第18話 集う精鋭

 LC1426年3月13日――


 勇者学園のグラウンドには、前日エロインが面談を行った応募者たちが集まっていた。

 たまたま町に立ち寄った者、破格の待遇に魅せられた者、魔将の襲撃を知って力になろうと駆けつけた者、昨晩の被害に遭い復讐を誓う者。

 想いは人それぞれだが、ともかく、集まった人数は先日の比ではなく、その数50人超。


「これだけ集まると壮観だな」

「はい……はい!」

 既にエロインの目は潤み始めていた。

 町民に甚大な被害を出してしまった不甲斐なさ、理不尽な敵への怒り、集まってくれた人々への感謝、いろんな想いが高まっているのだろう。


「まだ泣くのは早いぞ。その涙は魔将を倒すまで取っておけ」

「ぐす……はい……っ」

 エロインは涙を拭い、グラウンドに集まった人々へ、選考の開始を宣言した。

 

 *


 最初に定員が集まったのは監視役だ。監視役に求める能力は基礎的な体力と監視を続ける集中力、周囲を警戒する注意力、最低限の自己防衛能力のみだ。特に要求に達していない者が多い、ということもなく、すんなりと選考が完了した。


「では、さっそくだがキミとキミ。今すぐにニーア洞窟の監視へ行ってくれ。地図を渡しておく。このポイントに昨日から徹夜で見張りを行っている者がいるはずだ。交代してやってくれ」

 真黒は採用した監視役をさっそく監視ポイントへ向かわせた。


 先日採用した監視役の2人には、宿屋で無事を確認した後、洞窟の監視へと急行させていた。洞窟の中へと血痕が続いていたという報告はすでに得ている。魔将のものとみて間違いないだろう。

 これでプロジェクトのリスクの1つだった、"実は洞窟に魔将はいない"という可能性は潰せたも同然だ。


「さて、あとは実行部隊を揃えるだけだな。しっかり見極めてくぞ」

「はいっ!」


 ――


 最初に目に留まったのは、まだ若い戦士の男だった。


「彼は?」

「えっと、戦士のキムさん……18歳。日当の多さに魅力を感じて応募してくださったようです」

「ふむ。防御能力はルドルフに比べると少し落ちるがそれでもお前に匹敵する硬さだな。それに剣の強さもなかなかだ」

「そう、ですね……」


 興奮気味に話す真黒とは対称的に、エロインのテンションは低めだ。

「……? どうした、気が乗らんか?」

「あ、いえ……そういうわけでは」


 実は昨日、教会の個室で面談を行った際のことだ。


 *


「うひょー! めっちゃかわいいじゃん、キミ。え、トシいくつ?」

 キムは部屋に通されるなり、エロインを見ると食い気味に近づいてきた。


「え、えっと、14歳、です」

「うおーーーーっ! マジかぁーーーー! ぜんっぜんストライクゾーンよ俺」

 キムは鼻息を荒くする。


 この国では14歳の子供と性的な関係を持つことは違法ではない。

 というより、真黒がもといた世界でも文明が未発達な時代は12~15歳程度の女の子が結婚、出産するのは珍しいことではなかった。現代のようにロリコン、異常者、と言われ法で規制されるようになったのは、社会が豊かになったごく最近の話である。


 だが精神的に幼いエロインは、意味が分からずきょとんとしていた。


「……? いったい、何の話です?」

「フッ……本当は興味津々のくせに。こういうことを、さ」

 無遠慮に距離を詰めるキム。クイ、とエロインの顎を上げ、ジッと目を見る。


「どうだい、俺、イケメンだろ……その手の経験は豊富だぜ。俺と付き合うなら、すげーイイコトいっぱいしてやるぜ……」

 言いながら、フッ、と耳元に息を吹きかけてくる。


 いたいけな少女にとって、その男がいったい何を言っているのかまったくもって意味不明だったが、少なくともこれだけはわかった。


 ――気持ち悪い……!!


 ゾワゾワッと総毛立ち、思わず後方に大きく飛びずさった。


「フッ、照れ屋な子猫ちゃんだ」


 *


 思い出すと、寒気がしてきた。


 ――うぅ……嫌だなぁあの人……でも、自分の好き嫌いでこんな大事なこと決めるわけにはいかないし……


 エロインは、嫌悪感をぐっと飲みこんだ。


「よし、そこまで! 合格です、キムさん」

 真黒はそんな少女の気持ちは露も知らず、文句なく合格を言い渡した。

「フッ……当然だね」

 サラリと髪をかき上げ、エロインにウィンクをするキム。

 ゾクリと寒気がし、少女は目を瞑って真黒の後ろに隠れた。


 ――


 中には、選考をスルーパスした者もいた。


 昨日、教会にて負傷したルドルフの治療にあたっていた法術師がそれだ。

 敬虔な女神教信者であるその法術師は、ルドルフと会話するうち意気投合し、ぜひ自分も勇者様とともに洞窟へ行きたい、ということになったのだとか。

 その治癒能力はルドルフの太鼓判つき。特に文句なく採用を決定した。


「は、は、はじめまして、勇者様! 私、女神教プリマレーノ教区プリマレーノ教会所属の修道士――ブラザー・ドゥドゥと申します!」

 ドゥドゥ・ドゥ・ルドゥ。17歳の初心そうな少年である。

 少年はルドルフと同じように緊張で噛みながら、自己紹介した。


 ――なるほど、これはルドルフと気が合いそうだ。


 ――


 他にめぼしい者がいないか辺りを見回していると、明らかに浮いた存在を見つけ、真黒は驚いた。

「驚いたな……あれを見てみろ、エロイン」

「わぁ……すごい……」

 グラウンドには、筋骨隆々の男たちに混ざって――


「おじいさんです……」

 齢60を超えようかというヨボヨボの老人が1人、所在なさげに立っていた。


「おうじいさん! そんなとこにボーッと突っ立ってちゃジャマだぜ!」

「ガハハハハ! ここを老人の集会所と間違えたかぁ!?」

「おおおおい!! おじいちゃーーーん!! 聞こえますかーーーあ!? 出口はあっち! あっちですよーーーお!!」


 男たちが口々にからかう。

 老人は全く何も聞こえていないかのようにプルプル震えるばかりだ。


「それでは、試験を開始します! ご老人、そちらの巻藁へ物理攻撃を!」

 その教師の言葉すら聞こえぬのか、老人はヨボヨボと教師のほうへ向かっていく。

「ご、ご老人! 私のほうではなく、そちらの巻藁をですな……」


 周囲からゲラゲラと笑い声が響く中、老人はプルプル震えながら教師へ言った。

「しぇんしぇー。わしゃ物理はダメじゃあ……全部E評価でええです。魔術だけ見てみてくれましぇんかねぇ」

「わ、わかりました。では」


 教師が試験項目の変更とともに、巻藁の周囲にいる者に飛び火すると危ないので離れるよう告げる。

 が、周囲にいる者はヘラヘラと笑っているだけで何も気にしない様子だ。

 一方、老人もそんな彼らを気にするでもなく、おもむろに呪文の詠唱を始めた。


「えーと……汝は知るじゃろう……其の瞳に映りし……?」

 うろ覚えだか忘れかけだかでたどたどしくつぶやく老人。周囲の者たちは嘲笑を禁じえない。


 ――が。異変にいち早く気づいたのはエロインだった。


「……マクロさん、こちらへ!」

「お、おい?」

 校舎へと続く坂の上からグラウンドを見渡していた真黒たちだったが、少女は急に真黒の手を引っ張り、猛然とグラウンドへ向かってダッシュした。


 グラウンドの中央に着いたエロインは叫ぶ。

「みなさん、すぐに私の魔法陣の中に入って下さい!」

 なんだなんだ、とざわめく場内。

 

「天にまします我らの母よ。女神ルーシェよ。今ここに勇者が願い奉ります」

 膝をつき、指を組んで祈りのポーズに入るエロイン。

 やがて魔法陣が浮かび上がり、周囲が光に包まれ始める。


 ――と同時に、老人の詠唱も佳境に入り始めていた。


「えー……真夏の……いや、紅蓮の太陽が……じゃったかの……」


 ふいに、グラウンドに居た者の髪の毛という髪の毛が一瞬にしてチリチリに焼け落ちた。

 その次の瞬間、会場のあちこちから『あっちぃぃぃ』という叫び声が響きだす。

 

「はやく! はやく皆ここに集まって!」

 

 ようやく事態を理解した者たちが魔法陣の中へ殺到する。


「最高の……あ、最期の……? 光景となることを」

 詠唱が完了した。


「ソル・エクスプロード!」


 ――轟音。


 目の前が赤く染まり、次いで真っ白になった。


 グラウンドの木という木が吹き飛び、校舎の屋根が吹き飛び、木造の小屋が焼け落ちる。


 焦土と化したグラウンドの中で、ただ一人平然とたたずんでいた老人は、防御魔法陣の中から茫然と見つめてくる大勢の視線を感じて言った。


「……ありゃ? またワシ、何かやっちゃったかの?」

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