第13話 やりなおし。

 プロジェクト開始2日目の収穫は以下のとおりだった。


 【隊員募集】

 ・実行部隊隊員……ルドルフ、クリームヒルト含む3名

 ・偵察部隊隊員……なし

 ・監視部隊隊員……3名


 【資金調達】

 ・民間から調達……変わらず、見込みなし

 ・教会から調達……勇者像建設計画を司教にて検討中

 ・王国から調達……未着手


 その夜。


 レジェンダ邸客間にて、エロインと明日の作戦を練っていると、窓をノックする者がいた。真黒が応じて窓を開けると外にはクリームヒルトが立っており、『やほー』と、気安く右手をあげている。


「これはクリームヒルト殿。こんな夜更けにどうしました?」

「えーそんな他人行儀な。これから一緒に戦う仲間なんだし、クリームでいーよ、クリームで」


 クリームはそう言うと、無遠慮に窓をよじ登って室内に侵入した。


「お、おいおい」

「まーそう固いこと言わずに。ヘプチ! 外寒くてさぁ」 

「野宿をされていたのですか? それは気が利かず申し訳ありません」

 まだ資金がないので、今日のところはいったん解散ということにしていたのだが、まさか今日泊る宿すらない者がいたとは。


「エロイン、今日だけいいかな? ご両親にも断りを入れておいてくれるか」

「はい、わかりました」

 部屋を出ようとするエロイン。その背に声が投げかけられる。


「ふーん、アンタが勇者様? なんだか冴えないわねー。まっ、ひとつヨロシクー」

「あっ……こちらこそ、よろしくお願いします」

 エロインはペコリと頭を下げると、部屋を出て行った。


「おい、何だその態度は。無礼ではないか」

 真黒が諫める。が、少女は気にも留めない。


「はー? アンタこそタメ口だったじゃない。それにアタシは女神教信者じゃないからね。勇者だのなんだのなんてどーでもいーの」

「はぁ……? だったら、どうして応募を」

「フフン。アタシにはアタシの目的ってもんがあんのよ」

「あっそ……」

 真黒はそれきり黙ってしまう。


 クリームは意外そうに目を丸めた。


「ちょいちょい。そこは、目的ってなんだ? とか、アタシの出自が気になったりとか、すべきところじゃない?」

 言いながら、ズズイと距離を縮めてくる。

 真黒は、それに対応して一定の距離を保つように離れる。


 それに気づいていないのか、気づいていても気にしていないのか、構わずまくし立ててくる。

「わーお塩対応。アンタ、モテなそー。ね、アンタどっから来たの? この国の出身じゃなさそーよね。アタシ? アタシは――」


 ――こういう人間は、苦手だ。


 真黒は、高校時代に野球部に所属してはいたが、いわゆる陽キャではない。むしろ真逆の人間だ。


 チームメイトと苦楽を共にし、血と汗と涙を流し、栄光を勝ち取るとか、そんなサクセスストーリーにはまるで興味がない。


 彼の興味は、単に打って、投げて、走るのが楽しいということ。黙々とトレーニングを積んで、昨日より1秒早く。昨日より1m遠く。昨日打てなかった球が打てるように。ただその積み重ねに向けられていた。


 チームプレイが下手だったのでレギュラーにはなれなかったし、部内でも浮いたキャラで友人も少なかった。たまにこのクリームのようなノリでグイグイ距離を詰めてくる者もいたのだが、詰め寄られれば詰め寄られるほど、真黒の心のバリアは頑強になり侵入を拒むのだった。


「お待たせしました!」

 と、そこへ救世主が現れる。


「グリュンディングさん、お部屋を用意しましたので、こちらへどうぞ」

「えー、一人はさみしーい。アタシここでいーよ」

「ダ……ダメです!」


 エロインは『えー、どしてー?』と、不思議そうな顔をするクリームの背中を押して部屋を出て行った。


「はぁ……助かった」


 明日は、場合によってはタフな戦いになりかねない。前日のうちから精神力を削り取られるのはまっぴらゴメンである。


 ――司教には、明日中に結論を出すように頼んでおいた。


 もし快諾してもらえるなら、資金問題はあっという間に解決だ。だが、ダメな場合は……


 *


 LC1426年3月11日――


「あ゛~~~~~っ! 逸注したぁ~~~~~!!」


 予想というものは、えてして悪い方に転がるものである。

 真黒はバリバリと頭を掻きむしりながら、客間の机に突っ伏した。


「どしたの、コイツ?」

 クリームが珍妙な生物を見るような目で真黒を指さす。


「教会に商談を持ち掛けたのですが、うまくいかなかったようで……うぅ、すみませんマクロさん。私の力が足らず……」

「? なんでアンタが謝るの?」


 司教には2つ、不安な点があった。1つは真黒にも言った通りの、費用面の不安。もう1つが、効果面の不安である。


 勇者とはいえ、エロインはまだ何の実績もない小娘。司教もまさかそれを口に出して言うわけにはいかなかったが、心が動くには力が足りなかったようだ。


「仕方ない……最後の手段だ」

「王様……ですね」

 できれば会いたくない相手だ。2人とも若干げんなりした様子でため息を吐いた。


 *


 昨日までの晴天とは打って変わって曇り空。午後になるとますます雲が濃くなり、雨が降りそうな気配が漂ってきた。


 真黒たちは足取りも重く、再び城へと赴いていた。


 受付を済ませて順番を待つ。できるだけ後にしてくれ、と内心思いつつも、勇者特権により割り込みが発生し、直後に順番が回ってくる。


「勇者様、どうぞ」

 と、兵士から声がかかる。


「よし……覚悟決めて、行くか!」

「マクロさん……ファイトです!」

 緊張で汗ばむ手をエロインが握る。少しホッとし、上ずりそうな声が元に戻った。


「おう……行くぞ」


 *


「また貴様か。此度は、何用か」


 謁見の間。王は眼下に跪く忌々しい人物に、吐き捨てるように言った。


「はっ。魔将ゴブリン討伐の計画書を持ってまいりました。つきましては、陛下に御承認いただきたく存じます」

 真黒が答え、脇に抱えたプロジェクト計画書を両手で差し出す。


 大臣からそれを受け取り、王が目を通す。これまでの経緯や目的、選択する手段などをふむ、ふむと読み進めるが、次第にその顔色が変わってきた。


「ろ……626ゴールド……だとぉ!?」

 血管がピキピキと浮き上がる。


 想定内の反応だ。なにせ王は当初、勇者に木剣と20ゴールドだけ渡してそれでなんとかさせようとしていたのだ。相談しだいで100ゴールドくらいまではなんとか出させられたかもしれないが、さすがに626ゴールドは王の想定をはるかに超えているだろう。


「どうも貴様には現状認識が足りていないようだな、マクロとやら」


 恒例の恫喝の怒鳴り声を覚悟していた真黒は、王の次の一声が予想と異なり、少し驚いた。


「こんなモノが計画書だと? 笑わせるでない」

 パラパラと、足元に計画書を投げ捨てる王。


 ――マクロさんが、寝ずに作った計画書を!!


 エロインの顔色が変わるが、今度は真黒がそれを制した。以前とは逆の立場だ。


「理由を、伺ってもよろしいでしょうか」


「ふむ……貴様、以前は大層な極論を兵どもに言い放ってくれたな」


 ――王が命ずれば、兵はたった一人で敵国を滅ぼさねばならないというアレか。


「意趣返しというわけではないが、儂も一つ言っておこう。無限に金をかけていいというのであれば、こんな計画書なんぞなくとも、ゴブリンごとき誰でも斃せる」

「……!」

 王のいわんとするところを察し、真黒が唇を噛む。


「詳細は濁すが、我が国の防衛費は年間数万ゴールドといったところである。我々はその限られた資金の中で兵をやりくりし、日々襲い来る魔物を撃退し、ねぐらを見つけて掃討しているのだ。いかに勇者にしか斃せぬ魔将がいるとはいえ、ゴブリンのねぐら1つに防衛費の何%もかけていては国が亡びるわ!」


 これが、視野の広さの違いである。真黒と王では、モノを見ている高さがまるで違っていた。


「……仰ること、ごもっともでございます。しかし陛下。勇者は今回が初めての魔将討伐。できるだけのバックアップをしてやるべきではないでしょうか。次回以降も同じとは言いません。今回得た経験をもとに、必ずや次回、次々回は効率化を……」

「100ゴールドじゃ」


 真黒の言葉を、王が遮る。


「どう高く見積もっても100ゴールドが限度。この中でどうやりくりするか、見直してまいれ」


 やはりそこをラインにしてくるか。だが、簡単には引き下がれない。


「陛下。100ゴールドでは切れ味の良いブロードソード1つ購入できません。魔将は5エタップにもなるという怪物。木剣で殴打したところで致命傷になるとは思えません」

「言ったはずじゃ。あるものでやりくりしろと。ブロードソードは騎士団長が所持しておるものが最も品質がよい。どうしてもというならば討伐の当日だけ貸し出してもよかろう。儂はそういう工夫をしろと言っているのだ」


「傭兵を雇う金も――」

「10人必要な根拠はなんじゃ?」


「事前に偵察をしておかなければ――」

「洞窟に居ない場合は何が起きる? 偵察・監視部隊を雇うのに100ゴールドかけるより、洞窟に居ない場合の追加費用が10ゴールドで済むというのならそちらのほうがマシだ。まずそこを明らかにせよ」


「…………」


 もはや、言えることは何もなくなった。

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