16 足音

 スペクトの言った通り冬がすぐそこまで迫っている。それを証明するように,少しずつ気温が冷たくなってきていた。そして同時に,警報がなる回数も増えている。外が赤く染まりあの場所を忘れさせてはくれない匂いが地下室を渦巻く。外がどうなっているのかも,元の様子も何も知らないが,これだけ燃えればもう何もないのだろう。


 燃えた赤から柔らかく静かな光に移り変わった頃,扉が開いた。そこには,ほんの少しの荷物と ずっと暖かそうな格好をしたスペクトだった。


「国を出ることにしたよ。」


 少し笑ってそう言った。


 「手紙の友達は?」


 そう聞くと,情報が回ってきたと返ってきた。


「死んだって。最後の手紙がきてすぐ返事は返したけど,届いたときにはもういなかった。」


と,目をそらされる。


「どこ,いくの?」


  アンは目も合わせずに呟く。


「今回の戦争には参加していない東の国だよ。ここよりは随分マシらしいし亡命も受け入れてる。そうだ,これあげるよ。」


 差し出されたのは来ていなかった日の分の新聞たちだった。


「暇つぶしくらいにはなると思うよ。」


  そんなふうに見えていたのかとジッと見つめれば,いつもつまらなさそうだと答えられた。


「じゃあ,またね。」


 そう言ってスペクトは扉に向かって真っ直ぐに歩いていく。



 言葉を飲み込む。咄嗟に返そうとした「またね」に戸惑った。なぜ自分がそう返そうと思ったのかわからない。

 


 響いた足音は遠くなって消えた。


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