第17話 漸くの計画承認

 そこから先は、一瞬の出来事だった。


 小鬼が魔将へ『ギーッ!』と警告を発した瞬間にはすでに手遅れ。光速で飛来した矢には誰一人として反応できず、それは魔将の体を貫いていた。


「グオ……オオオオ…………!?」

 驚愕の瞳で振り返る魔将。


 ――なぜ、勇者が生きている……!?


 小鬼どもが虚偽の報告をしたのか、と睨みつけるが、小鬼たちは確かにやりました、と首を振る。

 いずれにしろ戦闘続行は不可能。魔将は額に脂汗が浮かび上がるのを肌で感じながら、脇腹を押さえヨロヨロと撤退を始める。


「逃がすな――いや! 守れ! 勇者を守れッ!!」

 ペールは部下たちに一瞬追撃を命じかけたが、魔将が殿の小鬼どもに勇者を攻撃するよう命じたのを確認すると一転、防衛に転じた。


 勇者のもとへと殺到する小鬼どもを、兵士たちが全力で防衛する。


「エロイン、逃がすな! もう一発いけるか」

「はい!」

 エロインはすぐさま二発目の詠唱を始めた。


 が、詠唱が完了し、いざトドメというときには既に魔将は射界から外れていた。


「あ……」

「間に合わなかったか……まぁいい。目標は達成した。俺たちの勝利だ」


 嵐が過ぎ去ったことを確認すると、兵たちはいっせいに歓声を上げた。


 *


 だが、被害はあまりに大きかった。

 雨上がりの翌朝、日が登るとともにその全容が明らかになる。


 結局、昨晩の被害は以下のとおりだった。


 負傷者:町民132名

     兵士 93名

 死亡者:町民124名

     兵士 88名


 蘇生や治癒のために奔走した法術師たちも6名死亡した。

 法術師は高度な訓練を受けた教会のエリートで、これを6名も失ったのは痛手である。


 真黒たちが兵士の後をついて被害を確認して回っていると、自身の傭兵の被害も明らかになった。


「ルドルフ、無事だったか」

「これは、勇者様。それにマクロ殿」

 教会を訪問すると、ルドルフは法術師に治療を受けている最中だった。


「申し訳ありません。やつらの暴虐を見ていられず……プロジェクト規定を守らずに応戦してしまい、このザマです」

「無事ならいい。他の連中は?」

「すみません。私一人、宿屋を飛び出してしまったので……」


 様子を見に宿屋へ行く。


 個室には、監視役として雇った2人が待機していた。昨晩はプロジェクト規定どおり事態には干渉せず、隠れていたという。

 だが、残りの監視役と、実行役の2人の個室は空っぽになっており、行方不明となっていた。


 彼らの死亡を知ったのは、そのしばらく後のことだった。


 *


 自らが面談した者たちの無残な死を知り、泣き崩れたエロインの体を支えながらレジェンダ邸へ戻ってきた真黒たち。そこへ冷淡な笑いを含んだ声が投げかけられる。


「おかえりなさーい。大変だったみたいねェ~」


 二階へと続く階段の手すりにひじをつき、クリームはクスクスと笑っていた。


「クリームヒルト……無事だったのか。どこにいた」

「どこにいたとはゴアイサツね。プロジェクト規定に従い、隠れていただけよ」

「あぁ……そうだったな」


 目覚めていたメアも声に気づき駆け寄ってくる。娘の無事な姿を確認すると、泣きながらその体を抱き寄せた。


 ――まったく、母娘揃って泣き虫なことだ。


 しばらくその様子を見守っていると、兵士が家にやってきた。


「勇者様、それにマクロ殿。国王陛下がお呼びです」


 ――来たか!


「気は済んだか、エロイン。行くぞ」

「お……王様が? 一体なんでしょう……」

 魔将の撃退が遅くなり、多大な犠牲を払ったことについて叱責されるのだろうかと、ビクビクと行きたくなさげな様子を見せるエロイン。

 だが真黒の予想では用件はそれではない。


 *


 謁見の間へ通された2人。


「まずは昨晩の働きについて、大儀であった」


 疲れた顔の王。第一声は、それであった。

 エロインは目を丸くし、真黒の顔を見る。

 想像通り、と真黒は薄く笑う。 


「さて、今日呼び出した用件だが……マクロ、貴様はわかっているようだな」

「ハッ」

「なにか儂に言いたいことはあるか?」


 ――言いたいこと、か。


 先日は無下に自分の計画を蹴ってくれたな。ゴブリン程度に600ゴールドもかけられるか、と。その結果がこれだ。兵士100人を食わせる金をケチって、その結果兵士100人が死んだ。


 ざまぁない――とでも言うつもりなら学習能力がなさすぎる。


 一呼吸おいて、真黒は返答する。

「――いえ」

「……まぁいい。先日貴様が持ってきた計画だが……626ゴールドだったか。その計画、ここに承認する」

「はっ……必ずや魔将を討ち果たして参りましょう」


 *


 LC1426年3月12日――


 城を出ると、真黒は大きく一つ伸びをしてから言った。

「さーて……想定外のトラブルはあったものの、結果的にはプロジェクトは予定通りの進捗に戻った。それにピンチはチャンスとはよく言ったものだ。思わぬ収穫も複数得られた」

「思わぬ収穫?」

「なんだと思う」


 エロインは顎に指をやって少し考える。

「え、えーっと……魔将に傷を負わせたこと」

「他には?」

「他……ですか? うーん……」

「物理的な事象にばかり囚われるな。何事も情報だ。俺たちが敵に与えた情報と、敵が俺たちに与えた情報が何だったか思い出せ」

「情報……あっ!」

 そういわれれば、そうだ。


「殺したはずの私が、生きていました」

「そうだ。敵は混乱している。1月から、2か月もかけて入念に準備してきた襲撃計画が失敗に終わったのだから」


「それに、私たちもおおよその敵の数を知る事ができました」

「そのとおり。勇者を殺し、城を攻め落とす。敵は今回で決めに来ていたはずだ。洞窟にも多少の待機要員はいたかもしれんが、あれがほぼ全軍と見ていい」

「2~300といったところでしょうか」

「あぁ。想定より多かった。計画を少々修正する必要があるな」


 続けてこの後の予定を確認。

「エロイン、俺はいったん家に戻って計画を修正する。お前はまた教会へ行って、応募者を面談してくれ」

「はい!」


 *


 真黒はレジェンダ邸に戻ると、すぐさま計画を修正した。

 ポイントは2つ。


 1つは、先ほども言った敵戦力の見直し。

 そしてもう1つは、計画の大幅な前倒しだ。


 敵は死んだはずの勇者が生きていて混乱している。次に打つ手が何かわからない。魔将も負傷しており、機敏な動きはとれない。ならば、態勢を立て直す暇を与えず一気に押し切る。ここが押し時だ。


 メドは一週間。


 それ以上時間を与えれば、敵も少しは落ち着きを取り戻してしまうだろう。

 一週間以内に、洞窟を攻略する。

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