第14話 真夜中の殺戮

「あっはっはははははは! なにソレ、ダサーーーーーッ!」


 ぐでーんと腕を垂らし、机に倒れこんでいる真黒とエロインをクリームが笑う。


 ――俺たちの苦労も知らずに、コノヤロウ……


 と、忌々しげに睨む真黒。


「エロイン。隊員が退屈をしているようだ。雨が降る前に、訓練の相手をしてさしあげろ」

「はい」


 まだ夕方だというのに、すでに外は分厚い雲によって暗くなっていた。


 2人が部屋を出ていくのを見届けると、真黒は気を取り直してプロ計を改めはじめる。


 ――王もそこまで馬鹿ではなかったか。


 まぁ、この程度のリテイクは慣れたものだ。所詮は一晩でブチ上げた即興の計画。ツッコミどころがいろいろあっても仕方あるまい。


 ――王に指摘された点は、おおまかに3つ。


 ①武器をありもので何とかするなど、コスト削減の工夫

 ②実行部隊が10人必要な根拠の確認

 ③偵察部隊を組織しない場合の影響の確認


 まず、①。


 ――そもそも、ブロードソードが100ゴールドってなんだよ?


 なぜそんなに高いんだ? ペールでも2年の給料がないと買えないではないか。そういえば城で見かけた兵も誰もブロードソードなどは装備していなかった。


 "切れ味の良い"という形容詞がその肝か。この世界では、まだ製鉄技術が十分でないのだろう。おそらくまともな品は、職人が1年がかりとかそんなレベルで時間をかけて鍛えている。だから高い。今はさておき、いずれ改善してやる、と心に決めておく。


 さて、武器の準備についてはそもそも自分の現状認識は足りていなかった。いざとなれば騎士団長が貸し出してもよいと、ありがたい言葉は頂いたものの本当に必要か? と言われると、なくてもいいような気がしないでもない。


 能力測定の場でつぶさに観察させてもらったが、エロインの聖術の威力は思っていたより現実離れしていた。あの光の矢が魔将の胸に突き刺されば、あるいは一撃必殺という可能性もある。


 雑魚は木剣でも斃せるだろう。だが問題は敵の攻撃だ。エロインの防御力は確かに高そうだがそれはあくまで打撃耐性の話。敵が刃物を持っていたり、鋭い牙を持っていたら普通に傷つくと思われる。だが、ルドルフが矢面に立ってくれればそれもなんとかなるだろうか?


 なんとかなるかならないかがわからない。ここが②だろう。戦いに関して素人の自分と実戦経験の乏しいエロインだけでは根拠を作り切れない。


 ――お義父様の力を、借りるべきだったか。


 ペールなら、それなりの知識を持っていそうだ。


 *


 一方、エロイン。なんとなく水の匂いが濃くなってきた屋外で、隊員たちと訓練を行う。監視役で応募してくれた者にゴブリン役をやってもらい、ルドルフを先頭にした隊列で対応を試みるが、どうしてもクリームを守りきれない。


「へぶぅ!」

 監視役にタックルを受け、またクリームが地面に引き倒される。


「あっ……すまん」

「いたーい頭打った! ちょっとおっさん! あんた戦士でしょ! 守ってよ! 守りなさいよアタシをお!」

「そうは言ってもなぁ。相手が3人もいると、ほんの一瞬のスキをつかれただけで1人くらいには抜かれちまうよ」


「ていうかアンタら集中的にアタシを狙いすぎなのよ! なんなのこれ! 新人潰しィ!?」

「いえ……ゴブリンは知能があります。後衛を狙ってきます」

 エロインが深刻な顔で話す。これは経験談だ。


 これはいわばサッカー。いわばラグビー。ボールを持っているのは、常に後衛の魔術師や法術師だ。ゴブリンは他の者には目もくれず、一目散にボールを持っている者を狙って倒しに来る。


「人間は体が大きいのでまだ止めやすいはずです。本番ではもっと小さいのが、わずかな隙間を潜り抜けてズブリ……ですよ」

「ヒェッ……」

 

 そうこうしているうちに、とうとうシトシトと雨が降り出した。


 *


 訓練を切り上げたエロインとクリームが家に上がると、母、メアが出迎える。

「おかえりなさい、私のかわいいエロイン。お風呂沸かしておいたわよ。入ってきなさい」

「わぁ、ありがとうお母様」

「いぇーい。一緒に入ろー、えーりん」

「え……えーりん?」

「そっ。えろいんって言いにくいから、えーりん」

 愛称で呼ばれたのは初めてである。口元がムズムズするのを抑えられない。


 *


 浴場。


「おーっ、なにこれ、広いじゃん。家も大きいし、アンタも貴族なの?」

「も?」

 恥ずかしげもなく全裸で浴場に仁王立ちするクリーム。

 エロインは、その言葉の端が少し気になった。


「そっ。いやー実はアタシも貴族だったんだけどねーぃ。これが魔物にやられちゃってさー。今や宿に泊まる金すらない浮浪者よー」

 あっけらかんと話す少女。しかしそのやせ細った体や闇魔術を使うようになった経緯を想像すると、エロインは愛想笑いすらできなかった。


 体を洗い終えて、湯につかり。

 一息入れてからぽつりと答える。

「ウチは……昔は貴族だったらしいのですが、今は違います」

「どゆこと?」


「貴族は領地を治めなければなりません。守れるのは領地だけになります。だから私が勇者として覚醒したとき、お父様はその葛藤の末に爵位を返上したのです」

「まぁ、弱き民衆の味方ってのが救世主サマの立ち位置だしねー。いぱーんじんのほーが都合がいいかもねー」

 と、言いながらクリームの視線は徐々にエロインの肢体に向けられていく。


「ところでえーりんはシャチクのこと好きなの?」

「ゴボッ!」

 何の脈絡もない一撃。エロインはずるっと滑って湯の中に沈み込んだ。


「い、いいいきなり何を言うんです、グリュンディングさん!」

「おいおい。アタシがえーりんって呼んでんのにそりゃあないでしょー。クリームと呼べ、クリームと。クリちゃんとかでも可」

「じ、じゃあクリームさんで……」

「お堅いねー。ま、それで手を打つわ。で、どーなの?」


「ど、どうって……私の知らないことをたくさん知ってて、頼りになって、厳しいけど優しいところがステキだなとか、普段は無口なのに説明するときはおしゃべりになるところとかカワイイなとか思いますけど、好きとかは……ブクブクブク」

 口を湯に沈めて口ごもる。と、そこで一つ気になった。ザバッ、と立ち上がって問う。


「クリームさん……どうしてそんなこと聞くんです?」

「んー……アタシが気になるからかな、アイツのこと……なんか……感じるんだよねー……」


 ――アイツはアタシと、同じ匂いがする。心を闇に支配された、真っ黒で、孤独で、虚無な生き物。人を拒絶し、己を拒絶し、世界を拒絶している。


 ――実に、興味深い。


「か……感じる? な、何をです? っていうか、馴れ馴れしすぎますよクリームさん! いきなりファーストネームで呼ぶなんて! 私だってまだ呼べていないのに……」

「ははは。アンタもシャチクって呼びゃーいーじゃん」

「シ……シ……シャチ……シャチ…………」


「ムリですぅ~~~~!!」

 エロインは真っ赤な顔を覆いながら、ざぱーん、と湯に沈んだ。


 *


 その後も雨が降り続ける中、夜闇はどんどん濃くなってゆく。


 雨音以外何も聞こえない、何もかも眠ったかのような静寂。少人数の見張りと門番だけが気を張り続けている。


 そんな中、コツン、コツン、と、石が投げつけられているような音が雨音に混じって聞こえてきた。


「……ん? 何だこの音は……?」


 ――見えない。


 門下に備えたかがり火の他、闇を照らすものは何もない。門番の一人が、松明を手に様子を見に行く。


 その門番は、そのまま帰ってこなかった。


「……おい。 ……おい、どうした? 返事をしろ!」


 門上の見張り2人と、門下の門番1人。彼らがいなくなった門番の方に気を取られていると、その逆方向に、緑色の大群がかがり火に照らされ影を揺らしていた。


 *


 レジェンダ邸。


 エロインが寝室でスヤスヤ眠っていると、その扉が静かに開き、雨音に紛れてピチャピチャと小さな足音が鳴る。


「……?」


 違和感を感じて目を開けた時には、ベッドをぐるりと囲んだゴブリンの一匹が、今まさに石斧を振り下ろそうとしていたところだった。


 ボフッ、とベッドに一撃が入る。


 すんでのところで躱したエロインは、そのまま部屋の中を転がって壁に立てかけた木刀に手を伸ばすが、少女が手に取るより早くホブゴブリンがそれを取り上げていた。


「あっ……」


 バキィ、と、ホブゴブリンが振り下ろした木刀を肩に受ける。


「ぐっ!」


 ひるんだところを、周囲に群がった小鬼の群れに四方八方から斧で裂かれ、槍で刺し貫かれた。


 ――なに、これは……どういうこと……!?


 グチャグチャにやられながらも、何が起きているのかを考えようとする。

 おかしい。あまりに町が静かだ。まるでゴブリンが町に侵入したことを誰も知らないかのように――


 ふいに脳裏に、夕方自分が言った言葉が甦る。


 ――ゴブリンは知能があります。後衛を狙ってきます。


 違う。ゴブリンは後衛を狙うのではない。"要"を狙うんだ――!!


 つまり、今この時、魔将ゴブリンを倒しえる"要"は自分。

 小鬼どもはその"要"を破壊すべく、わき目も降らず一直線にこの家へと急行していたのだ。


 小鬼たちが去ったあとには血の海の中、誰かわからぬほどに変わり果てた姿のエロインが力なく横たわっていた。


 ――


 いつでも撤退できるよう、慎重に町の入り口で待っていた魔将ゴブリンは、小鬼の任務達成の報告を聞くといよいよ歪な笑いを抑えきれなくなった。


「ゲギャ……ゲギャギャ…………キャーッキャッキャッキャッキャッキャ!!」


 ――勇者ヲ、仕留メタ。


 他の強力な魔将たちに追いやられてこんな辺境で細々と暮らすハメになり、あまつさえそこには勇者がいるという最悪の状況だったが、ようやく風が向いてきたようだ。


 勇者はまたどこかで覚醒する。次代の勇者がどこで生まれるかは知らないが、少なくともここではないどこかだろう。


「全軍……思ウガママニ、蹂躙セヨ!」

 魔将はGOサインを出した。


 元来、ゴブリンは洞窟の中でひっそりと暮らしているため、夜目が利く。さらにこの雨天は気配を消し、洞窟の中で奇襲を行うのと同等の有利な条件を自分たちに提供してくれる。


 条件は有利。勇者は殺し、未だ人間どもは誰一人として自分たちの侵入に気づいていない。


 ――勝利ハ、確実ダ。


 *


「ギャーッ!!」

「イヤアアアアア! 助ゲ……ゴバッ!」

「マ゛マ゛ァァァァァッ!!」


 そこかしこで阿鼻叫喚の声が上がり始め、やがて凶行が雨音でも隠しきれなくなる。


 にわかに兵どもの巣があわただしくなり、隊列を組んで駆けだしてくるがもう遅い。ゴブリン軍の先頭には無敵の魔将が立っているのだ。


「で……でけェ……!!」


 兵が驚愕の瞳でその巨体を見上げる。


「ぱぎょっ」


 次の瞬間には、魔将の振り下ろした丸太の直撃を受けペシャンコにつぶれた。


 持ち手を少し細く削っただけの、巨木の幹。こんなものは防御力云々関係なしに、人間が受けられるような攻撃ではない。


 慌てた兵士たちが火のついた弓を射てくるが、どれも魔将の体を傷つけることはできず、ポキポキと折れて地面に落ちてゆく。火も雨ですぐに立ち消えた。


 ――圧倒。これが、魔将の強さである。


 *


 そのころ、レジェンダ邸では――


「あ……あ……あぁぁ…………!! エロ……イン…………エロイイイイインッ!!!!」


 ペールが号泣し、メアが気を失う。


 真黒は放心状態でその場に立ち尽くしていた。


 ――想定外だ。どうして、こうなった? ゴブリンどもは、月に一度来るのではなかったのか?


 読み違い。


 魔将は、勇者に傷つけられて慎重になった――これは、合っている。


 だが、魔将は勇者に恐れをなし、自身は洞窟に引きこもりながらただ意味もなく配下のゴブリンに町を攻めさせていた――これは、誤りである。


 魔将は、町への潜入方法と、勇者の家がどこにあるかを、調べていたのだ。


「クソッたれが……!!」


 どうしようもない怒りが真黒の全身を駆け巡った。

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