第3話 プリマレーノの町で①~アイーダの店での昼食~

 川沿いに森を抜けると、街道に出た。――道は舗装されておらず、砂利道というだけではあるが。


 ――文明レベルは高くないのだろうか?


 真黒とエロイン、2人並んで歩いていると、石造りの建築物らしきものが見えてくる。

「あれは?」

「プリマレーノ。私が生まれ育った町です。ニーアの森にいらっしゃったのは、旅か何かで?」

「まぁ……そんなところだ」

「変わったお召し物ですものね。きっと、このあたりの方ではないのですよね」

「まぁな」

「シャチク・マクロさんというお名前も聞きなれない響きです。どのあたりのご出身なのでしょう?」

「遠いところだ」


 ……沈黙。


 会話が広がらない。やや視線を彷徨わせ、会話を探すような雰囲気を醸し出すエロイン。真黒は、少女が困っていることになんとなく気づきつつも、特に手を差し伸べはしない。


 ――人付き合いは、こういうことがあるから面倒だ。


 仕事上の会話は特に問題なく行う方だったが、仕事で精神をすり減らしきっていた真黒は、プライベートでは誰とも顔を合わせたくない、何も気を使いたくない、何もしゃべりたくない、という考えの持ち主だった。


 気になっていることはある。この少女はいったいなぜあの洞窟にいたのだろうか。武器を所持していたことから、戦闘が目的ではないにしても、少なくとも戦闘が発生することを想定はしていただろうことが推察される。一人で行ったのだろうか。仲間がいたのだろうか。あまりよくない予感はしつつも、いちいち事情を聞くのも面倒臭いので黙っておく。


 しばし無言で、ジャリジャリと砂利道を進む2人。やがて、町の入り口へとたどり着いた。


 入り口には門番が2人立っており、門の上にも見張りが数人いる。少女の姿を認めると、彼らはビシッと敬礼し、真黒には特に触れることもなく素通しした。


 ――驚いたな。勇者というのは、本当らしい。彼らは町の有志だろうか? それとも、国の兵士だろうか。それによっては、勇者とやらの持つ権威がどういったものか推測できるかもしれない。


 そんなことはエロインに聞けば早いのだが、それをあれこれと自分で考える方が楽だというほど、真黒は話嫌いなのである。


 一方、少女は律儀に『お疲れ様です』と一人ずつへ小さくお辞儀して回る。力関係がよくわからなくなってくるが、単に少女の性格なのだろうか。

「はっ! 勇者様こそ、ご無事に戻られて幸いであります!」

 門番は気を緩ませることなくそう答えた。


 町の中に入って少し歩くと、一歩先を行くエロインがふと振り返った。

「あの……この近くに私の懇意にしているお店があるのです。助けていただいたお礼にご馳走させていただければと思うのですが……いかがでしょうか?」


 そういえば、ここへ来て何も食べていない。グゥ~、と、腹の虫が鳴る。しかし待て。"私の懇意にしているお店がある"だと? これはいわゆる美人局のやり口ではなかろうか。マッチングアプリで知り合った女性と待ち合わせて食事に行くと、女のグルのボッタクリ店に連れ込まれ、法外な料金を請求されるというアレだ。


 ――日はまだ高い。まぁ、こんな日中からボッタクリということもあるまい。第一、俺は一文無しだ。


「行こう」

「はい!」

 断られるのかと、少し不安そうに真黒の顔を覗き込んでいたエロインは、了承の回答に声を弾ませた。コロコロとよく表情が変わる子である。


 *


 店に入ると、カウンターに女店主がいるのが目に入った。その他、テーブル席にちらほらと客がいる。メニューには料金表らしきものも載っている。どうやらボッタクリの可能性は低そうだ、と、真黒は未だに疑っていた警戒心をやや緩ませた。


 席に着く。


「アイーダさん、注文いいですか?」

「はい勇者様」

 女店主はアイーダというらしい。胸元が大きく開いた真っ赤なドレスに身を包み、派手なウェーブヘア、派手な化粧と、キャバ嬢と見紛う様相だ。


「マクロさん、何か食べたいものはありますか?」

「小食なんでな。適当に軽いものを」

「わかりました」

 エロインはその言葉を遠慮していると捉え、普通の昼食を注文することにした。

「ラペとキッシュ、ワインを2人分いただけますか」

「かしこまりました」


 ワイン? どう見ても未成年だが、いいのか?

「お前……歳はいくつだ」

「私ですか? 今年で14歳になります」

 やっぱり未成年じゃないか。しかし周囲を見ても、店主も含め誰も咎める素振りもない。この世界では普通のことなのだろうか。目くじらを立てることもないか、と、納得して話を終わらせた。が、自分に興味を持ってくれたのかと目を輝かせて、少女は話を繋ごうとする。

「マクロさんはおいくつなんですか? 私のお父様と同じくらいでしょうか?」

 失礼な。俺はまだ25だ。ブスッとして押し黙ると、少女はしゅんとしてしまった。


 しばらくして、ラペが出される。すりおろした人参やトマト、インゲンのような野菜が涼やかに盛られた一品だ。適当につまみ始めると、エロインがそれを諫めた。

「あ、ダメですよ、マクロさん。ここでは自然の幸と作って下さった方への感謝の念をもって、いただきます、と手を合わせるのがマナーなんです」

「……そうか。いただきます」

 もと居た世界と同じだ。が、すっかり忘れていた。食事など、長らく一人で栄養補給食品を手早くかじる程度でしかとったことがない。


 その様子を見ていたアイーダが問う。

「勇者様、そちらの方は?」

「……助っ人です」

 エロインは、一呼吸おいてそう答えた。


 ――助っ人? あぁ、別に死に瀕していたわけじゃないから、命の恩人、というほどでもない、ということか。


 特に気にせず食を進める。シャキシャキの食感が楽しく、ドレッシングの油分と野菜の水分が絡み合って喉の奥に染み渡る。久しぶりに、生きていることを実感する食事だ。そんな風に目を輝かせてラペを口に入れていく真黒の様子を、エロインは微笑ましく眺める。


「ふぅ……」

 食べ終わり、一服しようとしていると、次なる一品が出された。ラペは前菜。主菜はこのキッシュである。焼きたての香ばしい匂いが店内に広がる。


 エロインはそれをペロリと平らげたが、真黒の箸は進んでいなかった。

「あら……マクロさん。キッシュはお口にあいませんでしたか?」

「……小食だと言ったはずだが」

「あっ……す、すみません」


 別に嫌いなわけではない。だが、入らない。たったこの程度の食事でも、胃が受け付けてくれないのだ。先ほどの様子とうって変わった態度に、エロインはすっかり恐縮してしまう。


 結局、キッシュはエロインが2人分を食べきった。


 食後のワインを飲み終わり、小一時間が経過する。何かを言うか言うまいか逡巡していたエロインは、とうとう意を決して立ち上がった。真黒は何を言わんとしているかはとうに見当をつけていたが、少女が切り出すのをただ待っていた。

「マクロさん……恥を忍んでお願いします。私を、助けていただけませんか?」

「助ける?」

「はい。私が勇者だということは申し上げましたよね。実はニーア洞窟には、ゴブリンを討伐するために仲間たちと共に赴いていたのです」

 やっぱりそういう話だったか。"助っ人"と表現したのは、こっちが本当の意図だったのかもしれない。


「不甲斐ないことですが、途中で全滅してしまい……加護のある私だけが生き残りました」

「そうか。だがもうボスは潰したのだ、あれで十分ではないか」

「いえ……あれはボスではありません。敵は5Eエタップはあろうかという怪物です。王国掲示板の被害情報にも載っています」

 大きさの単位がよくわからないが、口ぶりからすると、2m近い巨体だったあのボスゴブリンより、さらに大きい奴がいるようだ。


「お願いします、マクロさん。あなたのあの腕があれば、きっと!」

「そいつは見込み違いだ。俺は喧嘩一つしたことがない」

「えっ……? そんな、ウソ。だって、あんな岩を持ち上げたり、凄い速さで石を……」


 確かに力はない方ではない。学生時代は野球部に所属していた。全盛期はベンチプレス80kg、球速130km/hほど出せていたこともある。だがそれとこれとは話が別だ。喧嘩には喧嘩の、殺し合いには殺し合いのための必要なスキルがある。自分にはそれがない。


「第一、勇者だか何だか知らんが、どうしてお前みたいな子供が危険を冒してそんな怪物を倒しに行かなければならないんだ? そんなことは大人に任せればいいだろう。この町には自警団とか、警察とか軍隊とかそういった組織はないのか?」

「あります。ありますが……ダメなんです」

「なぜ」

「"聖光芒"がないからです。魔王の眷属には"魔血痕"という呪印があって、これを打ち破れるのは勇者だけなのです」

「意味がわからん。わかるように話せ」

「えっと……」


 曰く、魔王の眷属、とは、魔王とかいう諸悪の根源の存在によって、魔王の血を使って肉体に呪印を刻まれた者のことをいうらしい。それによって魔王の眷属は無敵化し、普通の人間には傷一つつけることができないのだという。そのため、件の被害情報にあるゴブリンは、居合わせた者たちが応戦しても意味をなさなかったという報告だそうだ。


「なるほど」

「わかっていただけましたか」

「言わんとすることはわかったが、それでは理由にならん。現に雑魚どもは俺でも斃せたぞ。その眷属とやらにトドメを刺すのはお前でいいとして、露払い程度の協力すらしないのはどういうわけだ」

「それは……私にはわかりません。でも、王様は国の力は借りずにやるべきだって」

 こういうところは年相応に子供っぽいようだ。そこに至った背景や、利害関係者ステークホルダーの思惑を理解せずにコトにあたってもいいことはない。


 ――仕方ない。面倒だが、ここまで話を聞いてしまった以上、道筋くらいは整えてやるか。それが大人の役割というものだろう。


「一緒に戦うことはできない」

 真黒が立ち上がってそう言うと、エロインの表情が一層曇る。

「――が、もう少しお前が動きやすいように環境を整えてはやれるかもしれん。町を案内しろ」

 協力してくれる? でも、環境を整えるっていったいどういうこと? 年端もいかぬ少女は、理解が追いつかず複雑そうな顔をした。

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