第5話 プリマレーノの町で③~商店街散策~
「はぁ……大変でした」
結局さんざんに学生たちの相手をさせられたエロインであった。せっかく着替えた服も汗でしっとりと濡れている。
――しかし、さすがに勇者なのだな。
無駄ではなかった。勇者とやらの戦力がどの程度のものなのか、つぶさに観察することができた。真黒は剣道なんかに関してはまるで素人だが、一応元野球部員ではあるので、剣をバットに見立てるとどれくらいの速さで振られると凄いのかはなんとなくわかる。プロ野球の試合を見ていても素人目にはその凄さがよくわからないかもしれないが、実はプロの選手というのはおよそ人間とは思えぬ物凄いスイングスピードをしているものだ。
それでいうと、エロインの剣の速さは『プロ』といって差し支えないすさまじいものであった。その証拠に学生たちはまるで反応できずにポンポンと一本をとられていった。
だが、そのエロインが小鬼ども相手に容易く組み敷かれていた。現実はそう甘くないということか。もと居た世界でも、人間とは動物の中では最弱の部類。野生動物と素手で戦って勝つことはまずできないという位置づけだった。
勇者学園をあとにし、商店街へと向かいながら少女に問う。
「エロイン。お前の戦闘経験を聞いておきたい。確かにお前は人間としては強い方と見えるが、魔物たちとはどの程度戦ってきているのだ」
「はっ……はい! えっと、まだ町を出るようになってそれほど日にちは経っていませんが、街道に出るゴブリンやキラービー、デビルバットは10匹から20匹くらい倒しています!」
「ふむ……では、ニーア洞窟とやら――つまり、敵の巣窟のような場所に乗り込んだのは今日のが初めてということか」
「はい……」
――それで惨敗というわけか。無理もなかろう。
あまり責めるのもかわいそうというものだ。ビジネスにおいても、普通は先人が取り組んだ結果のノウハウというものが残されている。練度の高い分野はキッチリと手順化され、誰がやっても一定の水準で成果を残せる仕組みが確立している。誰もやったことのない仕事にチャレンジすることももちろんあるが、失敗しても傷が最小で済むように社内でのバックアップ体制があってしかるべきだ。それが、ここではこの年端もいかぬ少女の背に丸投げされているのだから。
「あっ、着きましたよ、マクロさん。ここが道具屋です」
考え込んでいると、少女の声でいつのまにか商店街に着いていることに気づいた。
「薬草と毒消しを補充しておきますね」
エロインは腰に下げた道具袋からジャラジャラと硬貨の束を取り出し、店主に支払う。貨幣体系も知っておきたいところだ。
「エロイン。今支払ったのは……」
「はい! 薬草5枚と、毒消し3つを買いました。薬草が1枚20シルバーで、毒消しが1つ40シルバー。合計で2ゴールドと20シルバーを支払いました」
「シルバー……その銀貨が100枚で1ゴールドということか」
「はい! そのとおりです!」
「そのシルバーというのが通貨の最小単位か?」
「いえ、その下にカッパーがあります」
と、エロインは再度道具袋に手を入れ、銅貨の束を取り出す。
「1カッパーが通貨の最小単位で、100カッパーで1シルバーになります」
「なるほど……では、1カッパーで買えるものは?」
「1カッパーでですか? うーん……基本的に、ありませんね……こうやって10カッパー単位で束で使うのが普通です」
「ふむ。では10カッパーで買えるものは?」
「そうですね~……DTが買えます♪」
……DT?
「DTを……買うのか?」
「はい! DTはとっても美味しいんです。小さいころからよく買いに行きました。今でも時々買いますよ」
「小さいころから……買っているのか」
――クソッ。俺もまだまだ未熟だ。想定外の突発事象にこうも脆いとは。
真黒の思考が乱れる。一方、エロインは屈託ない笑顔で続ける。
「DTは、棒の先っぽを口に含むとほのかにしょっぱくて、クセになる味です。よくお母様には下品だからよしなさいと注意されるのですが、カスを指で掬って舐めとって、余さず頂いてしまいます」
「は、母君が同席の場で……?」
「はい、お母様の分も買って2人で一緒に食べることもありますよ♪」
「一緒に食べるのか……父君はそのことを知って?」
「はい、お父様はあまりそういうのは好きではありませんが……」
「だろうな……」
「でも、たまにはお父様も食べられますよ」
「父君も混ざることがあるのか……」
「そうだ、せっかくだからひさしぶりに買ってみようかな。マクロさんも一緒にどうです? あれ」
真黒はぎょっとしつつ、エロインが指さした方向を見る。道具屋の店先には、"Delicioustick"という駄菓子が陳列されていた。
*
2人でDTを咥えながら商店街をブラブラしていると、八百屋が目に入った。
「エロイン、あの野菜はひと玉いくらで買える?」
「1シルバーから2シルバーくらいですね」
「では、あっちの肉屋の肉は?」
「100
――なるほど。金銭感覚がわかってきた。もと居た世界と概ね同じだ。
美味しい棒が10円で買えて、野菜や肉が単位あたり100円から200円。薬類はやや高価で2000円から4000円ほどするということか。
食品店の立ち並ぶ一角を通り過ぎると、武器や防具の店が見えてきた。
「そういえばお前の装備……木剣に布の服とは、魔物退治に行くには少しお粗末ではないか。何かもっといいものを買い揃えてはどうだ」
「は、はぁ……そうしたいのはヤマヤマなんですが……」
ポリポリと頬を掻くエロイン。
武器屋には、鉄の剣――ブロードソードが陳列してあった。値段は――
「100ゴールド……マジか」
高い。剣とは、こんなにするものなのか。
「店主、一番安い鉄の剣はどれだ?」
「へい、ナマクラでよければ10ゴールドのもございます」
それでも10ゴールドか。
「エロイン、お前の手持ちは?」
「えっと……7ゴールド、です」
「そうか……」
さきほど宿屋で2ゴールドを見つけてくる前は5ゴールドしか持っていなかったということか。
「値切ればなんとかなるかもしれんが、ナマクラでも買いたいか?」
「いえ……攻撃力はさして変わりません。そのために全財産を使い果たしてしまうのはちょっと……」
「だったら、勇者特権を発動させるか」
「勇者特権……?」
きょとんとする少女に、真黒の目が丸くなる。
――勇者特権を、意識していないのか?
あの宿屋での狼藉は、幼いころから染みついたごく自然な所作だったというわけか。両親の顔が見てみたくなる。一方で、俺や町人に対する礼儀正しい態度もまた教育の賜物ではあるのだろうが。己が神の代理人とされていることの意味をよく理解していないだけかもしれない。
「わかった。武器は当面その木剣で我慢しよう」
「はい」
言えば通せると思われる。だが、最初から邪道に頼るのは成長のためにはよいことではない。ビジネスでも目の前の利益にとびつくのは、短期的には儲かるかもしれないが、長期的にはうまいことではなかったりするものだ。
「では防具も見てみようか」
防具屋には、今着ている布の服よりも幾分マシなものが、武器に比べれば安価で置いてあった。レザーアーマーが2ゴールド、リングメイルが5ゴールドで販売されている。
「リングメイルが買えるな。これを買ってはどうだ」
「でも、私は死にませんので……」
「馬鹿者。そんな力に頼るな。女神の加護なんぞ得体のしれないもの、いつまで続くかわからんし、何回有効なのかもわからんだろう。次は治らないかもしれんぞ。第一……」
――お前のような子供が傷つくのは俺自身もいい気がしない。
「……親御さんもいい気はしないだろう。我が子が町の外で魔物どもに傷つけられてボロボロになっていく姿を想像しながら、ただ家で帰りを待つ親の身にもなってみろ」
「……でも……」
すっかり困った顔になる勇者。こちらの言っていることは十分受け止めてくれているようだが、なにか不安があるのだろうか。容易には決断できないといった体だ。
――不安のもとは、金か?
国王の協力が得られないということは、資金調達が難しいということか。洞窟から悲鳴を上げて飛び出してきたときの少女の姿が脳裏によみがえる。
――あんなに怖がっていたくせに。
ムカムカと腹が立ってくる。こんな子供が身を切って戦っているというのに、自分の身を守るための出費すら惜しまなければならないとは、いったいどういう了見だ。
「まぁいい。無理強いする気はない。商店街はもう十分見た。城へ行こうか」
「は、はい!」
日が暮れるころ、2人は王城へと向かった。
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