第12話 漆黒の赫子

 LC1426年3月10日 正午近く――


「勇者の像を建てましょう」

 教会を訪れた真黒は、司教に対してそう提案した。


「像……ですか?」

「えぇ。こちらをご覧ください」

 真黒が提示したのは、もう一つのプロジェクトの提案書。ゴブリン討伐プロジェクトとは別に、エロインに指示して書き写してもらったものだ。本当にすまない、お義父様。いつか紙代は支払うから。


「これは……」

 唸る司教。そこには、数値データが事細かに書き記されていた。


 このプリマレーノとその周辺地域における、現状の女神教の信者率と平均寄付金額を街頭アンケートのサンプルから全体類推。勇者の像を各地に建てた場合、どれほどの寄付金増につながるかが実に魅力的にプレゼンテーションされている。


 司教の目が躍る。


 教会に金を出させるアテ。それは、この勇者像建設計画である。職人たちが数年がかりで各地に建設する大規模な計画。うまくいけば、今すぐ700ゴールドほどが手に入る計算だ。


 ――が。問題はやはり費用。資料には、"建設はこちらで選定した業者にて一括で請け負います"、"総費用の10%を、頭金として支払っていただきます"の文字がある。それを見た司教の表情が渋くなる。


「誰が着手するかわからない工事で、先払いですか……? もし工事が完成しなかったら、どうするのです?」

「理由によります。我々の有責であれば返金いたしますが、魔物による襲撃など、やむを得ない事由による場合は返金しかねます」

「ふーむ……」

 司教は眉間にしわを寄せて考え込んだ。

 

 *


 午後、勇者学園のグラウンドで応募者の選考が始まる。


 グラウンドには、昨日よりさらに人数が増えて、合計12人が来ていた。予定通り、真黒が憎まれ役を買って出る。


「えー……勇者様とともに世界のために力を使いたいと集まって下さった有志のみなさま。まずは厚くお礼申し上げます。そして昨日応募くださった5名の方にはお詫びせねばなりません」

 昨日集まった5人が不安そうな顔をする。


「昨日は寛大な御心により、勇者様は来る者は拒まずの姿勢をとっておられました。その勇者様の慈悲深き御心は今も変わっておりません。が、マネージャーである私がそれを拒否させていただきます」

「そんな……あなたに何の権限があって!」

 一部の応募者が抗議の声をあげるが、真黒は謝罪の意を示しつつも、ごく淡々と論理的に、なぜ能力の足りない者がついてきてはいけないかを説く。


 併せて、十分な能力を持つ者には相応の対価を支払うこと、ゴブリン討伐はほんの足掛かりにすぎず、今後もこういった活動は続けること、そして、勇者様は神聖な存在だが、ここは現世。現世で動きを取りやすくするための仕組みを作ってサポートする必要があることを説いた。


 それを聞いても反論できる者は、いなかった。ようは能力選考をクリアし、採用されればいいのだ。あとは文句を言うより、力を示すだけだ。


 まずは、昨日最初にエロインのもとへと現れた36歳のルドルフ。


 能力測定は、ほとんどの項目において真黒と同レベルかそれより低いくらいだった。


「ふーむ……あの男は、少々厳しいかもな」


 ――やはり、36歳というのは、この世界ではロートルなのだろうか。


 真黒のつぶやきを聞いて、エロインは目を瞑って祈る。


 ――お願い、合格して、ルドルフさん!


 会話をした中でも、ルドルフの人格者ぶりは際立っていた。エロインとしてはぜひ一緒に旅をしたいと思う。


 最後に、防御力のテストとなる。教師が『いかほどで?』と聞くと、ルドルフはフッと笑い、『殺す気で来てください』と言いながら鎧とインナーを脱ぎ捨てる。


 すると、その下には無数の傷が刻まれた見事な肉体が現れた。


 ――これは……生半可な経験値ではない。


 一目でそれがわかる。


 念のため治療班が待機する中、教師が拳に気合を込め、エロインに放ったものを凌駕するほどの一撃を加えた。


 ガァァアン、と、すさまじい打撃音がグラウンドにこだまし――


「痛ったぁ……!!」


 と、声をあげたのは教師のほうだった。鋼のような肉体を殴った拳の方が折れたようだ。治療班はルドルフではなく、教師の方を治すことになった。その防御力は、エロインを超える驚異のS評価である。


「わぁ……すごい! ね、マクロさん!」

 両手を合わせて歓喜の声をあげるエロイン。


「あぁ……こいつぁ、文句なしだ」

 ルドルフの採用が決まった。


 そのあと数人、平凡な能力の者の選考が行われ、真黒は儀礼的に『残念ですが今回はご縁がなかったようです。今後のあなたのご活躍をお祈り申し上げます』などと言うことになる。


「ふぅ……」


 ――役割とは言え、あまり気分のいいものではないな、こういうのは。


 ため息をついていると、次の選考対象者が入場した。


「お……?」


 思わず、目が引かれる。


 その者は、いかにも魔術師という暗い紫色のローブを身にまとい、小さな体に不釣り合いな魔術帽子をかぶっている。エロインの桃色の髪も珍しいが、その者も実に珍しい、緑色の髪。それが地面につかないかと心配になるほどの長さでゆらゆらと揺れていた。


 さらにもう一つ心配なのは、その線の細さ。歳はエロインと同じくらいだろうか? だが程よく肉付きが良いこの子とは違い、その者は自重さえ支えられずに今にもポッキリと折れそうであった。


「彼女は?」

「えっと……今日応募くださった魔術師で、クリームヒルト・フォン・グリュンディングさんという方です」

「貴族?」

「さ、さぁ。よくは聞いていませんけど」

「歳は?」

「15歳……だそうです」

 やけに興味ありげに聞いてくる真黒に、エロインは少しだけ頬を膨らませた。


 そんな少女の小さな嫉妬をよそに、クリームヒルトは試験に臨む。


 見た目通り、近接攻撃力や物理防御力、敏捷性といった肉体的な能力に関しては皆無に近かった。7KEキロエタップ走に至っては、1KEキロエタップすら走り切れずにリタイアというありさまだ。


 少女はゼェゼェと息を切らせながら、教師に差し出されたドリンクを飲んで一息入れる。


 数分待って、ようやく魔術面の試験を開始した。


「それではクリームヒルトさん、始めてください」

 真黒がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに少女は不敵に笑う。


「深淵にて蠢く漆黒の赫子へ我命ず。子宮破りて其の禍々しき影、此に顕せ!」


 物騒な詠唱とともに、地面が黒く染まったかと思うと、ぬるりと黒い球体が現れた。


「カスティーナ・グラビティ!」


 叫びながら、巻藁に向かって杖を振る。球体は少女の動きに連動してギュン、と飛んでいき、巻藁を容易く喰い破るとそのまま地面に潜って消えていった。


「おぉ~……」


 一同が驚きの声をあげる中、真黒はエロインに問う。

「みんな驚いてるな。凄いのは凄いと思うが、そんなにか」

「え、えぇ。凄いですし、珍しいですね。闇属性ですよ」


 魔術とはそもそもマナに自身のイメージを伝え、具現化するものだ。人間は元来、闇を恐れる生き物であり、相性が悪い。通常魔術師は1つか2つの属性を選択し、その属性を追求して極めていくものらしいのだが、この少女はよりによって闇属性を選択したという変わり者のようだ。


 ぱっちり大きな目のエロインとは、これまた対照的なジトッとした目をさらに細めつつ、どうだ、と少女は胸を張る。真黒はひとつ疑問を投げかけた。


「えー、クリームヒルトさん。お見事な魔術です。一つ質問させてください」

「なによ」

「その詠唱は縮められないのですか?」

「え゛ーっ!?」


 どこから出たのかと驚くほどの大きな声をあげると、少女は怒り心頭で真黒に詰め寄ってくる。

「アンタ何にもわかってないわね! 理解できなかった!? 一連の所作の美しさを! 芸術点の高さを! そもそもアタシは――」

 と、ギャーギャー喚く少女のローブはパーティドレスのように胸元が開いている。そこからチラチラとモノが見えているのだが、こんな肉付きの悪い子供相手では全く興奮しない。


 死んだ魚の目でされるがままに揺すられていると、エロインが間に割って入った。

「はーい! まぁまぁ落ち着いてくださいな。できないなら無理にとは言いませんので!」

「ムッ……だれが出来ないと言いました?」


 少女が改めて杖をかざし、叫びながら振り下ろす。

「漆黒の赫子ッ!」

 その声と共に再び球体が地面から飛び出して巻藁を引きちぎった。


「これで、文句ありませんね?」


 クセが強そうな子供だが、実力は伴っている。やれやれと首をすくめながらも、真黒は採用を決定した。

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