第16話 一度きりのチャンス
「状況を整理しよう」
真黒はペールの部屋から紙とペンを持ってくると、大まかな町の地図を書き始めた。
まず、おおまかに四角形で囲む。
次に、四角形の底辺の中心あたりをさらに四角形で囲む。ここが城だ。
城の周りには堀があるので、それをもう一回り大きな四角で囲む。
続いて城から大きな直線を上に向かって引っ張り、T字型の幹線道路を描く。
右上には町の入り口が、左上には勇者の家がある。現在値はここだ。
さきほど聞こえた、歓声のような多数の人の声はこの城へと延びるT字の
下部――つまり城へと続く商店街あたりから聞こえてきた。
おそらく魔将は城へと向かっていて、それを王国兵が迎え撃っている状況。
だが悲鳴はあちこちから聞こえてくるので、ゴブリンの全軍がわき目もふらず城へと向かっているわけではなさそうだ。本隊から離れて略奪や暴虐を働いている小鬼どもも相当数いるのだろう。
敵の戦力は魔将が一体、ホブゴブリンが多数、ゴブリンがさらに多数。さすがにここで数を掴むことまではできないが、とにかくたくさんだ。個別の戦力がどれほどかというと――
ゴブリンは、一匹一匹は大したことはないが集団で向かってくるので一気に殲滅するだけの火力か、じっくり守りながら攻められるだけの防御力が必要。
ホブゴブリンは、人間の大人並みの大きさを持つ野生動物と考えるとその危険性が想像できる。この時点ですでに、正面から戦うには人間の手に負えない存在だ。最初にエロインと出会った森でも、不意打ちで仕留められなければどうなっていたことか。
そして、魔将ゴブリン。こいつだけは遭遇経験がないが――
「エロイン。プロ計を作成したときに聞いた話では、たしかお前は2か月前に魔将と対峙しているな」
「はい」
「そのときの感触はどうだった。力のほどは」
「……魔将は大木を引っこ抜いたままのような武器を所持していて、門番の方がペシャンコに潰されていました。私が到着したのは、既に門が閉じた後でしたので魔将とは距離がありました。なので、対峙した……というよりは、遠くから聖術の一撃を見舞っただけという感じです」
「大木か。そんな武器を持ってる相手、門を閉めたくらいで締め出せるもんなのか?」
「破ろうと試みてはいたみたいです。ただ、それを阻止すべく、王国兵が――というより、お父様が単身、門の外に飛び降りて足止めをしてくれていました」
「……あのお義父様が?」
真黒がうさんくさそうな顔をしているのに気づいて、エロインが補足する。
「勇者学園で歴代一位の評価記録を持っているのはお父様なんですよ。先日計った私の身体能力ですが、悔しいですがいずれもお父様を下回っていました」
「マ……マジか!?」
「はい。実際、魔将のお供をしていたと思われるホブゴブリン1匹とゴブリン数匹は、私が到着したときにはすでにお父様が撃破済みでした」
――そんなにべらぼうに強いのか、あの親父は。
「なるほど……だいたいわかった」
魔将はゴブリンともホブゴブリンとも全く別格の存在のようだ。
ざっくり、イメージでとらえると、ゴブリンを1とするとホブゴブリンは10。魔将は30~50という感覚。
それに対してこちらの戦力は、真黒が4~5程度、一般兵が6~7程度、エロインが10~15程度、ペールが20前後といったところだろうか。
――もしかして、王が『ゴブリン程度さっさとなんとかしろ』と無茶を言っていたのは、ペールが強すぎて敵を過小評価してしまっていたせいだったりするのか。
まぁ、今はそれはいい。反省会は落ち着いてからやればいい。
「現在の状況、敵の戦力、こちらの戦力はできうる限り整理した。では、今の俺たちの戦力で敵の戦力に対して今の状況において何が出来るかだが……」
最大戦力と目されるペールが今、この場にいない。止めるのも聞かず怒り心頭で出て行ってしまったが……猪か、あのオッサンは。
別拠点に待機していたルドルフたちや非戦闘員の町民をアテにすることはできない。この家にいたはずのクリームも見当たらない。やられたか、危険を察して逃げ出したか――
「……今、使える戦力は俺とお前の2人だけだ」
「ですね……」
「正直、俺に何ができる? と言われたら、ゴブリン5匹くらいは死にもの狂いになれば倒せるかも、程度だ。戦局は変えられそうにない。あとはお前をどうサポートできるかだが――」
「私は……私もやっぱり、多勢に無勢になると先ほどみたいにやられてしまうと思います。一発逆転できるとすれば……」
"ライトニングアロー"。
エロインが勇者学園で見せた、巻藁を貫いた聖術だ。かつて魔将を撃退した一撃というのも、これだという。
「――それなら、少し離れたところからでもとりまきを無視して魔将を狙い撃てます」
「有効射程は?」
「勇者学園での能力測定時にお見せしたように、70
「ピンポイントで狙える距離と、当たるかどうかはわからんが攻撃が届きそうな最大距離は?」
「確実に狙えるとなれば30
「なるほどな……」
再度地図に線を引く。
「140
「そうですね……」
「では、この距離で身を潜められそうな狙撃ポイントはどのあたりが考えられる?」
「うーん……」
エロインは天井に目をやり、脳裏に町の建物を思い浮かべる。
「ここと、ここと、ここあたりでしょうか」
ざっと3か所程度を指し示す。
「では、70
「……ここくらいですかね……」
「30
と、言いかけてやめた。とりまきのゴブリンが周囲に大量にいることが予想される。さすがにそこまで近づくと気づかれる可能性が高そうだ。
「140と70……どちらにしましょう?」
「それを決める前に、前提条件と制約事項を確認する」
「前提……制約?」
「そうだ」
前提条件は、たとえば『エロインのマナはライトニングアローを放てるだけの量を保っていること』といったもの。ある計画を立てる際の前提となっている条件を指す。
制約事項は、たとえば『エロインは狙撃の直前まで目を開けられない』といったもの。ある計画を実行しようとする際に、守らなければならない制約を指す。
「……つまり、前提条件を満たせていないと計画が根本から成り立たない。制約事項を守れないと計画の実行に支障をきたす、ということでしょうか」
「さすが飲み込みが早いな」
――
整理した結果は、以下のとおりとなった。
【前提条件】
・ライトニングアローを放てるマナがある
・狙撃を狙う距離内に、潜伏可能な建物がある
【制約事項】
・エロインは狙撃の直前まで目を開けられない。聖光芒の光に気づかれる危険があるため
・狙撃は屋内から行うこと。屋外では聖光芒の光や聖術詠唱時に発生する光に気づかれる危険があるため
・狙撃を外してはならない。必ず一撃で魔将を撃破あるいは敗走させる必要がある
「この条件と符合するのは……」
「70
外せば、その瞬間に雑魚ゴブリンがエロインめがけて殺到してくるだろう。二度目の詠唱の時間はない。チャンスは一度きりだ。
「覚悟はいいな。では……行くぞ!」
「はい!」
計画さえ決まれば、あとは迅速に実行に移すだけ。
二人は、覚悟を決めて家を飛び出した。
*
この雨と夜闇は、ゴブリンの気配や足音を消し、彼らのフィールドである洞窟内と同等の有利な条件を彼らにもたらしている。
だが、一つ洞窟内とは条件が異なる点がある。
それは、鼻の利くゴブリンにとって、洞窟内は"一方的に人間の匂いを感じ取れる"ということだ。だがこの雨ではそのアドバンテージは消え去る。
事実、真黒とエロインの2人が町中を突っ走っていても誰もその存在に気づくことはなかった。
一方、真黒も細心の注意を払って移動している。
最も問題なのはこの"聖光芒"とかいう無駄に光る目だ。夜闇では遠くからでも目立って仕方ない。真黒は目を瞑ったエロインの手を引いて走っていった。
*
2人は、民家の扉をこじあけて屋内に立ち入った。
現場に到着だ。
中では家人が息を殺して震えていたので、『大丈夫、自分たちは大通りで暴れているあの魔将を仕留めに来ただけだ。そのままそこで隠れていなさい』と声をかける。
もし万一のことを考えるなら、ここを離れろ、と言っておいた方がよいかもしれない。だがその選択はとらなかった。失敗した場合は、どうせこの家が危険どころの問題ではなく、勇者が無力化され、国が滅び、世界が滅ぶレベルの破滅が待っている。もはやそんな可能性は考えても仕方ない。
現状、付近にゴブリンがいないこの屋内にいたほうが、むやみに外へ出て敵と出くわすより危険は少ないのだから。
窓をわずかに開けて外の様子をうかがうと、想像通り城の前で魔将と王国兵団が激突中だった。
「よし……思った通りだ。エロイン、とりあえずお前の光が漏れないように布で覆っておくぞ。詠唱を開始しておけ」
「はい」
エロインは目を閉じたままその場に跪き、両手の指を組んで詠唱を始める。
――呪文の詠唱というより……これは祈りだな。
と、そんな感想を抱きながら布を両手に広げていると、大通りから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「見つけたぞ、魔将ォォォオオオッ!!」
猪が、敵の群れに突っ込んでいく。
エロインの体がピクリと跳ね、ありありと動揺が見て取れた。
「エロイン。己のやるべきことに集中しろ。お前の想像どおり、お義父様が魔将に向かって突っ込んでいった。だが今は"そんなことはどうでもいい"。今、お前の肩には世界の命運がかかっている。失敗は許されない。己のすべてをこの一撃にかけろ。他のことは何も考えるな」
外ではペールと魔将の咆哮が交互に聞こえてくる。が、真黒はそれを覆い隠すようにエロインに語りかけ続ける。
やがて、詠唱が完了した。
エロインの光り輝く目が、はっきりと見開かれた。
「女神よ――力を!!」
すぐさま布をまくりあげ、窓を開けに走る真黒。
と同時に、大通りにいるゴブリンたちは背後の建物から漏れ出てくる光に気づきだす。
だが、魔将はペールに気を取られておりそれに気づかない。
「ライトニング……アローーーーーッ!!」
エロインは空中に出現した光の矢に手をかざし、全霊の力をもって魔将へと射出した。
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