第4話 プリマレーノの町で②~宿屋・教会・勇者学園見学~

 アイーダの店を出ると、エロインはどこを案内しようか、どこから案内しようか決めかねる様子で左右をキョロキョロしていた。


「落ち着け。物事は順序立てて考えろ」

「え……? はぁ……」

「まずは全体像を思い描くんだ。ざっくりでいい。全部で何がある」

「えっと……まずは入る時に通った、門。この石壁はぐるりとプリマレーノを囲っていて、モンスターが入り込めないようになっています。それに先ほど昼食をとったお店。向かい側には宿屋があって、この通りをまっすぐ行くとT字路状の広場に出ます。広場をまっすぐ行くと、奥には教会があります。教会の近くには私の家もあります。広場を曲がって王城方面へ行くと、武器屋や道具屋などの商店街があり、まっすぐ行けば王城です。王城に行く前に左に曲がると――つまり、アイーダさんの店の裏あたりには、兵士の詰所や訓練所があります。一方、右に曲がると――つまり、教会の裏あたりには、勇者学園があります」

 ふぅ、と一息つくエロイン。


「それで全部か?」

「はい。だいたいは」

「ふむ。では今言ったところをひととおり案内してくれ」

「は、はい! では、どこからにしましょう」

「どういう順番で回れば効率がいいか、考えてみろ」

「は、はい……」

 少女はうーん、と、しばし考え込み、やがて結論した。


「そうですね。では、まずすぐ近くにある宿屋から。次に広場を通って教会へ行きましょう。私の家はいつでも行けるので後回しで。広場を曲がったらまず勇者学園へ行きたいと思います。早い時間に閉まってしまいますので。商店街を見て回ったらお城へ行って、最後に兵士の詰所へ行きましょう。夜は少人数の宿直当番の方しかいませんが、別に昼に行ったからといって何か楽しいことがあるわけではありませんから」

「わかった」


 まずは向かいの宿屋に入る。

「ここは町で一番の宿屋です。門が近いので、行商人さんや旅の方がよく泊っていかれるんです」

 言いながら、エロインはずかずかと奥に上がっていき、個室の扉を開ける。

「おい、いいのか?」

「いいって、何がです?」

 個室のタンスを漁りながら答える勇者。


「あっ……あった!」

 ★勇者は、布の服を手に入れた!


「ちょっと、外でお待ちいただけますか?」

 と、気恥しそうに扉を閉める。


 ――そういえばずっと破れた服を着たままだったな。


 じゃなくて。何を当然のように窃盗を働いているのだ、この勇者は。


 着替え終わっても勇者の蛮行は終わらない。隣の個室に入ってまた室内を漁る。

「あっ!」

「どうした?」

「やりました! 見てください、これ。"月の石"です!」

 ★勇者は、月の石を手に入れた!


 曰く、桃色の神秘的な石で、月から落ちてきたと言われるらしい。この世界の月は桃色に光るのだそうだ。そして、それをコレクションしているというおじさんが、彼女の家の近くに住んでいるという。あげると大層喜ぶのだとか。宿に泊まった前の客が忘れていったものだろうか。それを拾って他人にプレゼントするというのもどうなんだ。


 驚くべきことに、この一連の勇者の行動は、町人には黙認されているようである。女将のもとへ行き、『いいのか、あれは』と聞くと、女将はこくりと頷いた。

「他人の財産を侵害してはならぬ、ということは、法典で定められております。しかし勇者様は"勇者特権"によりその効力の対象外なのでございます」


 ――勇者特権? なんだそれは?


 女将と話していると、やっと奥からエロインが戻ってきた。『お金も見つけました』と、ホクホク顔である。

 ★勇者は、2ゴールドを手に入れた!


 *


 宿屋を出て、通りをまっすぐ進むとやがて広場に出た。広場には噴水があり、犬の散歩をしている若者、談笑している主婦、ひなたぼっこをしている老人、水に浸かって遊ぶ子供など、多くの人々が穏やかなひと時を過ごしている。


 一方エロインといえば、通りを歩いている最中にも、脇道にそれては樽の中をのぞき込んだり、木箱を開けたりとやりたい放題をしている。立ち居振る舞いも話し言葉からも育ちの良さと人柄の良さが読み取れるが、それだけに違和感が酷い。しかしすれ違う町人はまったく気にしていない様子だ。変なのは俺の方なのだろうか? 慣れれば気にならなくなるのだろうか、と、もやもやしながらあとをついていく。


「ここが、教会です」

 やがて町を縦断し、門の反対側の石壁の近くまでたどり着くと、そこにはなかなか大きな教会があった。


 中へ入ると、まず飛び込んできたのはステンドグラスから差し込む鮮やかな光。建物の天井は高く、大きな柱が何本も立ち並び、アーチ状にその天井を支えている。もとの世界では芸術なんぞにうつつを抜かす暇はなかったので全く機会がなかったが、いざ見てみると『ほぉ……』と感嘆の声を漏らさずにはいられない美しさだ。


 奥へ進むと、羽の生えた大きな女性の像が立っている。

「これが女神ルーシェ様をかたどった像です」

「ここは、その女神ルーシェを信仰する宗教の教会ということか」

「はい」


 話していると、神父がハタハタと小走りで寄ってきた。

「勇者様!」

「あっ、はい」

 振り向いて答えるエロイン。


 神父はその場に跪き、小さな女神像の付いたチョーカーでササ、と十字を切るような動きをする。

「よくぞご無事で……して、他の皆様は? そちらの御方は……?」

「えっと……その……全滅、しました……この方は、危ないところを助けてくださった恩人です」

「そうでしたか……」

 鎮痛な表情を見せる神父。


「あんたの力で生き返らせることはできないのか?」

 なんとなく聞いてみる。


「おそらく手遅れかと。勇者様、仲間の方のご遺体は?」

「残念ですが、洞窟の中でゴブリンに食べられてしまいましたので……」

「そうですか……」


「手遅れ、ということは、条件さえ満たしていれば可能ということか」

「はい。魂は死後、その場にわずかな時間留まり、やがて天に召されます。その魂を、蘇生法術によってすぐに肉体に戻すことで蘇生が可能になるのです。ただし、肉体が壊れたままだとすぐにまた死んでしまいますので、併せて回復法術によって傷を治すことも必要です。ただ法術で治せる傷の大きさには限度があります。すでに魔物の腹に納まってしまって体の部位を回収できないということであればそれも困難になります」

「その力――法術とやらは、誰でも使えるのか」

「法術は、言い換えれば信仰を貫く者に芽生える内なる力です。私をはじめ、僧職者が使用できるものです」


 なるほど。聞けば聞くほど、打てる手はいくらでもあったように思える。それをむざむざこんな子供に全てを丸投げしてこのザマなのだから、笑えない。


「ところで……勇者とは、女神の加護を受けているのだったな」

 向き直って、エロインへと問いかける。

「あっ、はい!」


 それだけ聞くと、また神父へと振り返って問う。

「ではルーシェを信仰する宗教にとって、勇者とはいったいどういう存在なのだ?」

 自分が真黒と会話できる番がきた、と一瞬期待したエロインはまた後ろでしゅんとした。


 神父は、勇者に対してそっけない態度をとる見知らぬ男にやや訝しげな顔をしつつも静かに答える。

「勇者様は、いわば神の代理人……我々にとっては雲の上の存在。教皇よりも上に立たれる存在でございます」


 ――なるほど。要するに、もと居た世界でいうところの"磔にされた救世主"のような存在、ということか。


 少し話が見えてきた気がする。"磔にされた救世主"がなぜ磔にされたかを考えれば、この少女が国王の助力を得にくい理由も想像がつきそうなものだ。


 *


 教会を出て、広場へ戻ると、日はやや傾き始めていた。今度はT字路を曲がって商店街の方へと向かい、歩きながら少女へ問う。

「次は勇者学園とやらに行くのだったな。勇者学園とは何だ? もしかして、お前のような勇者が他にもたくさんいるというのか?」

「はい。正確には、現在の勇者は私一人なのですが……"勇者の血を引く者"は世界にたくさんいます。その勇者候補ともいうべき人たちが、日々研鑽を積んでいる場所……それが勇者学園です。あっ! 見えてきましたよ。あれです」


 商店街を途中で右折し、教会の裏手あたりに回ると、教会とよく似た雰囲気の建物が見えてきた。それが校舎だろう。その校舎の前には広いグラウンドがあり、少年少女たちが汗をかいている様子がうかがえる。


「……"聖光芒"がない、な」

 学生たちを観察しながらつぶやく。

「はい」

「その目、生まれつきではなく、勇者に目覚めたときにそうなるということか」

「そうですね。ただ、私の場合は物心ついたときにはもうすでにありましたので、ない自分というものを知りませんけど」

「勇者に目覚める条件はなんだ?」

「……先代の勇者が死ぬこと、です」

「……そうか」


 グラウンドの外から校内の様子をうかがっていると、学生たちのほうがエロインの存在に気づき、皆して駆け寄ってくる。にわかに周囲が騒がしくなり、皆、口々に『勇者様だ!』『勇者様、握手してください!』だの『勇者様! ひとつご指導願えませんか!』だのと言っている。


 アワアワと慌てるエロインをよそに、少し離れた場所に移動した真黒は、ふぅ……と一つため息をついた。


 ――世界中に勇者の子孫がいる、か。


 つまり、最初の勇者が死んでから相当な年月が経過しているということだ。にもかかわらず、今だに魔王は健在で、魔王の眷属とやらも各地で暴れていると思われる。この状況をどう評価すべきだろうか。


 ①勇者は魔王に何度も挑み、ことごとく負けている。世界は着実に崩壊へと向かっている。


 ②実は勇者と魔王はほとんど戦っていなくて、先代の勇者も老衰で死んで世代交代しているだけ。


 ①の場合、崩壊に向かっているにしてはスピードは遅いように感じる。子孫が世界に散らばるとなれば100年単位で時間が経過しているように思えるが、しかし未だにこんなのどかな町が残されているのだから。意外と魔王は一進一退の苦戦を強いられているのだろうか。世界中に勇者の子孫がいて、誰かが死ねば誰かが勇者になるのだから、あっちに兵をやりこっちに兵をやりでモグラ叩き状態になっているのかもしれない。


 ②の場合、①よりはだいぶ状況は楽観視できるだろう。もと居た世界でも、反目しあっている国同士『あいつらは最低だ。絶対に許さない』『ミサイル撃つぞ、撃つぞ』と、言うだけで結局何もしないなんてことはよくあることだった。もちろん本当に撃つこともあることはあるが、相手の領分を少し侵しては侵され、押しては引いてを繰り返すのは普通の外交の範囲内と言える。


 ――結論はまだ出せない、な。


 いずれにしてもゴブリンのような魔物がうろついているのは事実だ。このままでは気ままな旅に出るというわけにもいかない。真黒の心は、『現状への対処』という方向へ傾きつつあった。

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