第6話 社畜vs国王

 堀にかかる橋をギシギシと渡っていく。


 謁見の帰りだろうか。馬車を引きながら城を出ていく商人などとすれ違う。


 歩きながら、エロインがぴょこんと前屈みに顔を出し、真黒の様子を伺う。

「お城は広いですが、どのあたりを見てみたいですか?」

「……そうだな。せっかくだから、謁見したい」

「え……謁見ですか?」

「ダメだろうか」

「できると思いますが……」

「では、いいな」


 城に入ると、正面に受付があり、そこには兵士が座っていた。机の上には帳簿が開かれている。


「あの、これから国王陛下への謁見をお願いできますでしょうか」

「これは勇者様! 今、前の者が入っておりますので……大変恐縮ですが、この次の順番でもよろしいでしょうか?」

「あっ、はい。全然大丈夫です」

 兵士が帳簿に書き込む様子を眺めていると、10人ほど記載があるところの間に割り込んでエロインの名を記載しているように見受けられた。ロビーを見渡すと、他にも数人、謁見待ちと思われる町人が自分の名を呼ばれるのを待っている様子だ。


 数分待つと、『勇者様どうぞ』と、お呼びがかかった。階段を上り、両開きの戸を開けて兵士が待つ謁見の間へ進む。


 そこには、町で見た教会よりよっぽど荘厳な光景が広がっていた。


 天井は教会よりもさらに高く、何十メートルあるのか、玉座は遠い。豪奢なレッドカーペットがまっすぐにそこへと伸びており、上を歩くのが憚られる。脇には一定間隔ごとに近衛兵が直立不動の姿勢で立っており、玉座の前にたどり着くとこれまた真っ赤なマントに身を包み、眩いばかりの黄金の王冠を頭に乗せた国王が、同じく金ピカの玉座に鎮座する姿が目に飛び込んできた。


 ふと隣を見ると、エロインが跪いている。つられて真黒も同じ姿勢をとる。


「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」

「よい。面を上げい」

「はっ」

「して、今日は何用か」

「はっ。この者――シャチク・マクロが陛下への拝謁に賜りたいと」

「む……その者は?」

 エロインの頬を一筋の汗が伝う。


「……ニーア洞窟で不覚をとりました。危ういところをたまたま通りがかり、救われましてございます」

「何……?」

 国王は少し前のめりになると、『ハァ……』と、ため息をつきながら深く椅子に座りなおす。


「"魔将"は討ち取れなんだということじゃな」

「はっ……」

「なんと不甲斐ない。世界にはもっと強力な魔将がウジャウジャいるというのに、ゴブリンの魔将ごときにこうも手こずるとは」

「申し開きもございません」

「申し開きはよい! 儂は倒せ、と言っておるのだ! 貴様、それでも勇者か!」

 肘掛けを乱暴に叩き、恫喝する王。エロインの肩は震え、目には涙が溜まっている。


 ――


 真黒の脳裏に、自身を恫喝する社長の姿がフラッシュバックする。数字が上がらないと、他の社員の前で晒し上げられ、こき下ろされ、人格を否定される。数字が上がるまで帰るな、と、残業を強制される。無論無償だ。会社へ向かおうとすると体が拒絶するようになり、何度も吐いた。社長の姿が目に入ると、無意識に体が硬直し、呂律が回らなくなった。それを咎められ、さらに詰められる。


 ――それでも自分のことなら甘んじて受け入れよう。


 ――だが。


 スック、と、真黒は静かに立ち上がった。

「貴様! 無礼であるぞ!」

 脇に立つ大臣が諫めてくるが、無視。


「恐れながら申し上げます。王よ、勇者に魔将の討伐を命じられたのはあなたでしょうか」

 魔将とは、話の流れからするとおそらく魔血痕を刻まれた者のこと。つまり、ここでは被害情報にあるというゴブリンの親玉のことを指していると見てよいだろう。


「儂が命じずとも、魔将の討伐は勇者の使命だ」

「命じたかどうかを伺っております」

 王が命じていないというのであれば、そもそも王に叱責されるいわれはない。彼の指揮命令下にはないのだから。


「……命じたが、それがどうした」

「では王よ、あなたは、どう実現性を考慮したうえで勇者にそれを命じたのでしょうか」

「実現性? それを考えるのは勇者の役割――」

「違う」

 王の言葉を半ば遮り、否定する。


 真黒は王を指さして言う。

「それはあんたの役割だ、王よ」


「……きっ……貴様ぁっ!! その者をひっとらえ――」

「待て」

 大臣が物凄い剣幕で怒鳴りかけるが、王がそれを制する。


 ――プライドが高いと見た。


 このまま途中退場させず、真っ向から俺を論破し、叩き潰そうという腹だろう。望むところだ。


「マクロと申したな。魔将を倒す実現性をつけるのが儂の役割だと?」

「その通りです」

「フッ。愚かな。そうやって、何でも人に一から十まで教えてもらわねば、自分では何もできないというのか? 世はそんなに甘くないぞ」

 思わず笑いがこみあげてくるが、意識して口元を締める。


 ――言うことがまるでアイツと一緒ではないか。


「王よ。論点をずらさないでいただきたい。教えるかどうかの問題ではない。あなたがどう考えたかを聞いている」

「何ぃ……?」

 王もとうとう怒りが勝り、わなわなと震えだしてくる。

「魔将を討つは勇者の使命! 儂の考えはそれだけだ!」


「クックックックック……ハハハ……ハーッハッハッハ!」

 とうとう抑えきれず、真黒は嗤いだした。

「な……何が可笑しい!!」


 真黒は後ろの兵士たちに向かって振り返る。

「聞いたか貴様ら! 使命はどんな無理があっても絶対に果たさねばならんらしいぞ! 実現性なんぞクソ喰らえだ! なら、貴様ら兵士は国を守るのが使命だから、襲い来る魔将を、絶対に倒せないと分かっていながら戦って無駄死にしていくしかないなぁ!?」

 ザワつきこそしないものの、わずかに動揺し、身じろぎをする近衛兵たちの鎧がカチャカチャと擦れる音が謁見の間に響く。


「それだけではない! 王の命を達成することは絶対だ! 貴様らは王が命じれば、今すぐ世界征服のために他国を侵略しに行かねばならない! そこのお前! 今すぐ西の国に行って一人でそこを討ち滅ぼしてこい! ――とな!」

 指さされた近衛兵が動揺する。


「――とまぁ、あんたが言ってることはそういうことだ、王よ」

 王に向き直ると、スーツのポケットに手を突っ込みながら吐き捨てる。


 ギリギリと歯ぎしりする音が聞こえる。


「道筋をつけてやること――すなわち、目標を決め、対象範囲を決め、どれくらいのコストで、どの程度の品質で、いつまでにやるのかを考えるのは我々大人――管理者の仕事だろうが」

「儂は勇者の旅立ちに際し、剣と資金を用立ててやった! それでも不服と申すか!」

 王が叫ぶ。


「エロイン。何をどれくらいもらった?」

「ぼ、木剣と、に、20ゴールドを……」

 少女はすすり泣きながら答える。

「15ゴールドは何に使った?」

「ま、前に立つ戦士さんの……グスッ。装備が、一番優先だって話になって……戦士さんのブロードソードと、リングメイルを……魔術師さんと法術師さんの装備は後回しに……」


 そういうことか……と、心の中で舌を打ちながら王の方を向く。

「ハッ。たったそれっぽっちで用立ててやったとは、恩着せがましいにもほどがあるな。勇者は自分に与えられた資金の範囲内でできることをやった。だが結局、全然足りなかった」


 再び、王を指さす。

「あんたが、3人を殺したんだ」


「そ……その者を……今すぐ打ち首にせいッ!!」

 激高する王の声が謁見の間に響き渡る。


 ――しまった。


 こんなつもりじゃなかったのに。社長とあまりにもイメージが重なってしまい、つい我を忘れてしまった。


 ――未熟。


 25歳の若造なんぞ、所詮こんなもんだ。エロインほどの子供から見れば、自分は父親と同じくらいのオッサンに見えるかもしれない。が、大人の世界では25歳なんぞペーペーもいいところ。子供と同じである。思慮も、スキルも、経験も、何もかもが全くもって足りない。


 ガチャガチャと鎧を鳴らしながら走り寄ってくる近衛兵たち。首に剣をかけられ、真黒は二度目の死を覚悟した。


 ――


「そこまでです!」


 ドン、と地面に衝撃波が走り、真黒も、王も大臣も、みんなひっくるめ、その場にいた全員がひっくり返る。


 床に手をやったエロインだけが、その場で不動の姿勢を貫いていた。彼女が、何かしたようだ。


「な……何をする勇者よ! 乱心したか!」

 大臣に手を引かれながら王が立ち上がり、狼狽した様子で叫ぶ。


「陛下……その者の無礼をお詫びいたします。でも、処罰はお待ちいただけませんか」

「バカをいうな。その下郎の無礼の数々、許し難し。もはや取り返しはつかぬ」

「……こん……しますから……」

 少女が小さく何かをつぶやく。


「なんじゃと? 聞こえん! はっきり喋らんか!」

 王がまたもや少女を恫喝する。


 少女は、涙をぬぐって、キッと王を見据え、覚悟を決めて叫んだ。


「わ、私……マクロさんと、結婚! しますから!」

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