 生きているにしても食欲は戻っていないようだ。怪我は回復してはいないと見える。


 ――状況把握、完了。


 ――訓練、完了。


 ――装備・道具の調達、完了。


 ――準備、完了。


 あとは、実行に移すだけだ。

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