第7話 覚悟は決まった

「け……結婚!?」


 いきなり何を言い出すのか、この子は。真黒は意味がわからず、目を白黒させる。一方、周囲の者たちは彼女の言わんとすることを理解し、気勢がそがれた様子である。


「……それは、真か。勇者よ」

「……はい」

「その場しのぎは許されんぞ」

「……はい」


 王は大きなため息を吐くと、ヨロヨロと玉座に戻って座りなおして言った。

「なら、もうよい……下がれ」

「はっ……本日は大変、失礼いたしました」


 真黒のもとへ歩いてきて手を差し伸べるエロイン。

「さ、帰りましょう。マクロさん」

「エロイン……お前、いったい何を?」

 舌を出して困った笑顔を見せただけで、少女は無言で真黒の手を引いた。


 さきほどとは打って変わって、シーンと静まり返った室内を静かに退出していく2人。部屋を出る間際に、背後から王の声が響いた。

「勇者よ!」

 小さく振り返るエロイン。


「難しい時は相談に来るがよい。必要な物は出来る限り用立てる」

「はっ……深き御心に、感謝いたします」

 ペコリと礼をすると、部屋を退出した。


 *


 城を出ると、すっかり日が落ちて辺りは暗くなっていた。


 しばし無言で通りを行く2人。やがて再び少女の背が震えだし、そして大きく泣き出してしまう。勢いよく抱きつかれた真黒は、勢いで民家の壁に背を打ちながらその場に座り込んでしまった。


 特に何も言わず、無言で背中をトントンと撫で続ける。


 ――勇者だなんだと言われても結局、年端もいかぬ少女なのだ。


 自分が14歳のころはどんなだっただろうか。将来のことだの世界のことだのは考えたこともなかった。学校の授業は適当に聞き流し、下校後は友人とバットを振り回して日が暮れるまで遊んでいたか。


 大人になった自分でさえ、あの社長の恫喝には精神を病んだものだ。それをこの歳で受ければたまったものではあるまい。王への怒りが再燃してくるが、城での自分の態度を反省し、こらえる。ビジネスにおいて、忍耐は重要だ。


 どのくらいそうしていただろうか。ようやく落ち着いたエロインは真黒から離れ、真っ赤になって恐縮しだした。

「ご……ごめんなさい。情けないところをお見せしまして……」

「いや……俺の方こそ、迷惑をかけた。さっきのは、どういうことだ? なぜ王は矛を収めた?」

「それは……私が勇者だから、です」

「意味がわからん。わかるように話せ」

「す……すみません。その……私の家族は、私と同じような扱いを受けることになっているのです」


 ――なるほど。


 勇者の両親は、また優れた子を作るかも知れない。そして勇者と夫婦となる者もまた、次代の勇者を作るかもしれない。だから無碍に処罰することはできないということか。


 とっさに自分を救うためにそんな大事な決断をさせてしまったとは、あらためて自分の軽率さに腹が立った。


「クソッ……」

「ご、ごめんなさい……勝手なことを言って。嫌ですよね……」

 アセアセと縮こまっているエロイン。


 ――どうしてお前が恐縮しているのだ。


「それより、最後に王が言っていたこと。あれは大事なことだ。ゆめゆめ忘れるな」

「最後に王様が仰っていたこと……ですか?」

「そう。難しい時は相談しろ、といっていたろ。王は問題外だが、お前にも改善すべきところはあるんだぞ。こんな資金じゃ戦力を整えられません、というときは、そう王に言うべきだった」

 ビジネスでも、上司があいまいな指示しか出さないことはよくあることだ。できるかどうかを検討して、計画に無理があれば申し出ること。報告・連絡・相談――すなわち報連相は基本中の基本だ。


「でも……王様は怖いので……」

「そういうときは、俺を使え」

「えっ……?」

「俺が代わりに伝えてやる」

 そりの合わない上司はいるものだ。どうにもならないときは配置を変えてもらうしかないが、当座をしのぐには、仲の良い同僚にお願いして、間に入ってもらうとか――そういう手を使うのもアリだ。


「マ……マグロさんんんんんんっ!!」

 エロインは感激して、また泣き出してしまった。


 ――誰がマグロさんだ。


 *


 エロインは疲れ切っていた。それ以上行動するのは難しいと判断し、兵の詰所へは行かずに彼女の家へ行くことにした。


「ただいま帰りました」

 エロインがそう言うと、奥から妙齢の女性が出てくる。

「おかえりなさい、私の可愛いエロイン。あら、そちらの方は……?」

「シャチク・マクロさんです。えっと……わ、私の夫となる方です!」

 あらあらまぁまぁ、と、妙齢の女性が頬に手をやる。真黒は『いや、こういうことでして……』と、事情を説明した。


 ダイニングルームに通され、夕食をご馳走になる。


 ――どうやら、この方は母君で、メア、というらしい。


 メアは、一見すると年の離れた姉に見えるほどだった。歳にしておそらく30前後。一方、その母君の隣に座る男性は兄に見えなくもないが、おそらくこちらも30前後といったところだろう。なるほど、これは『お父様と同じくらいか』と言いたくなる気持ちもわかる。


 そういえば、昼間に広場で見かけた子供連れの主婦たちも、やけに若い人が多かった気がする。


 早婚は文明の未発達を意味する。教育を受ける機会が少ないので単純な労働しかできない。単純な労働しかできないから、男の体力がモノを言い、女性が社会進出できない。社会進出できないから、早くに結婚するしかない。寿命が短いから、早くに子を成す必要があるという側面もあるだろう。


 そんなことを考えていると、エロインの父が額をピクピクさせながら問う。

「初めまして、マクロ殿。私、父のペールと申します。失礼ですが、お仕事は何をされているのでしょうか?」

「仕事……ですか。今は何も」

「ほぉ~……? では、どうやってこの子を養っていくおつもりで?」


 ――面倒臭い。


 ちゃんと経緯は説明したのに、何をいちいち噛み付いてくるのか。確かに形式上は夫婦ということになってしまうのかもしれないが、別にペーパーカンパニーくらい、問題でもあるまい。


「失礼ですが、では御父上、あなたの稼ぎはいかほどで?」

「ち、ち、ち、う、えぇぇぇぇ!? 貴様に父上と呼ばれる筋合いなどなーーーいっ!!」

 ガシャーン、とお椀を投げつけるペール。が、『何をしているのかしら、あなた?』と、隣から放たれる殺気に、蛇に睨まれた蛙のように縮こまってお椀を拾いに行く。


「お父様はお城の兵士です。月のお給料はだいたい5ゴールドくらいです」

 と、エロインが耳元でこっそりと教えてくれた。


 ――5ゴールドか。随分とエンゲル係数が高そうだ。


「5ゴールドではないっ! 5ゴールド75シルバーだっ! どうだマクロとやら! 家族を支えるには、これだけの稼ぎが必要なのだ! 貴様にそれが出来るかっ!?」

 耳聡く聞きつけたペールが胸を張ってそう言う。


「そうですね……御父上のおっしゃる通りです。私には、ここで同じことが出来る保証は全くありません」

 ペールはチッ、と舌打ちしながら聞き返す。

「父上じゃないと言っとるだろうが……同じこととは?」

「私がもと居た国と同じこと、です」

「ほ~……言ってみろ。もと居た国では何をしていたと?」

「会社員という職業についておりました。低賃金でお恥ずかしい限りですが、月収は約20ゴールドといったところで」

「に……20ゴールドぉぉおお!?」

 椅子に座りなおしたペールが、その椅子ごと後ろに倒れこむ。忙しい父君だ。


 まぁ、すごーい。お母さんも惚れちゃいそうだわ、とふざけるメア。

「ま、まぁそれでも何かやらかしたか、その国を出てきたわけだろう? 過去の栄光にすがってもな? 男たるもの、これから何を成すかだしな?」

 ペールは焦ってマウントを取ろうとしだす。なんとも滑稽なことだ。


 ――これから何を成すか、か。


 自分には戦うことはできない。自分にはそんなスキルはない。自分にできること――そんなことは決まっている。


 ビジネス、だ。

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